メンヘラ君の慟哭

糜爛したきみの眼球がとけだしたとき、僕はようやく雨の美しさを知った。幾層にもかさねた肉厚の絵の具のように凝った赤黒い血を爪で削り取りながら、窓を打つ驟雨のリズムに目をつむる。放恣な生活を送り続けた僕を、明るい笑顔で見守り続けたきみのその嘘に、気づいていないわけじゃなかったよ。けど僕は怖かった。きみが向けてくれた純然たる愛に正面切って向き合うのが怖かったんだ。それは僕が今まで一度も触れたことも、向けられたこともなかったものだから。けれど僕が最も恐れたのは、その奥に隠見する堅実な幸福の生ぬるさだったのかもしれない。平穏を否定し焦燥と嫌悪に濡れる僕は、脳髄に巣食うてんでな僕を制禦することもできなければ、演じることでしか価値を認めてもらえないと頑なに信じ続けている小心者で。そんな度し難い僕を理解しようと何年も寄り添ってくれた君に、結局僕は向き合うことができなかった。何を言っても何をやっても償いきれないから、せめてきみと最後にかわした約束だけは守って生きていくからね。

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