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「誰も信じられない」状態は、三項関係を使ってほぐしていく

医療者として働いていると、患者さん自身が希望して治療に来たにもかかわらず、「治療を受けたくない」と言ってるかのような態度をとられた経験が1度はあるのではないでしょうか。

僕が精神科で働いていた頃を思い出すと、何度もそういった経験がありました。モヤモヤしたり困惑したりして、難しさを感じていました。

長年働く中で、そういう態度の背景には「誰も信じられない」という思いがあることに気付きました。精神的に苦しい時は、どんな人にも生まれがちな考えかもしれません。

また、誰かを信じられるようになった後に裏切られる経験をしている方も少なくありませんでした。

そのような思いを抱えている方にどのように関わると、患者さんだけでなく医療者も楽になるでしょうか。それを考えていきたいと思います。

医療機関で治療するなら、そんな方でも医療者を信じてもらえなければ治療が進みません。それは精神科に限らないでしょう。医療者の言葉を信じられなければ、薬を飲む行為ひとつにしても決断ができないからです。医療者を信じて初めて、その人の言うように治療を受けようと思うわけです。

医療者側からすると、信頼関係を育む手間をかけずとも、医療の理屈で「薬を飲みなさい」と指示できると考えてしまうかもしれません。入院中はそれでも良いかもしれませんが、自宅に戻ったときに医療者を信頼していなければ、患者さんは薬を飲まないのではないでしょうか。

また、「こうしたうほうがいい」と言われると、今できていない状態を責められているように感じる人もいます。そう感じると、医療者に対して「自分を攻撃してくる人」という認識につながるかもしれません。

つまり、よい治療をするためには、信頼関係を育んだほうがいいのです。「誰も信じられない」と考えている人に対しては、慎重にステップを重ねる必要があります。

二項関係は、患者さんの独り立ちを阻害することも

看護師になって間もないころ、患者さんと信頼関係を築くのが上手な先輩看護師がいました。「この人といると、自分がよくなっていきそうだ」と患者さんが感じているのがわかります。僕はその方たちを観察することにしました。

僕がこれから説明することは、上手な先輩看護師の方々を参考にして、少しずつ体得していった技術です。

まず、患者さんと話すときに、それぞれの辞書の違いを知る必要があります。これは、以前のnoteで詳しく説明をしました。勝手に解釈をしないよう、相手の辞書に合わせて話を進めていきます。

それだけでも、患者さんは「自分の話をこんなにわかってくれる人に初めて出会った」という感覚になることがあります。医療者としてはミスをしないようにコミュニケーションを取っているだけでも、患者さんとしてはポジティブな感情が劇的に増えていくのです。「わかってくれる」「仲間だ」といった意識を強めがちです。

ところが、この状態は要注意でもあります。親離れできない子どものようなもので、患者さんの独り立ちを止めてしまうのです。

その時の関係性を客観的に見てみると、二項関係になっています。自分と相手だけがいて、一方がメッセージを発してもう一方が受け取るというコミュニケーションです。

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「こうしたほうがいい」と言われると自分が責められているように感じるのも、二項関係から来る弊害です。その関係性が好意的な場合であっても、違う形にしていく必要があると考えています。


問題を外在化させて三項関係に

新たな形として有効なのが三項関係です。コミュニケーションに、自分と相手以外のものを登場させます。

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例えば、「症状」。症状が患者さんの中にあると考えると、二項関係になりますが、外側に置くことで客観的に話すことができます。これを外在化と言います。「症状」を人格化させると考えてみるといいでしょう。

例えば、副作用がしんどくて薬を飲みたがらない患者さんがいたとします。その場合、薬を飲まない患者さんを責めるのではなく、「しんどい」を取り出して人格化させ、解決していこうとします。

患者さんの希望や目的を考えながら「しんどい」を外在化してとらえていくと、「しんどくても治療が早く進んだほうがいい」「治療が遅れてもしんどくないほうがいい」と、目的を意識した話し合いができます。

その結果、「目的に到達するのは遅いかもしれないけど、副作用を減らすようにしよう」と判断することもあるし、「やっぱり副作用を我慢して今の薬を続けたい」と考えることもあります。後者の場合には「副作用が出たときは、また『しんどい』を一緒に対処していう」という仲間のように考えられるのです。

問題を外在化させることで、それに対して一緒に対応する「仲間」になり、信頼関係ができていきます。


三項関係を客観的に伝える

患者さんにも、三項関係の構造を伝えておくと、独り立ちがスムーズに進みます。

「『症状を取り出して対処する』ということを一緒にやっていますよね」

と、話しながら進めていくのです。最初から種明かしをすることで、患者さんも自分の力で使えるようになっていきます。

例えば、他の看護師を指して「あの人苦手なんだよ」と言ってくる患者さんもいます。僕に話してくれることで「自分は信頼されているんだな」と思うこともありますが、それは距離が近すぎるという危険信号でもあります。

そんなとき、三項関係のやり方を伝えて、「その人にも相談してみたら?」と言ってみてはどうでしょうか。患者さんにスキルが付いていれば、うまくコミュニケーションできることもあります。また、他の看護師が新米だったりしてまだスキルがないと感じたときなどは、事前に口裏合わせをしておき、患者さんの成功体験にすることも必要でしょう。

家族とうまくいっていない患者さんに「ご家族に対しても三項関係のやり方を使ってみたら?」と促すこともあります。家族はなかなかうまくいかないことも多いのですが、たとえうまくいかなくても「僕も家族とはなかなか上手にできないんだよ」と話します。

三項関係にすれば万事OKというわけではなく、うまくできたり、うまくいかなかったりする……という経験を重ねていけるとよいでしょう。



話し手:坂本岳之
ライティング:栃尾江美
カバーイラスト:金子アユミ

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