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【シルクロード4】酸辣湯水餃(サンラータン水餃子) 歴史かおる酒泉

 西へ西へ、とにかく西へ。
 三蔵法師・玄奘の足跡を追うように西へ。
 蘭州を20時に出た列車は、一夜をこえて翌朝の10時に酒泉駅へ到着した。
 荒野のど真ん中で、シルクロードというよりはむしろ、西部劇の風景に近い。

 それでも、古い時代からのシルクロード要衝の地なのだ。
 前漢の武将・霍去病ゆかりの場所で、その像も立っている。ま、観光向けの新しい像だけど。
 匈奴という遊牧民と戦って勝った霍去病は、そのお祝いとして時の皇帝・武帝から酒10樽を贈られた。
 え、兵士はたくさんいるのに、たった10樽
 ま、昔のお偉いさん(現代もかもしれんけど)は、下の者など有象無象あつかいで、あんまり眼中になかった人が多いし、しょうがない。
 それでも霍去病は、兵士らと酒を分かち合うために、10樽を泉に注いだそうだ。
 水割りってやつだね。
 どんなに薄くなっても、一応これで酒をのめるって寸法だ。
 ところがどっこい、泉の水で薄まるはずの酒は、とても濃厚な芳香をはなって、兵士らが飲んでも飲んでもいっこうに薄まる気配がなかった……という伝説により、これが由来となって〔酒泉〕と呼ばれるようになったらしい。

 伝説が生まれるのは、それぞれに理由や下地があると思うけど、この場合は、
『少ないお酒を、将軍やそのとりまきだけで楽しむのではなく、兵士全員で同じものを飲もうじゃないか』
 という将軍の心意気に感動した兵士らの主観により、できあがった伝説かもしれない。

 実際には、うっすいお酒で、むしろほぼ水だったとしても、戦いを共にした仲間として、
『将軍も兵士も同じものを飲む』
 というその行為には、兵士一同とても感動したに違いないし、その感動は、ほぼ水なお酒であっても、とても美味しかったんじゃないか、という気がする。
 どんな高級な料理や飲み物も、状況次第では不味くもなるし、どんなチープな飲食物も、これまた状況次第で極上の美味になるよね。

 でもね……、
『実際は霍去病が真っ先に濃いお酒をちょっと堪能してから、残りを泉に投げ入れて、美談に仕立て上げた。だってその方が、絶対に士気があがるっしょ?』
 という邪推をするわたしは、きっと心が汚れているに違いない。

 ひとまず伝説のもととなったとされる泉へ、わたしは2HK$を投げ入れた。
 遠く香港のコインが、はるばる沙漠のどまんなかの街の泉に投げ入れられるのは、コインにも旅があるんだなあ、という感慨となって、妙にしみじみした。

          ○

 次の日には、すぐ隣の嘉峪関(かよくかん)へ。
 中華帝国の西端といえる場所。
 もちろん、時代ごとに国境は違うけれど、でも嘉峪関には西端のおもむきがあると思う。
 そう感じるのは、万里の長城の、ほぼ尻尾といえる地点でもあるからだよね。
 レンタル自転車で、ほぼ土くれ同然の長城を見に行ったりもした。
 7月の沙漠で、猛暑なんだけど、湿度が極端に低いおかげで、水分補給さえ気を付けていると、自転車の風がめっぽう心地よい。
 帰ってからは、アメリカン・スタイルなカフェでアイスコーヒーを堪能した。
 いかにも安っぽいインスタント。
 でもむしろ、こういう鄙びた砂漠の町で本格的なカフェを堪能するよりは、こういう安っぽいものの方が、しっくりくるし風情がある気がした。

          ○

 いよいよ次の日は敦煌だ、ということで、短い滞在ながらも、古代のロマンよりは、古き良きアメリカン・スタイルの印象が強くなった酒泉ともお別れ。
 この夕方に屋台で食べた〔酸辣湯水餃〕が、めっぽう美味しかった。
 その名の通り、サンラータンに水餃子をぶっこんだ形のスープ餃子なのだけど、酸味と辛味がほどよい相性をつむぎだすスープに、海苔のようなものや、小さな干しエビも浮いていたのが印象的だった。
 こんな、海からはるかに遠い砂漠で?
 この時の味がずっと印象に残っていたおかげで、うちでスープ餃子を作る際には、これを再現する形になった。

 業務スーパーで冷凍の水餃子を買っておく。
 スープは、味覇(うぇいばー)、鶏ガラの素、豆板醤、そして……醋(cu)。
 醋は中国の真っ黒い酢で、日本では「香醋(こうず)」と呼ばれていたりする、テレビショッピング番組が好きなお年寄りの間でも、身体によいと評判のアレだ。
 近所のスーパーには絶対に置いてないので、いつもアマゾンで買っている。
 ピンイン(中国のローマ字的なもの)では「Cu」と書いて、「ツゥ」と読むわけだけど、実際には「ツォ」と聞こえることが多かったので、わたしはそう発音することにしている。

 これらを、適当な配合で混ぜたら、美味しい自家製酸辣湯の出来上がり。
 それぞれの配分は、その時の気分次第で決めているので、何が何ccかだなんて聞かれても困る。
 料理は……気分とセンスで乗り切る!!

 で、これに水餃子を投入して茹でて、最後にもみ海苔や干しエビを上へふりかけると完成。
 中国のあちこちで水餃子やスープ餃子を堪能したけど、こういう酸辣湯水餃子、酒泉の名物ってわけじゃなく、たまたまその屋台がこういうのを出していただけなんだろうな、と思う。

          ○

 日没は21時半。
 敦煌へは長距離の寝台バスで向かう。
 そのバスターミナルのロビーでのんびり座って待っていると、突然、天井のミラーボールが輝きはじめた。
(え、ミラーボール!?)
 軽快なロッケンロールなBGMも流れ始め、周囲に轟かせる。
 と……。
 わらわらと十代くらいの人たちが乱入し、わいわいと足に何かを履き始めた。
 ローラースケートだった。
 男女それぞれに、きらきらした笑顔でロビー内をぐるぐる滑り始めちゃった。
 えええええええ…………どゆこと?
 どうやらこのバスターミナル、夜間はご当地の人たちに、スケートリンクとして場所を提供しているらしい。

 アメリカンチックな雰囲気が濃厚だなー、とは思っていたけど、どうもわたし、本当にここだけアメリカに来ていたんかもしれない。
 しかも、70年代とか80年代とか、そんな感じの。

 さ、それはともかくとして、明日の早朝には敦煌だ。
 長距離バスの寝台に横たわりながら、わたしは古き良きアメリカにお別れを告げた。

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