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特許調査の強敵?「オムニバスクレーム」の傾向と対策

ニッチな内容で恐縮です。この記事は「『特許請求の範囲』の書き方に『オムニバスクレーム』と呼ばれるスタイルがあるのだけど、データベース検索が非常にやりにくい。なので対策を考えたいと思って傾向を調べました。」という内容になります。

0.まとめ(検索上の対策)

現時点で
・オムニバスクレーム出願の総数は確認できた範囲で4200件程度
 (未確認分が隠れている可能性があります)
・分野は化学・バイオ・医薬に集中
・出願形態は外内(外国→国内)出願がほとんど です。

検索上支障が出やすいのは侵害予防調査。
また、SDI(定期監視)にも工夫が必要と思われます。

残念ながらオムニバスクレームの傾向がわかっても、通常検索(キーワード、分類等)で探しやすくはならないです。(文字数が増えるわけではないので)
調査(特に侵害予防調査)の際には「オムニバスクレームになっている競合他社はありそうか?」と考えて、
・通常検索(特許分類やキーワードで探す) と
・企業名(出願人)単位での検索  とを
組み合わせて探すのが確実ではないか、と考えています。

1.オムニバスクレームとは

発端はこちらのツイートです。

【請求項1】が 「明細書または図面に記載の発明。」だけですよね。請求項2以降もありません。

オムニバスクレームとは、下記のように説明されています。

オムニバスクレーム(Omnibus claim)とは、発明の特徴を具体的に記載することなく、明細書や図面の記載を参照して記載されたクレームをいう。例えば、「明細書に記載の装置。」「図1に記載のシステム。」といったクレームである。英国で用いられるクレームであるが、他の国では記載要件違反とされることが多い。

「他の出願はどうだろう?」と調べてみてすぐわかったのですが・・・次の図をご覧ください。

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化合物!すごくないですか!?(知財業界の方はわかってくださるはず・・・)

ちなみに「オムニバスクレーム」の場合、全く請求項相当の記載がないのか?というとそうでもないようで、本文中にそれらしい記述が埋め込まれている出願も多いです。下図だと(項1)=請求項1相当、のようなんですよね。

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※なお、当該ツイートの冒頭で「ヴォル卿的な存在だったらどうしよう」的な発言をしてますが、このタイプの出願は、特定の特許事務所が多く手がけています。なので「これ、触れてはいけない類の話かな?」って思ったんですよね。・・・でも、検索で探しにくいのは事実なわけで。この記事は「検索しにくいんだけど、どうしよう?」という、サーチの観点で書いていきます。

2.オムニバスクレーム、本当に「化合物」とかで権利化できちゃうの?

・・・無理だと思われます。構成も不明瞭ですし、先行技術調査もできませんし。

Twitterでも弁理士や審査官の方々が経験談などを教えてくださったのですが、やはり「自発補正をする」とか「拒絶理由を出す」というご意見が多かったです。

4.なぜデータベース検索に困るの?

特許データベースで検索を行う際

全文検索では漏れが少なくなるが、ノイズ(不要公報)が多量に混入しやすい。
要約・請求項を対象とする検索では検索漏れのおそれはあるものの、ノイズ(不要公報)は少なくなる。

という傾向があります。また、キーワード毎に検索対象を変えることもできるので、検索対象による最適化も頻繁に行います。たとえば

   要約・請求項=阻害剤+酵素阻害+・・・
AND 要約・請求項=炎症+疾患+治療+患者+・・・  
AND 全文 = ペントキシフィリン

のように検索すると「治療に使う何らかの阻害剤(≓発明カテゴリー)で、ペントキシフィリンを使用したもの(≓実施例・具体例)」を効率よく探せる、というイメージです。

ところがオムニバスクレームの場合、発明の名称+要約+請求項の文字数はたったこれだけ(黄色マーカー箇所)なので、検索に名称~請求項を使った時点で集合から欠落する可能性が高い、という問題点があります。

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冒頭の「まとめ」でも書きましたように、オムニバスクレームの傾向がわかっても文字数が増えるわけではないので、検索しにくい事実は変化しません。ですが技術分野や出願人、代理人等を把握できれば、調査テーマによって「化学分野だし、お客様の競合企業は米国だから、オムニバスクレームになっていないか注意しよう」というアプローチで、検索漏れを回避できるのではないか?と思ったのが、傾向を調べてみた動機です。

