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性虐的飼育 Ⅲ 斎藤緋七

 あっと言う間に季節が変わっていた。タクローと栞ちゃんが来てから三ヶ月がすぎた。お父さまが三回帰ってきたから、三ヶ月過ぎていると思う。 
 お父さまはタクローを可愛くて仕方がないというように溺愛していた。
 栞ちゃんのことも、
「君は大人になったらすごい美人になるぞ」
 栞ちゃんの美しさを褒めていた。事実、栞ちゃんは美しかった。
 お母さまが、
「一番キレイだったから、この子にしたのよ」
 そう言ってもらって来たのがよく分かるくらいの美少女だった。
 私はほとんどの時間、桜介とタクローの部屋で過ごすようになっていた。
 お母さまが、
「これね、いいでしょう」
 そう言って、お母さまはあたらしいベッドを買ってくれた。地下室はとても広く40畳以上もの広さがあったので、キングサイズのベッドを置いてもまだ、タクローが走り回ることが出来る充分な余裕があった。
 記憶はほとんどない。不思議なことに空腹は感じなかった。
 喉が乾いた。壁についているブザーを押したら、台所にいるトヨ子さんと話が出来た。
「トヨ子さん。喉が渇いたから、いつもの珈琲をお願い」
 数分後、トヨ子さんが、熱くてお砂糖がたっぷりと入った濃い珈琲を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「また、お申し付け下さい」
 トヨ子さんは台所に帰っていった。私も桜介も栞ちゃんも、皆、タクローも、澱んだ目をしていた。
「この家から逃げたい」
 最後の支えだった願いなど、とっくにどこかに行ってしまった。この部屋には時計がなく、ずっと夜が続いている気がした。
 唯一、残っていたのは、私の桜介への愛情だけだった。
「桜介、璃子か栞か、どちらか1人を選んでSEXしなさい」
 桜介にはお母さまの命令に逆らうことなど出来なかった。
 桜介は、その理性から、異母姉の私ではなく栞ちゃんの身体を抱いた。自然に涙がこぼれそうになった。私は涙を溜めた。
 そんな私を見て、
「あら、璃子ちゃん。嫉妬で泣いているの? 」
 お母さまは笑っていた。
「泣いてなんか、いません」
「目が濡れているわ。やせ我慢しないで桜介に抱いてもらえば済む話なのに、頑固な娘ね。その理性は誰に似たのかしら」
 私は黙って、壁のボタンを押した。 
「璃子です。コーヒーを持って来て」
 すぐにトヨ子さんが甘くて濃い珈琲を持ってきてくれた。溶けきれないほどの砂糖の味しかしなかった。珈琲の苦さなどどこかに行ってしまっていた。
 トヨ子さんは、
「桜介さんと栞さんの分も持ってきました、どうぞ召し上がって下さい。タクローくんにはオレンジジュースをお持ちしました」
 お母さまが、
「トヨ子さん、私にも? 」
「奥さまには、ハーブティーをお持ちしました」
 トヨ子さんはこたえた。
「気が利くわね、さすが、トヨ子さんだわ」
 飲み物を丸いテーブルの上に並べて、トヨ子さんは台所に戻っていった。
「わあい。オレンジジュースだー! 」
 タクローだけがはしゃいでいた。
 不思議なことに様々な性行為を見てもタクローは無表情だった。
「大丈夫、びっくりしてない? 」
 私が聞くと、
「なれてるもーん」 
「なれてる? 」
「まえのおうちで、ママとしらないおにいちゃんがしているのをいつもみていたから。ぼく、なれてるの」
 タクローはオレンジジュースを飲みながら笑った。
「ぼくね、びっくりしないよ」
 タクローは笑っている。
「あのね、シセツにいくまえはママがぼくのおちんちんをなめていたんだよ」
 不思議な感覚が走った。そんな環境だったから、施設にいたんだわ。熱いものがこみ上げてきた。
「この、五歳のかわいい子どもをめちゃくちゃにしてやりたい」
 そう思った。 
