カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑲

「ーーえ?え?」
と木工作は戸惑いの色を隠せない。
「な、何を言うの……」
と夏引もしどろもどろになった。
「あたしは知ってるんだから、あの泡雪奈四郎っていうのを何度かうちに連れ込んでたのを!なんでそんなあんたに色々言われなきゃなんないの!」
海松が叫ぶと、
「ーー別れろ」
と、声が聞こえた。
「え?誰?」
との海松の問いに声は答えず、
「ーー別れろ」
「ーー別れろ」
「ーー別れろ」
と、複数の声があちこちから聞こえてきた。
「ーーえ?何?何?」
と海松は後ずさりし、佑月にすがりついた。
「ーーなんかわかりませんが、まずいですね」
と悟空が言った。
「どうしろってんだ?」
と佑月は悟空に聞いたが、悟空は答えない。
「ーーいやだ、別れない」
海松が震え声で言った。
「おい、あんまり刺激しない方がーー」
佑月が言うと、
「ーー別れろ」
「ーー別れろ」
「ーー別れろ」
という、さっきより多くの声が聞こえた。
「なによ!あんたらになんの権利があってそんなこと言ってんだよ!」
「ーーなんだ?」
と、悟空、八戒、沙悟浄も戻ってきた。
海松が叫んだ。
「ーー別れろ!」
「ーー別れろ!」
「ーー別れろ!」
と、声はさらに激しくなった。
「ーーおい海松!お前なんだか体がおかしいぞ!」佑月が言った。
「え?」海松が体を見た。体が透けている。
「やだ!あ!佑月も、」
「え?」
佑月が海松に言われて体を見ると、やはり透けている。
「俺達が西域に旅する世界では、世界を壊しても俺達は消えなかった。しかしこの世界では消えようとしているーー」
悟空は、透けた自分の体を見て言った。
「兄貴、俺達消えちまうよ!」
八戒が叫んだ。
「落ち着け八戒、消えちまいやしない」と悟空。
「なんで?体が透けちまってるのに」
「相手が俺達が消えるように意識しているうちは、完全に消えたりしない」
悟空は言ったが、
「別れろ!」
「消えろ!」
「別れろ!」
と声はだんだん激しくなり、数も増えていった。
「あちゃー、こいつらおかしくなっちまってる」
そう言った悟空の体が、ますます透けていく。
「うそ、あたし達消えちゃうの?」
海松は透けた自分の手を見て言った。「なんとかしてよ!男でしょ!」
海松は佑月の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「なんとかしてって言われても……」
と佑月は戸惑うだけ。
「なによ!男のくせにだらしない!」
「なんだよ!そんなん言ったってできることとできないことがあんだろ!」
「だらしないね!山下くんの方がずっとましだよ!」
「何!?この期に及んであいつの名前を出すことねえだろ!」
「あんたなんか全然頼りない!山下くんの方が
全然頼りになる!」
「うるせえな!お前なんか数学が全然できなくて、俺が教えても全然わかんなかったじゃねえか!」
「クク……」
と笑い声が聞こえて、佑月ははっとした。
(なんだ?ーー)
佑月が体を見ると、透けた体の色が濃くなっている。
「ーーなによ、あんたなんか9歳まで寝小便してたくせに」
と、海松は笑い声に気づかないで言った。
「はは……」
と笑い声が聞こえて、海松ははっとした。体を見ると、透けた体の色が大分戻っている。
「お、お前それを言うなよ!」
佑月は真っ赤になった。
「これ……」
海松は体を見ながら言った。
「お二人さん、その調子で」
悟空が腕を組んで言った。
佑月と海松は悟空を見て頷いた。
「ーーあ、あんたなんか国語が全然できないくせに!漢字も全然読めないじゃない!」
「ネットの時代に漢字読めるのなんか関係ねえよ!」
「ギターやっても下手なくせに!」
「ははは……」笑いがもっと大きくなった。
「お前も理科できねえよな!お前が家事やるの怖えよ」
「理科と家事の何の関係があるっていうの!?」
「塩素と酸性の洗剤混ぜたりとかな」
「そんなことしないもん!」
「それに料理が壊滅的にまずい」
「わっはっは!」
笑い声がさらに大きくなり、佑月と海松の体はほとんど透けなくなった。
「なによ!あんた料理できんのかよ!」
「お前が作るのよりましだよ!」
「わっはっは!」
「わっはっは!」
と笑い声が大きくなっていき、それと共に、
「ヤバいーー」
「あいつが、来るーー」
という声が聞こえてきた。
(ーーあいつって誰だ?)
佑月が思うと、あたりの景色が歪んできた。
(ーー別の世界に移動するのか?)