5.日本出願におけるオムニバスクレームの傾向

5.1 およその件数 (2020/07/30時点)

※2020/07/30 17:30追記 クエリー強化の結果 約8900件のリストがとれました。以下の各集計データはN=4200件時点のものです。

約4200件の出願を確認できました。「請求項の文字数が少ない順」でソートした様子です。(発明の名称より短いものもあって驚きます)

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以下、特定できた出願群をベースにした集計結果です。

5.2 技術分野

発明の名称をざっと目視すると「化学・医薬・バイオ」という印象です。筆頭IPC(国際特許分類)で集計すると次のようになりました。概ね目視の通りなのですが、12位に「コンテンツ配信」15位に「光学装置」などもあり、油断がなりません。

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5.3 出願人

競合企業が「日本出願におけるオムニバスクレーム」をよく使う場合、侵害予防調査やSDI(定期監視)の条件を工夫されると良いかと思います。下記は出願人の粗集計結果です。(簡易的な名寄せをしてあります)

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自分も実際に集計したのは初めてですが、11~30位圏にクライアント様の米国競合が含まれており、今後も検索漏れがないよう、万全の対策を考えていかなくてはと気を引き締めました。

(余談:代理人名義について)
「特定の代理人がオムニバスクレームを多用する」という話は弁理士の先生方の間で有名らしく、実際分析するとその通りの結果でした。この記事に代理人名は記載いたしませんので、上記技術分野・出願人から「自社の検索条件にも影響ありそう」と思われた方は、各自ご確認頂きたいと思います。

5.4 「分割出願が多い説」は本当か?

Facebookで「このタイプの出願は分割出願なので、親出願を見ると元クレームがわかる」と教えて頂きました。

本当か/本当でないか? でいうと、このお話は本当です。
現在、手元にある約4200件分のデータを対象に「分割前情報のある/なし」で分けたところ、全体の99.5%に分割前情報がありました

とはいえ、日本特許の検索は「出願単位」または「公報単位」で実施するケースが大半で、親出願のクレームと紐付けられる調査ツールはあまり聞いた事がありません。親出願の存在は公報読みの手がかりにはなり得るけれど、キーワード検索の決め手にはなりそうにありません。

6.検索上の対策

6.1 特許分類の有効性

前項で「親出願があってもキーワード検索の決め手にはなりにくいかも」と書きましたが、特許分類となると話は別です。自分で調査した範囲での話ですが、各種特許分類は比較的妥当なものが付与されている印象です。
請求項の記載に基づいた分類付与は難しいはずなので、親出願の付与分類なども参考にされているのかな?と感じました。

ただ・・・やはり請求項が請求項ですし、外内の明細書記載は分類付与者の方々にも難解かもしれない、とも思います。全体的には「比較的妥当な分類が付与されている印象だが、通常の出願と同様に信頼してよいものかどうか?の判断には時期尚早」と考えています。

6.2出願人名での検索

現在手元に約4200件のリストがあり、出願人/発明の名称/各種分類等のデータを持っているので、

「調査対象の技術分野」から、検索時にオムニバスクレームを考慮する必要性をある程度予測可能です。また出願人ランキング(下図)の通り

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1社あたりの「オムニバスクレーム出願」の下図は多くても100件前後です。生死情報を考慮していませんので、生存中(審査中含む)に限定すれば、ノバルティスでも20件程度に絞られます。

それならば「キーワード検索が難しい」「分類は比較的良さそうだけれど、信用していいものか・・・?」と悩むより、通常の検索に出願人単位の検索を加えた方が、スッキリ調査できるように思えてきました。

7.SDIについての補足

SDIの場合は侵害予防調査より広めの検索条件を組むことが多く、その分全文検索を使いやすいので、侵害予防調査よりも検索設計はしやすいと思います。

とはいえ、オムニバスクレームの有無に限らず「競合他社名をSDI条件に入れておく」のはおすすめです。競合他社の事業が多角化しており、出願件数が極端に多い場合は「出願人名×広めのIPC」としておくと良いです。

8.おわりに

オムニバスクレーム問題に限らず、外内の公報は言い回しが独特で、検索しにくい・読みにくいものが多いです。

とはいえ侵害予防調査の場面では「読みにくいから検索できなかった」というわけにもいきませんよね。

検索できていない公報は読むこともできないですから、「どうしたら目的の公報を確実にピックアップできるか?」を考える習慣を持ちたいものです。


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