 タクローが泣きわめいても構わない。だって、ここはお母さまの王国。お母さまはこの国を支配するお姫様。そして私はお姫様の娘。
 そのお姫様が、
「お腹が空いたわ」
 台所に行ってしまった。私はタクローの手を握った。
「ねえ。タクローくん」
「なに? 」
 これは、堕落なのだろうか? 堕落とは、素直な欲求に負けることを指しているのかも知れない。ちょうど、今の私のように。
「タクローくん。璃子おねえちゃんも、タクローくんのママみたいに、同じ事をしてもいい? 」
「おねえちゃんが、ママみたいに? 」
「そう、なんだか、璃子おねえちゃんもタクローくんのおちんちんを舐めたくなっちゃったの」
「えー どうしようかなあ? 」
 タクローなりに抵抗を見せている。
「だって、可愛いし、美味しそうなんだもの。いいでしょ? 」
 そのとき、部屋の隅で座っていた桜介が、
「璃子」
 私を呼んだ。
「なあに? 」
「璃子、お前までが、そんなことを言うなんて」
「いけない? 」
 私は桜介に言った。それまで黙っていた栞ちゃんが虚ろな目をして桜介に向かって、
「ねえ、桜介さん。もっと、抱いて? 」
 口元だけで微笑みながら言った。栞ちゃんはキャミソール姿だった。
「桜介、栞ちゃんを抱いてあげたら? 」
 だって、私と桜介は、絶対に出来ないのだから。だから。
「お願い。璃子さまも、ああ言っているし、桜介さん? ねえ? いいでしょう? 」
 栞ちゃんは言った。そして、桜介の首筋に自分の唇を近づけた。何故か直ぐに離して私を見た。
「それにしても」
 桜介の首に手を回しながら栞ちゃんは私を見た。
「璃子さまってば、とことんやせ我慢の人なのね、私まで楽しくなるほどの、すっごい、無駄なやせ我慢の人」
「どう言う意味? 」
「私、璃子さまみたいに自分の欲求に忠実じゃない女を見ているとね、こっちまでイライラしてくるの」
「栞ちゃんが、私にイライラするの? 」
「そうよ。だって、私は知っているもの、好きなんでしょう? お互い」
 何? この挑発的な態度は。
「ふふふ。おもしろーい! 」
「栞ちゃん、どこがどう面白いの? 」
 誰かに喧嘩を売られたのは、初めてだった。
「璃子さまの顔に書いてあるもの。桜介さんとSEXがしたいんでしょう。欲求が全身から滲んでいるもの。分かるわ」
「関係ない」
 私の声は震えていたと思う。
「栞ちゃんには関係ないわ」
「それが大いに関係あるんです、分かりませんか? 」
「分からないわ」
「私が桜介さんに抱かれているときに、その、うすぼんやりした目でこっちを見られると気が散るのよ。快楽に集中出来ない」
 私は、それまで、人間関係に悩んだこともなく何をどう言って言い返せばいいのか、分からなかった。
「やればいいじゃない」
「そんなことはしないって、自分で決めているの。それに栞ちゃんが口を出すようなことではないと思う」
「二人は異母兄弟なのよね」
 栞ちゃんが言った。
「お母さんが別だけど、璃子さまと桜介さんは、一歳違いの兄弟なんでしょう? 」
 私は怒りに震え始めた。
「色々考えても答えなんかないし、どうにかなるものでもない。だったら、自分の身体が求める欲求に素直になって、やればいいじゃない? 兄弟同士でも関係ないわ」
「随分、色々、知っているようね」
 私は言った。
「だって、猛さんが色々教えてくれるんだもの。璃子も桜介も、二人とも自分の子どもだって、猛さんが言ってたわ」
 猛さん。
「猛さんって、私のお父さまのこと? どうして、栞ちゃんがお父さまにそこまで詳しく教えてもらっているの? 」
「私が猛さんの愛人だからよ。でも、私は猛さんの二番なんですって」
 二番?
「もちろん、猛さんの一番は華子さまだけど」
「栞ちゃん。私のお父さまを誘惑したの? 」
「誘惑って人聞きが悪いわね。やらせてくれって言われたから、どうぞって言っただけよ」
 これが、十三歳になったばかりの子どもの言う台詞なの?
