不動産

商業施設内などにある、誰でも自由に座ることのできる席は、どこだろうと座れるのなら、休日ともなればプレミアムシートと言っても過言ではない程に価値がある。

そして、運良く席を見つけた人は、そこに手持ちの物で、盗まれても困らない物かつ、存在感のある物をテーブルかシートに置くことで、その場所をキープするというやり方が定石となっており、それからコーヒーを買いにいったり、本を選びに行くのだ。

このやり方で問題が生じるとするならば、「置きっぱなしにした物の被害」についてだけだと思っていたのだが、今日はそれ以外にも虚をつくような問題があることを現認した。

フェールラーベンの小ぶりのリュックを身につけた中年の女が、二人掛けシートのキープに使ったのはスターバックスの紙袋だった。ここまでは良くある光景だが、まさかこの後、この冴えない中年女に目を奪われることになるとは思いもしなかった。

しばらくして再び現れた女は、自分がキープしておいた2人掛けのシートのすぐ向かいのテーブル席に、本と、ウォーターサーバーの紙コップのようなものを置いた。

ここまでもよくある光景で、キープしていた場所よりも魅力的な場所を見つけたために、引っ越しをしていると考えるのが普通だ。

そして、当然、先ほど置いたスターバックスの紙袋に手をかけると、新しい席へと移すのかと思いきや、微妙な角度調整をしただけで、そこはまだキープ中だという態度を示した。

それでも私は考えうる可能性として、この後やってくる友人の為にキープしているのではないかとも思ったのだが、新たな2席、合計4席をキープしながらに、さらに他の一人掛けのシートに腰掛けた瞬間、私はこの女はどこかオカシイと判断した。

その間にも、たくさんの家族が、女がキープした椅子を諦めていた。

なるほど、女はその光景を楽しんでいるに違いない、そういう趣旨でやってるのだと、合点がいったのだが、女はさらに移動し、もはやラウンジから離れた、現場を確認できない場所で熱心にiPadをいじりはじめた。

私は新たなダークヒーローの誕生に心躍っていた。

かつて、女は空いていた座席に座ろうとしたとき、「そこ取ってます」などと高圧的に言われ、その時の復讐心からこのような行動を取るようになったのだ、などと、ストーリーを考えていた。

女の置いた本のタイトルの中に「不動産」の文字があった。
たしかに、需要の多い座席は、女にとって不動産なのかもしれない。
そして女が座席キープの代行で小銭でも稼いでいるのかもしれないとも勘ぐるほどに、凡人にはその動機がわからない。

とりあえず今度、席が空いていないときに、あの女を見かけたら、

「席どこ?」

と聞こうと思う。

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