短編『シェル・マインド』

シェル・マインド

「私は貝になりたい」なんていうけどさ
人間はほんと俺たちのことわかってないよ
貝って大変なんだぜ?
ひらくか、とじるかだ
いろんなひらくがあるし、いろんなとじるがあるんだ
たべるときは胃の中の酵素をゴロゴロさせるんだ
そして戦う
みてくれよ俺の殻を
守るためならツルツルにするさ
攻め勝つためにギザギザなんだ
でっかくて動かない、すっげえ硬いのが海にはいっぱいあるんだ
それに勝って、寝床にしてやるのがいきがいさ
殻のメンテナンスが大変なんだよ
殻がないやつらは気楽でいいよな
こちとら、殻がしっかりしてないと、何も楽しくないぜ
それに、カッコいい色じゃないと、使ってもらえないしな
え、何に使ってもらうかって?
神様の宮殿さ
俺たちは唯一、自分の体がそのまま家になる生き物だ
それは死後に宮殿になれるよう、神様がそうしてくれたんだ
ほかの生き物は、死んだら生き生きとしていられないだろ?
俺たちだけは、死んでからも、綺麗でいられるのさ
おまけに、俺はまだ生きてるからわからないけど
殻の裏側っていうのは、もーっと綺麗らしいぜ
そうやって俺たちは集まって、宮殿の美しさを誇るんだ
人間は働き者だから、食卓の準備をするんだって?
それもちょっと羨ましいな
まあお互い、神様が月に行くためのチームメイトなんだ
仲良くしようぜ
人間は人間らしくな
そういえば太平洋で、また神様が産まれたってよ
今度は貝殻から飛び出したらしいぜ
タンガロアっていったかな
でもほんと、不思議な話だよ
世界は神様から始まるのに、その神様が貝殻の中にいるなんて
じゃあその貝殻の中にいた方はどうなっちゃったのかな
そんな役割はごめんだよな
一緒に月にいけないもん
月では最高の恋ができるって話だぜ
あこがれだよ
紫陽花や金木犀にいつも笑われるんだ
貝の恋はしょっぱいよなって
これだけは俺も否定できないぜ
好きって気持ちがわからないんだ
わからないのに諦められないんだ
あいつらの話ばっか聞いちゃってるからかな
そうそう、親友なんだよあいつら
たまたま流れてきたから、珍しいなと思って話しかけたんだよな
そしたら意気投合しちゃってさ
花は思う存分に恋してるらしいぜ
それはそれで、特別な恋がほしくなっちゃうらしいけどな
だから俺たちはみんな月を目指すんだ
金木犀なんか、一所懸命に月の匂いを真似してるらしい
俺たちは何も頑張らなくても月の形だから、あいつらは羨ましいんだって
お互いにちょっとエンヴィーなくらいが、友情ってうまくいくよな
人間の恋は楽しいかい?
そうか、あんたはそうでもないか
まあ、上を向くのは得意そうだしさ
そうやってれば月が見えるからさ
月しか見えないからさ
そしたら運命の相手とぶつかるよ
あんたの心がね、もしかしたら
おっと、これは紫陽花の受け売りだ
ひさしぶりに会いに行こうかな
なんか思ったより喋っちゃったわ
話が合って嬉しいよ
俺とあんたじゃ致死量が違うからさ、飲みとか行けないけど
また貝になりたかったらここにおいでよ
大丈夫、いまの寝床は硬いからさ
しばらく流されないと思うし
じゃあ気をつけてな。


◯ニマイガイノツモリソウ Shell-mind Pannamia / Opinionemo Bivalvis
クロネ科オモイコミ属の多年草である。呼吸に用いない気孔が茎に並んでおり、その開閉が枯死するまで固定されている。その配列を暗号として解析すると、二枚貝を主語とした一人称の文になることがわかっている。現在までに一人称がホタテガイ・アコヤガイ・マガキ・バカガイ・ハマグリなどと同定されるものが見つかっているが、花の形によって区分される種と茎が表現する貝の種は一致せず、遺伝子配列における差も見られない。
貝の種として人口に膾炙したものばかりが登場することや、そもそも人間によって解読可能なことから、オモイコミ属の文の書き手は貝ではなく、自身を貝だと思い込む人間であるとする説がある。

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