「ねえ。タクローくん、璃子おねえちゃんはね、桜介おにいちゃんと大切な用事があるのよ。だから、栞おねえちゃんがタクローくんのおちんちんを舐めてもいい? 」
「私? 」
 栞ちゃんが意外そうな顔をした。
「栞。タクローの下半身を舐めなさい」
「仕方ないな」
 栞ちゃんはタクローの半ズボンとパンツを一度でずりおろした。
「璃子さまと桜介さんは、その、ベッドを使ったら? 」
 栞は、汚れた女神の様に、
「ほら! さっさと、結ばれなさいよ」
 私と桜介に命令した。桜介が、ぎゅっと私の手を握った。
「桜介? 」
「璃子。お前の部屋に行こう。こんな女の見ている前で、お前を抱きたくはない」
「桜介さーん。それって今時流行らない、純愛ですかあ? 」
 栞がからかうように言った。
「黙れ」
 栞に言って、桜介は地下室の階段を上った。私の手を強く握ったままだった。
「桜介? 手が痛い」
「璃子、チョウセンアサガオって知っているか? 」
「知らない」
「じゃあ、ソラニンは? 」
「それも、わからない」
「俺も最近まで知らなかった。ソラニンはナス科の植物に含まれている含まれている、自然毒だ。チョウセンアサガオも同じナス科の植物だ」
「アサガオ? 」
 桜介は私の部屋のベッドに座って言った。
「ここ数年。やたらと、甘い珈琲が出てきて飲むように言われるようになったな」
「それは、気がついてた」
「璃子もやっぱり気が付いていたか? 」
「う、ん」
「タクローもぼんやりとした目をしていることがある」
「植物の自然毒? 甘い珈琲やオレンジジュースの中に、自然毒が入っていたって言うこと? 」
「多分。そのなすびも、チョウセンアサガオも華子さまが丹念に育てていることは知っているな? 」
「育てているのは知っている。でも、お母さまが私たちに毒を盛っていたなんて」
 私は怖くて、桜介にしがみついた。
「華子さまだけじゃない。珈琲を入れてくれていたのは誰だ? 」
「いつも、トヨ子さんだよね? 」
 トヨ子さんがお母さまと共犯。
「信じたくない」
 私は頭を殴られた気がした。
「それだけじゃない。ご主人さまも」 
 やっぱり。
「お、お父さま? 」
「そうだ、まだ小さい頃。死んだ母さんがぼんやりとした目をしていた。それは、必ず、旦那さまが、うちに泊まって帰ったあとだった」
 私と桜介は顔を見合わせた。
「何もかも? 」
「騙されていたのは、俺と璃子だった。そういう話だ」
 そのとき、私の部屋をノックする音が聞こえた。
「璃子ちゃん? いる? 」
「はい。います」
 お母様の声だ。
「急にお父さまが帰って来たの。下りてきて。そこに桜介も一緒にいるんでしょう? 」
「います。すぐに行きます」
 私と桜介は手を繋いだまま、一階におりた。
「お父さま! お帰りなさい! 」
「旦那さま、お帰りなさいませ」
 お父様は、
「ただいま」
 額の汗を拭いながら言った。
「お父さま、すごい汗。まるで、走って来たみたい」
「ちょっとした力仕事をしたからな」
「お父さま、今日は泊まれるの? 」
「ああ。明日の朝にはマンションに戻るからあまりゆっくりは出来ない」
 私は栞ちゃんがいないことに気が付いた。
「璃子、タクローを呼んで来てくれ。タクローが喜びそうなお土産がある」
「はい」
 私は地下にタクローがいると思い、地下に続く階段の方向へ歩き始めた。
「お父さま、栞ちゃんも一緒に呼んだらいいのですか? 」
 信じられない。このお父さまが毒を。お父さまだけじゃない。お母さまも、トヨ子さんも毒を。私と桜介に飲ませていたなんて。
「栞は、うるさいからさっき、首をしめて森に転がしておいた」
「栞ちゃんを? 」
「お父さまのスマートフォンに電話があって桜介と璃子が邪魔だから殺してくれ。殺してくれないとアノコトを週刊誌にながしてやる、と言って来た」
「だから、奈津子のときみたいに殺して、とりあえず森に転がしているのよ」
「お母さまって奈津子ちゃんのことが気に入っていたんじゃないの? 」
 私はお父様に聞いた。
「奈津子には、飽きたのよ」
 台所の奥からお母さまが出てきて言った。やっぱり、奈津子ちゃんは辞めたのではなかった。
 お母さまに飽きられて、お父さまに殺されて、森に棄てられていた。
 栞ちゃんが言った、アノコトとは、毒?
「ね、猛さん」
「そう言うことだ」
「雨が振って来たのかしら? 」
 お母さまは窓の外を見て言った。
「梅雨の時期だものねえ」
 堕ちていく。よく見るとお母様は手に朝顔を持っていた。少し前までの私は、何にも考えられなくなることが怖かった。
 でも、今は考えることが怖い。
 そして、考えることから逃げたいと思い始めている。
「トヨ子さん、トヨ子さん」
 お母さまは、トヨ子さんを呼んだ。
「奥さま」
「これ、いつものようにお願いするわ。もう、ダチュラが咲く季節なのねえ」
「かしこまりました」
 ダチュラって?
 ダチュラ?
