【シルクロード2】哈密瓜(二)民族確執のはざまで
シルクロードの旅では、毎日ずっと哈密瓜を食べ続けていた。
これがもう幸せ。
何しろ中学生以来の憧れに出会えたのだしね。
一斤(500グラム)何元かの量り売りで、ひと玉につき4〜5Kgくらい。
それをうまいこと値切って、大体一個につき20元前後。日本円にして2〜300円くらい。安い!
しかもシルクロードを西へ西へ向かうごとに、どんどん安くなっていって、ついに、ひと玉で5〜6元になってしまった。
もちろん、値切り交渉の末の値段ではあるけれど。
それをうきうき気分でホテルへ持ち帰り、果物ナイフで縦に割って種をほじくり出し、スプーンでぐりっとえぐって食べる。
至福。
メロンだと、たっぷり食べている内に口の中や唇の端っこがひりひりとしてくるのに、哈密瓜では決してそんなことはない。
かすかなグラデーションのある黄金の果肉を、さくさくと口へ放り込んでは、噛むごとにしみだす芳醇かつすっきりした甘味を堪能する。
しかも。
半身をすべて食べ尽くしても、まだ続きの半身があるのだ。
幸せを、おかわりできるのだ。
一旦国境を越えてパキスタンへ行ってた時期は、さすがに食べられなかったけれど、中国領へ戻ればまた哈密瓜の毎日が戻ってくる。
タクラマカン沙漠をぐるりまわって西安へ戻るつもりでいたわたしは、
「来る時は沙漠の北道をたどってきたから、今度は南道だ」
砂塵にまみれたボロい長距離バスで旅する。
背中のでかいバックパックには、必ず一個の哈密瓜。
この地域へ来ると、漢民族の姿はぐっと減って、周囲は彫りの深い顔立ちのウイグル人だらけ。
北道はまだしも漢民族の姿はそこそこ見かけたものなのに、南側の辺鄙な場所は、まだウイグル人の天下だ。
ウイグル人だらけの長距離バス、隣の席にぽつんと一人だけ漢民族のおじさんがいて、やたらと話しかけてくる。
「お前、日本人の学生か。よし、俺がついてるから安心しろ。ウイグル人だらけで不安かもしれないが、任せとけ。あいつらは油断ならねえからな」
漢民族もウイグル人も、ともに中国人国籍なのだが、その確執はどうも根深いらしい。
反日感情を持っている漢民族も多いのは事実として、けれど、こうもウイグル人ばかりの土地へ来ると、むしろ人種的に近い日本人の方へシンパシーを感じてくれるようだ。
同じ「中国人」であるウイグル人よりも、外国人である日本人の方に仲間意識を持ってくれるとは、どういうパラドックスなのやら……。
そういえば、と思い出す。
北京では、大学の友人からの紹介で、北京生まれの北京っ子と仲良くなった。
とてもいい人だし、日本の音楽が大好きな親日家だった。
なのにウイグル人の話題になると顔を険しくして、吐き捨てるようなものの言い方になる。
それだけではなく、かなりはっきりと見下した発言をしていて、
「え、こんな人柄のいい人が?」
びっくりしたものだった。
激しい差別心が、心の奥底にしみついている。
まさか同意する気にもなれず、かといって否定すれば火に油をそそぐだけになりそうだったので、「へー」といった顔で聞き流すことにする他なかった。
普段がどんなにいい人でも、ヘイトを語る時はどうしようもなく醜悪な顔つきになってしまう。
哈密瓜は北京でも売られているらしいけれど、その値段は何倍にも跳ね上がるそうだ。
流通の関係で、それは当然にしても、味もまたそれに反比例して落ちてしまうと聞いた。果肉は水分が乏しく、甘みも薄い、と。
ウイグル人は漢民族が嫌いなので、高く売りつけ、しかも味の悪いのをわざわざ選んでいる、という説もある。
本当かどうかはわからない。
さすがにそれは……と思うけれど、本当にありそうな気もして怖い。
それはともかくとして。
わたしを乗せたバスは、和田(ホータン)へ到着し、そこでホテルをとって一泊した。
その夕方。
いつものように哈密瓜をもとめて市場をまわる。
哈密瓜をうず高く積み上げた適当な露店で、
「多少銭(いくら)?」
「一個で20元だ」
ウイグル人のおじさんが、無愛想に値段を提示する。
西安などの大都市ならそのくらいの値段もあり得るだろうけれど、この辺鄙な土地でそれはさすがに……。
粘り強く交渉しても、このおじさん、ちっとも安くしてくれない。
が、やがて……。
「待て、お前もしかして、日本人か?」
「はい」
「ああ、だったらまるごと一個で2元だ。ようこそ、ウイグル人の土地へ!」
え、いきなり安くなった?
しかも最安値記録更新とは!
あー、なるほどね。漢民族とウイグル人の確執のはざまで、相対的に、日本人はそのどちらからも好意をもって接してくれる。
悲しい民族的背景ではあるけれど、おかげでわたしは得をした。
複雑な……とは思いつつも、やっぱり安くしてくれるのは素直に嬉しい。
うきうきした気分でホテルへ戻り、ロビーのウイグル人女性スタッフへ、得意げに、
「これ、一個でたった2元だったんですよ!」
「高いね。それ、ウイグル人同士だったら1元で買えたよ」
スタッフさん、にんまり笑って教えてくれた。
やがて西安へ戻ったわたしは、そこで哈密瓜の季節終焉をむかえた。
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