佑月がそう思うと共に、周囲の声も小さくなって消えていった。
佑月達がいた家が消え、佑月達は森の中にいた。
「ーーどこだ?ここは」
あたりは明るい。この世界は夜ではないらしい。
「ーー佑月、あのね」
と海松が何か言おうとしたところで、
「ガサガサッ!」
と大きな音が聞こえた。
佑月がはっとして音の方向を見ると、そこには巨大な緑色の蛇がいた。
蛇が頭をもたげると、佑月の背の2倍はある。
「ヒドラだ!」佑月は叫んだ。
「きゃーっ!」
海松は蛇を見て逃げ出した。
蛇は佑月達に襲いかかってきた。
佑月はさっと避けて、蛇の顎を逃れた。
「ーーお猿さん!」
海松が叫んだが、
「お師匠様、落ち着いて」
と悟空は、海松を手で制した。
佑月は蛇の攻撃を避けると、飛び上がって蛇に斬りつけた。
蛇は佑月の村雨を避けて、また佑月に食いつこうとした。
佑月はそれを避けて、何度か同じことを繰り返すうちに、蛇の体の無数の小さな傷をつけていった。
「シャー!」
蛇は鳴き声を挙げて遮二無二佑月に襲いかかってきたが、疲れたのか一瞬、攻撃が緩んだ。
佑月はその隙をついて、蛇の首の脇を斬った
蛇の首から鮮血が吹き出した。
「シャーッ!」
と蛇は叫び体中をくねらせて悶えた。
「わっ!」
蛇の胴体が佑月にぶつかり、佑月は噛みつかれるかと思って頭を守ろうとしたが、蛇は攻撃したのではなく、苦しみでじたばたしているだけだった。
その隙に佑月は蛇の腹を斬り、蛇の腹からも血が吹き出す。
蛇はさらに激しくのたうち回った。
佑月は少し離れて蛇の様子を見て、今度は蛇の背中に斬りつけた。
3ヶ所から大量に出血した蛇の動きが鈍り、佑月は蛇の頭から顎を村雨で串刺しにした。
「ジャーッ!」
蛇は一噌激しく吠えたが、やがて力尽きて動かなくなった。
「はあ……はあ……」
佑月はどっと疲れが出たように、その場にへたり込んだ。
「ーー佑月、すごい!」
海松が駆け寄ってきて言った。
佑月はしゃべる気力もないようで、海松の顔を見上げていたが、
「ーーこの蛇が弱かったから勝てたんだよ」
と、やっとのことで言った。
「ううん、そんなことないよ、すごいすごい!」
と海松は目を輝かせて大はしゃぎだ。
「そんなーー俺よりすごい奴なんていっぱいいるよ」
佑月は立ち上がって言った。
「いやいや、大したもんですよ」と悟空が佑月に近づいてきて言った。
「こんなの大したことないよーー死ぬかと思った!」
と佑月は膝に手を置いて、体を支えながら言った。
「正直ですね」悟空が笑った。
「ーー何度か命のやり取りをしてわかったことは、自分に正直でなきゃいけないってことだ。そのことを忘れたら、俺は死んでただろう」
「なるほど」
「けがはないか?」佑月は海松に向かって言った。
「ぷっ、今さら」海松は笑った。
「ごめん、最初に気づかうべきだった」
「大丈夫だよ、それよりーーうわーん!」
と海松は泣き出した。
「ーーなんだ?どうしたんだ?」佑月は面食らって海松に聞いた。
「ーーあの夏引って女に『あんたが浮気してる』なんて言って、あたしは人のこと言えたもんじゃないのに」
「うんうん」
「おまけに佑月にも『山下くんの方がまし』なんて言って、あたしってば嫌な奴だ、最低だ」
「ーーお前、なんか変わったよな」
「え?」
「前のお前はさ、なんちゅうかいい子で本音なんか見せないようなところがあったけど、今のお前は言いたいことは全部言うし、詰め寄られても引かないし」
「あたしのこと嫌いになった?」
「いや、いい感じだよ。今のお前は」
「そう、良かった」海松は佑月に抱きついた。
「ーーでも、山下の話は傷ついた」佑月が言うと、
「うん。ごめんね、もう言わない」海松が囁いた。
「兄貴、この蛇食えんじゃねえか?」八戒が言った。
「ああ、そうだな。解体して焼いて食っちまおう」と悟空が言うと、
「蛇の歯を地面に植えなされ」
と声が聞こえた。
佑月達がその声の方を見ると、一人の老人が立っていた。
「ーーなんだ爺さん、蛇の歯を植えるとどうなるってんだ?」
「新しい王が現れるための儀式じゃ」
佑月は蛇の頭に刺した村雨を抜き、蛇の口を開けて歯を折り、地面に植えていった。
「ーーこれでいいのか?爺さん」
と佑月が言うと、蛇の歯を植えた地面がむくむくと盛り上がり、武装した男達が現れた。
「な、なんだなんだ?」
佑月達は男達を見て面食らった。
(なんだ?格好から見て中世ヨーロッパか?)
と佑月は思ったが、少し格好が違う。
(ーーいや、この兵装はギリシャかローマか?)
などということを佑月が思っているうちに、男達は剣を手に取り、互いに殺し合いを始めた。
「何?何?なんなの?」
と海松が佑月の首にすがりつきながら言った。
「おいお前ら!やめるんだ!」
と佑月は言ったが、男達は殺し合いをやめない。

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