「チョウセンアサガオ? 」
「ダチュラはチョウセンアサガオとも言うようね」
「栞ちゃんが殺された理由は? 」
「あの小娘、ダチュラのことをマスコミに売られたくなかったら、言うことを聞け。璃子と桜介を殺せなんて生意気なことを言い始めて、うるさいから」
「うるさいから殺したの? 」
 お母さまは、
「ええ」
 そう言って笑った。
「馬鹿な女よね。その点、璃子ちゃんや桜介は頭が良いわ。世の中には逆らってもいい相手と、悪い相手がいることを、ちゃあんと、分っているもの」
 タクローがやってきた。
「お土産は? 」
「ん? 食べたいか? お土産はタクローの好きなシューマイだよ。トヨ子さんに言って夕飯前だから二つか三つだけ食べるといい」
「ありがとう! 」
 お父様は桜介に、
「桜介、雨があがったら、栞を埋めるのを手伝ってくれ」
「分かりました」
「タクローは、今から一緒にシュウマイをつまみに行くかい? 」
「行く! 」
 お父様もタクローも台所へと行ってしまった。
 分かっている、と思った。
「分かっている、分かっているわ」
 自分の意思のままに振る舞うよりも、身を任せた方が幸せな国がこの世にはあることも。
 全部、私は分かっている。
「今日のメニューは何かしら。トヨ子さんに聞いて来るわ」
 お母さまは行ってしまった。
「分かっているわ。全部、分かっている」
「璃子、何かブツブツ言っている? 」
 自分次第でどうにかなることもある。それくらい分っている。でも、どうにもならないことの方が多いことも分かっている。
「ね! 桜介! 」
「璃子、お前変だぞ」
「そう? 」
「変じゃない人なんて、どこにもいないのよ」
 桜介に言うと、
「やっぱり。いつもの璃子じゃない」
 首を傾げている。
 私が一番大切にしたいのは桜介、あなたのこと。
「ねえ、聞いてもいい? 」
「何を? 」
 私は小さな声で言った。
「この家から二人で逃げたい? それとも、このままの生活を続けたい? 」
 桜介も、小さな声で言った。
「このままがいい」
「私もよ」
 私はそう言って桜介の頬に触れた。
「俺も璃子に言いたいことがある」
「なあに? 」
「抱きたい」
 ああ、この可愛い男。この男の前でだけ私は可愛い女になる。
「同感」
 私は言った。私たちは堕ちて行こうとしている。それだけだ。堕落ではない。
 桜介と二人、このまま、堕ちる。
 それも、悪くない。そして、いつしか、ただの男と女になる。異母姉弟と言うこともいつか忘れるような気がする。
 そうだ、きっと、些細なことだ。
「璃子ちゃん!  今日はご馳走よ! 」
 お母さまに、
「分かりましたー 」
 私は返事をして、それから、桜介と二人でくすくすと笑った。自分の意思に従うだけだ。
「晩飯済ませて、風呂のあとで璃子の部屋に行くから」
「うん」
「何が何でも大切にする。約束する」
「分かっている、何年のつきあいだと思っている?  私たち」
 私は、私の意思に従うだけ。私の心が、
「この男が欲しい」
 そう、言っている。このまま、桜介と二人。堕ちるところまで堕ちて。
「璃子ちゃん、トヨ子さんとお母さまを手伝って!!  」
 しゅうまいを食べ終わったタクローが、
「ぼくもてつだうー 」
 言いながら戻って来た。
「ねえ。桜介。あと十年くらいたって、私がタクローに抱かれたら、嫉妬する? 」
「馬鹿、指一本触れさせない」
 キラキラと輝いて見える。何もかもが美しく見える。
 桜介と二人なら。堕ちて行くのも喜びになる。
 すごいご馳走。
 だと思っていたら、今日は私の誕生日だった。
「えー。私の誕生日を覚えていてくれたのは、トヨ子さんだけなの!? 皆、冷たいのね! 」
 私は幸せだ。
 夕食を済ませて、トヨ子さんお手製のケーキを食べた。それから、お風呂場に行き丹念に身体を洗った。
 濡れ髪のまま自室に戻ると、桜介が待っていてくれた。
「可愛い。一緒に風呂に入っていたころを思い出すな。まるで、ちっちゃい子どもみたいだ」
「そうかしら」
「これ、いつものブラックコーヒーよりも甘いやつ、トヨ子さんにいれてもらった」
 少し冷めていたので私は一気に飲み干した。
 この黒い液体の中に二人で堕ちて行く。汚れながら。輝きながら。ああ、私の可愛い異母弟。
 桜介の腕の中で私は女になった。
 堕落も、快楽も、罪も何もかもが、私が自ら選んだ道だ。
「桜介。璃子。性虐的飼育 第一段階完了」
 豊子さんの声が聞こえる。       
                                 
 
 
 

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