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言葉の定義は人それぞれ。お互いの辞書の違いを知る

僕はよく、医療関係者向けセミナーなどでお話しさせていただく機会があります。そのひとつに、精神科の看護師だった経験を活かしたコミュニケーションスキルの話があります。


まず話すのは、「言葉の辞書」の話。同じ日本語を話しているように見えて、僕とあなたとは言葉の定義が違うのです。医療者が患者とコミュニケーションを取る際、言葉の定義が違うと、お互いの意思疎通ができていないことになります。伝えたい内容がずれていることに気が付かないまま治療を続けたら、症状が悪化するかもしれません。そればかりでなく、手遅れになり治療できなくなる可能性もあるのです。

医療者はまず、患者と前提を揃えなくてはなりません。ずれたコミュニケーションを取っているとしたら、それに気づいて修正する必要があります。それぞれの辞書の違いを知り、揃えていく。それを繰り返すことが、満足できるコミュニケーションや治療の近道となります。

「ハマっている」の定義は人それぞれ

セミナーなどでアイスブレイクをする際、「ハマっているもの」というテーマで隣に座っている人と話してもらいます。

ちなみに僕は、バランスよく洗濯物を干すことにハマっています。妻の下着が見えないように内側にして、ほかの洗濯物で隠して干すと、妻を守っているようで満足感があるんです。「ハマっているもの」を紹介するとき、理由はひとそれぞれでしょう。それは、「ハマっている」という言葉の定義の違いが関係しています。

ハマっているものを共有するくらいならトラブルにはなりにくいものの、ほかの言葉では、コミュニケーションエラーの原因になることもあります。

例えば人を紹介するとき、「この人は信頼に足る人だ」と相手を安心させたいとします。相手が「経験年数などの数字」で安心する人だとしたら、「有名な○○さんの知り合いらしい」と言っても安心感は伝わらないでしょう。相手を安心させるには、その人が使っている「安心」の意味を知っていく必要があります。

僕の辞書を作ってもらう

医療者は、初めて会う患者の辞書を作っていかなくてはなりません。また、初めてでなくても、相手の言葉の定義は意外と知らないものです。

セミナーでは、僕の家庭環境や人間関係の失敗談などを交えながら、学びの経緯を紹介します。参加者は、おそらく僕の話を初めて聞く人ばかりでしょう。

そのあとに、参加者の方に僕の辞書を作ってもらう試みをします。いわば僕が、その人にとっての患者さんのようなもの。その人から話を聞いたつもりで、僕の辞書を考えてもらうのです。

例えばあるときは『学習』について考えてもらいました。僕の辞書では、「学習」がどう定義されているか、というお題です。「僕が使った言葉を使って説明してください」と、あらかじめ伝え、それぞれ書いてもらいます。

ところが、出来上がった辞書の説明を見てみると、僕がまったく使っていなかった単語がどんどん出てきます。

「探求心」「カテゴライズ」「ルーツ」など……。それぞれ、僕の言葉ではなく、受け取った人の言葉に変換されているのです。

相手の心を癒すのも、関係性を作るのも、
相手の辞書を理解することから

僕たちが日々やり取りしているコミュニケーションは、感情抜きには語れません。心の中に感情が生まれ、それをお互いにやりとりして、感情が増えたり減ったり、別の感情が湧き起こったりします。

感情のやりとりについてはまた別の記事で詳しく説明しますが、うまくコミュニケーションを取るには、相手の辞書を理解することが不可欠。相手が発した言葉の裏側に「悲しい」が潜んでいるとわかったら「悲しかったのですね」と声をかけてあげられます。それによって、相手の悲しみは減り、わかってもらえた喜びが増えることになります。そのために、相手の言葉の定義を知っておかなければならないのです。

相手の辞書をわかっていれば適切な言葉が使えるのでよい関係性が作れます。わかっていないのに不用意な言葉を使うと、関係性が悪くなります。

すべてのコミュニケーションの基本になるのが、相手の辞書を知る、すなわち相手と自分の辞書の違いを知ることです。同じ日本語でも、その裏側に潜んでいるものはまったくと言っていいほど違います。

相手の辞書を知るスキルは、学習で身に着けられます。僕もセンスがなく、とても苦手でした。でも、学習してできるようになってきたのです。

上手くコミュニケーションできない相手がいたら、言葉の定義が違うかもしれないと疑ってみましょう。誰でも当たり前に使っている言葉でも、まったく違うことは多々あります。

もしかしたら……と気が付いたら、相手の言葉の意味を尋ねてみましょう。まずはそこからが、よいコミュニケーションを取るスタートです。


話し手:坂本岳之
ライティング:栃尾江美
カバーイラスト:金子アユミ

読んでいただきありがとうございます。もし心に残る言葉があれば、サポートしていただけると嬉しいです。今後も応援を励みに書いていきます。