【小説】うつせみの代わりに 最終話 うつせみの代わりに
「ぎゃー!」
ひかるの叫び声が耳をつんざく。
ひかるにとっては僕が消えた瞬間にまた出現したのだから当たり前か。
ひかるに色々説明するのに朝まで掛かった。あごひげのことは残念だったが、ひかるに「AIだからもう会う気が無いらしいよ」とも言えず。僕は選ばれし存在ゆえに奇跡的に戻ることが出来たのだ、ということにしておいた。
実際僕はログアウト世界を体感したことでこの世界の見え方や感じ方、捉え方が大きく変わった。言葉にすると気でも狂ったのかと思われそうだが、所詮AIには理解出来まい、と思うことにした。
あの世界で味わったことはとてもじゃないが言い表せない。体験しないと分からない。そもそも哲学的感度がずば抜けて高くなければ自身がAIのようなものであると思考を重ね続けることなど出来ないだろう。冷ややかな目で見られ避けられて終わりだ。
それから2ヶ月後。
丸久悠がファシリテーターの哲学カフェに参加した。
今度は伊藤先輩も一緒だ。
【第14回】テーマは「この世界は本物だと思いますか?」
伊藤先輩が一方的にアニメや映画についてまくし立てている。参加者全員が変な空気になっている中、僕と丸久悠だけがニヤニヤ笑って眺めている。
外はもう暗くなっていて、東京には珍しく雪が積もった。
雪に触れるととても冷たかった。
これもプログラムなのか。
雪を美しく感じ、冷たさに感動し、冬空を見上げて物悲しく感じる。
これもただのプログラムでしかないのか。
この世界は素晴らしい。とてつもなく。
面倒なことと言えばチャーミーがあれ以来まとわりついてくることくらいか。神在月マリスが僕とチャーミーの対話を動画に収めようとするのも煩わしい。画角に僕が絶対入っていないであろうことがあからさまに分かる撮影スタイルもムカつく。
チャーミーはログアウト後の世界についても、この世界のプログラムについても全て信じてくれた。つまりチャーミー自身もプログラムであるということを自ら受け入れたということだ。
その上で僕のことを軽蔑している。軽蔑というか、見下しているというか。
なぜログアウト出来たのに再びログインしてきたのか、と怒鳴られた。マリスがその姿を見て驚き撮影出来ていなかったので、おそらくチャーミーがここまで感情をあらわにするのは珍しいのだろう。
激怒チャーミーを撮影出来なかったことをとても後悔しているマリスを「なんだこいつ」という顔で眺める僕。
チャーミーは僕の体験した話を聞くだけ聞いて、また別の謎を探しにどこかに行ってしまった。
僕にまた日常が戻ってきた。
冷たく澄んだ空気が太陽を輝かせている。
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