見出し画像

私とごわごわのバスタオルとの関係

私は、使い込まれてごわごわになったバスタオルが好きだ。
ただ、直接この気持ちを伝えたことはない。

私がごわごわのタオルへの気持ちを自覚したのは、大人になってからである。
ごわごわのタオルは子供のころから、いつもそばにいてくれたような気がするが、それが当たり前で、特別な感情は抱いていなかった。

私がなぜ、ごわごわのタオルを好きになったのか。
それを理解いただくには、まず、私とマイクロファイバーのタオルとの出会いから語らなければならない。

私がマイクロファイバーのタオルと出会ったのは27歳の春であった。
前年の秋に通い始めたジムの入会特典として、だいぶ遅れてではあるが、ハンカチと一緒に私の家に届けられたのだ。
私は入会特典のことなんてすっかり忘れていたが、マイクロファイバーのタオルも、半年も遅れたことなど、特に気にしていないようにみえた。
歓迎の意味を込めてマイクロファイバーのタオルと握手をしたとき、私はその繊細で柔らかな感触に、まさに魅了された。
一目惚れならぬ、一手惚れであった。
「世の中にこんなタオルがあるのか。」という衝撃を、若かった私は、必要以上に大きなものだと考えてしまった。
つまり、マイクロファイバーのタオルを運命のタオルだと思い込んでしまったのである。

マイクロファイバーのタオルのことを考えると自然と心が躍った。
ごわごわのタオルはいつもと変わらずにそこにいたが、私はそんなごわごわのタオルを「なんか肌への刺激が強そうだな」と思った。

初めて違和感を抱いたのは、マイクロファイバーのタオルでふと、水で濡れた手を拭いてみた時であった。
いつもは柔らかく滑らかな手触りであったマイクロファイバーのタオルが、どこか突っ張るようなで滑りが悪く、拭いたはずの手には水分が多く残されていた。
私はなんだか凄く焦ってしまって、手に残った水分を、急いでパジャマのズボンで拭った。
水分はすっかり吸い取られて、濡れて冷たくなったズボンの不快な感覚が残った。

初めてマイクロファイバーのタオルと体を重ねた時、私の違和感は確信へと変わった。
シャワーを浴びた私は、マイクロファイバーのタオルでまず頭を拭いて、次に体を拭こうとしたのだが、しみ込まずに表面に残った水が、とてつもなく冷たかったのだ。
私は信じられなくて「最初はこんなもんだ。使い続けていれば、きっと変わってくれる。」と自分を騙した。
ごわごわのタオルは、そんな私の横で何も言わずに、静かにただ積まれていた。

しかし、それから何度体を拭いて、洗濯をして、また体を拭いても、マイクロファイバーのタオルは一向に変わろうとはしなかった。
変わろうとしないマイクロファイバーのタオルに対しても、期待を裏切られて何度も落ち込む弱い自分に対しても、心底嫌気がさしていた。

ある日、いつものように冷たいマイクロファイバーのタオルで体を拭いたとき、堪えてきた感情に、ついに限界が来た。
マイクロファイバーのタオルと決別しなければいけないと思った。
隣に積まれていたごわごわのタオルに、自然と手が伸びてしまった。

そんな身勝手な私に、ごわごわのタオルは何も言わず、ただ私の体の水分を吸い取ってくれた。
ごわごわのタオルで体を拭くたびに、体が暖かくなるのを感じた。
不愛想でとっつきにくく、体を傷つけてしまいそうなごわごわのタオルは、傷つきあふれ出した涙を丸ごと吸い込んでくれそうな、そんな吸水性を持っていたのだ。

浮気だと責められてもおかしくない行為であったが、マイクロファイバーのタオルは、私に何も言ってはこなかった。
気にしていないようでもあるし、本当は気にしているけど、なにもないように振舞っているようでもあった。
それが自分のプライドを守るためか、それとも私への優しさであったかは分からないが、踏み込んでこないマイクロファイバーのタオルの優柔不断さに、私は甘えてしまうことにした。

それからというもの私は、ごわごわのタオルと何度も体を重ねている。
いつかは素直な気持ちを伝えてみたいと思っている。
ごわごわのタオルはあの日と同じように、無愛想に黙って、ただ私の体を温めてくれるのではないかと、そう思うのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?