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エモさを形にしたくて、二次創作を書く。

pixivへ小説を投稿し始めて7年が経つ。60ほど並んだそのほとんどは二次創作BLだ。
いまだに自分が書いたものを小説と呼ぶのは気恥ずかしく、かといって「字書き」という言葉には字なら誰でも書いてるし、おれが書いてるの文章だしという面倒くさい自意識を発揮し続けている。
とはいえ、文章だって誰にでも書ける。意外と楽しい作業なので、読みたいものがこの世になくてお悩みのあらゆる人は、ぜひ物語を生み出してみてほしい。

初めて自分で書きたいと思うきっかけって、なんだろう。
付き合いで書きはじめたのが直接的な理由だが、私の原動力になったのは、昔好きだった作家さんたちの作品が忘れられなかったことだった。大げさな話ではなく、人を愛することはすべて同人誌(二次創作BL)と商業BLに教わった。魂を揺さぶられたあの作品ほどの力はなくとも、いま自分が愛するカップリングにも人を愛することのすばらしさを味わってほしいと思ったのだ。

まずは「二次創作小説の書き方」的な記事をたくさん読んだ。実際書き始めてわかったのは、とにかく慣れだということ。あとは、そんなに悩む必要はないということ。教科書なり小説なり新聞なり、読んできた文章が頭に残っているので、なんとなく書けそうな文体はできてくる。

それに二次創作の場合、一次創作に比べてだいぶ楽だと思う。キャラクターも世界観も全部原作の設定があるし、ない部分を妄想で埋めていくのは、制約がある中での楽しみだ。しかもその全部は背景に過ぎず、肝心なのはパッションだけ。個人的な読み手の感覚としては、なんかもう、描写とか舞台背景とか凝りすぎずに簡単でいいと思ってしまう。受けが攻めに、攻めが受けに対して何を思っているのか、それが最も読みたい部分だから。

誰にも書けないものを書きたいとか気負わずに、もともとパロディなんだからと開き直れるのもいいところ。既存の商業作品から、ネタをいろいろ借りてくるのだ。Twitterでよく見る村上春樹構文みたいに、好きな作家の文体を真似たり、面白かった映画や小説をなぞってみたりする。「ここがエモい!」と一部分だけをピックアップしたものは、完成してみると元ネタとは似ても似つかない。設定もあらすじもそのまま借りてきたものは、ダブルパロとして発表できる(こっちのほうが、面白く描くのは難しそうだ)。

そんな感じで、心震わされるカップリングがあったら、いままで出合ってきたエモいものと掛け合わせて物語を作っている。もっと幸せになってほしいし、もっと苦悩してほしいから、書きたいだけ書く。

フィクションに限らず、好きな曲からでも現実の出来事でも、ネタはなんでも平気。ただし何も思いつかないからって自分の10代のころの思い出とか引っぱり出してくると、書いてるうちにしんどくなるので、なるべくやめておきたい。

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