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【シルクロード1】哈密瓜(一)

 中国放浪中の七月、わたしは西安にいた。
 これからいよいよ、憧れのシルクロードへと旅立つという時。
 行く手にはシルクロード要衝の地である高昌(トルファン)があり、ウルムチもあり、哈密瓜(はみぐぁ)が待っている。
 わたしは哈密瓜の魅力を友達に語り尽くし、それがどれだけ素晴らしいものかを喧伝していた。
 あれは、絶対に食べなければいけない宇宙の宝だ、と。

 哈密瓜は、ずっと憧れだった。
 シルクロードに実る、甘き黄金の果肉。メロンの一種だ。
 それはみずみずしく上品な甘さで、なおかつ、どれだけ食べてもお腹を壊さないという。
 しかも。
 これこそ、中国領でしか食すことのできない、超絶『現地の味』の代表格。
 検疫の関係で輸出できないのかもしれない。日本では決して手に入らない味なのだ。

 西の方、シルクロードに哈密という町があり、清の時代にその国の王が時の皇帝・乾隆帝へ献上した際に哈密瓜の名が付けられたとされる。
 実際には、そこから更に二〇〇㎞ほど先のピチャンが原産という説もある。
 シルクロードに跨る沙漠全域で穫れる特産品であり、新疆ウイグル自治区では〔甜瓜〕つまり、甘い瓜と呼ばれていると物の本には書かれていたが、実際にはどこへ行っても哈密瓜で通じる。
 ウイグル語では〔クーホン〕と呼ぶそうだ。
 ピチャンの〔東湖瓜〕、火焔山で有名なトルファンの〔ヤムブラク瓜〕が最高とのことであるが、どれがその「最高品種」であるかなど、さっぱり鑑識眼がないわたしは、とにかく食べて食べて食べ尽くすつもりまんまんだった。

 さて、西安の街角にはさまざまな露店が立つ。西瓜もあればメロンもあるし、パイナップルもある。
 そんな露天のおじさんが、
『お前、日本の学生か。友達よ! 安くしてやるぜ』
『ありがとー!』
 メロンを串に刺したのをおやつにして、その日もわたしは哈密瓜へと想いを馳せていた。
「このメロンも美味しいけど、哈密瓜はきっとこんなもんじゃないぞ!
 次の瞬間、わたしの宇宙がひっくり返るとも知らず……。

 露天のおじさんは、客の呼び込みを叫んだ。
『はーい、哈密瓜、哈密瓜、哈密瓜、甘くて美味くて安いよー!』

 ……驚け。わたしは既に、哈密瓜と出会っていたのだ。
 しかもここ数日の間、何度か『メロン(だとばかり思っていた哈密瓜)』を何度も食べていた。
 えーっ、トルファンとか行かなくても、西安でも食べられたの?
 いや、まあ、西安はシルクロードへの出発点ではあるけどさ……。

 この後二ヶ月近くもの夏の間、わたしは毎日のように哈密瓜を食べ続ける日々を送ったのだった。
 その出会いの数々とエピソードは、また次回にて。

哈密瓜

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