息をするように

本当は別のCDを聴くつもりだった。なのに、ふと思い立ってクリープハイプのアルバムを手に取った。初回版を買って、一度も開けないままもう1年半以上も経っていた。

むかし、といっても数年前くらいまで、息をするようにクリープハイプばかり聴いていた。朝も昼も晩も、孤独と不安をごまかすように彼らの曲を聴いていた。お金なんかないのに、アルバムもシングルもDVDもなるべく初回版で買った。バイトばかりで自由な時間もあまりないのに、イベントに参加して震えながらサインの列に並んだ。

クリープハイプはどんどん人気が出て、広い会場でたくさんライブをして、タイアップもたくさんして、たくさんCDが売れた。

私もしばらくして就職が決まって、仕事仕事で忙しくなった。だんだんと、クリープハイプを聴くことが少なくなって、CDも気に入った曲しか買わなくなって、買っても開けずに置いておくようになった。

久しぶりに聴いたクリープハイプは、むかしの恋人に偶然再会したような気持ちにさせた。大きなケンカがあったわけではないけど、なんとなくすれ違うことが増えて、別れることになった恋人。ああ、あなたのそういうところ好きだったな。そんな面もあるんだ、知らなかった。少し雰囲気が変わったね。そりゃそうだよね。懐かしいね。でも新鮮だね。アルバムが終わるまで、そんな会話をずっとイメージしてた。

ギターの音に鼻の奥がつんとして、好きだった曲が流れると少しぼんやりした。音楽って、耳で聴いているつもりなのに実は記憶とセットになっていて、本当に不思議だなといつも思う。

いまはズーカラデルにはまっている。これもきっと擦り切れるほど聴いて、いつか離れるのかもしれない。でも、何年かして久しぶりに聴いたら、きっとこの季節のことを思い出すのだろう。そのことを想像するだけでも、ほんの少し鼻の奥が痛くなる。


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