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健康であるべし

 起動すると視界が一瞬だけゆらぐ。すぐに復帰するが裸眼で見た時とは違いが生じている。とりわけ顕著なのは、自分自身のことだ。着ている服が透き通って、さらに全身の表面に動くものが見えるようになる。
 小さな生き物たちだ。
 クロスリアリティ(XR)、仮想現実と拡張現実を複合的に利用する技術である。これによって、自分の身体をゲームのフィールドにする。
「では、これよりチュートリアルを開始します」
 ガイドの声が聞こえる。
「ラジャ」
 声で応える。すると、全身が淡い緑色に輝くのが分かった。
「ではまず、ゆっくり右腕を上げてください」
 指示された通りに上げると、肩の上の生き物がその動きを避けるように移動する。まるで、落とされまいとしているようだ。
「表面にいるのはピーポーといいます。今回のミッションは、このピーポーたちを一カ所に集めて、食事させることです」
「ラジャ」
 少し身体を傾ける。するとピーポーたちも移動する。なるほど。
「あなたの身体はピーポーたちにとっての重力が働いています。けれど、あまり激しく動くと振り落とされてしまいロストです。チュートリアルでは百体のピーポーがいますが、十七体のロストでゲームオーバーです」
「ピーポーの食事はどうやって入手しますか?」
「それは彼らが、あなたの身体から採取いたします。適切な動きを与えることで、あなたの身体は彼らの世界となり、農耕、狩猟、採掘などを行って、生きていこうとするのです。まずは、さまざまな動きを試してみることから始めましょう」
 そこでまず、座っていた椅子から立ち上がる。触覚も拡張されていて、全身にもぞもぞとした感触が生じる。多少気持ち悪い。
 両腕を水平に広げた。するとピーポーたちは列をなして腕を渡り、何体かは腰を下ろし足を投げ出したりする。
「深呼吸してください」
 言われるがままに深く呼吸をすると、身体はまたほのかに光ってモードが変わった。機械的な都市のイメージから緑多い里山に。なるほど、これなら自給できるかもしれない。
 ゆるやかに身体をねじる。呼吸で状態が変わるのだから血流が関係しているのだろうと思ったが案の定だ。張りのあった腰がほぐれて、里山に春が来る。ピーポーたちが浮かれて土地を耕す。
 彼らを落とさないようにストレッチなどする。
「いい調子です。あなた自身の手で、ピーポーの手助けをすることだってできます。邪魔な大岩を取り除いたり、水路を作ったりすることだってできるのです」
 さすってみたり、揉んでみたりする。明るい光が生じたりすれば、どうやら良い効果があるようだ。反対に、身体に負担のかかる無理な動きをしようとすれば一瞬暗くなって、地形なども変化して耕作に不向きになる。
 状況に応じてピーポーたちも右往左往だ。せっせと勤勉に働いたり、ふいにやる気をなくしたり。様子を確認しながら身体を動かす。
 そうこうするうちピーポーの時間も進んでゆき、やがて収穫の秋。
 チュートリアルだからか、特に困ったことも起こらず無事に収穫。ちょっとした祭りなんかして、ピーポーたちの宴となった。
 飲めや歌えや。もちろん食えや。
「おめでとうございます。クリアとなります」
 だいたい二十分ほどのことだった。たったそれだけで、ちょっと息があがってしまっているのは情けない。
「引き続き本編に進むこともできますが、ひとまず、少しお休みになることをお勧めします」
 こっちの体調など、ガイドはもちろんお見通しだ。
 なにしろ、血圧や血中酸素濃度、心拍数やらなんやら、可能ならあらかた測定されている。オプションだが血液検査なども出来るらしい。
 そういうデータを利用した最適なエクササイズを行い、ゲームするうちに自然に健康になってゆく、という仕組みなのだ。
「ラジャ。またあとにするよ」
「ではセッションを終了します」
 宴会中のピーポーたちが、手を振ってくる。にこやかで幸せそうに見える。けれど、ふわりと風が吹いたみたいに、その姿がかき消えた。
 誘われるように笑顔になっている自分に気づく。
 もっとも、これは簡単なチュートリアルならでは、だろう。
 噂によれば、本編の進め方しだいでは、ピーポーが凶暴化して暴れ回ったり、勝手に巨大工場を作って公害を垂れ流したり、リニア超特急だとかでトンネルを掘りまくったりするらしいのだ。
 そういえば、全身をかきむしって死んだ、という変死事件のニュース、見たような気がするなあ。ピーポーを殺そうとでもしたのかしらん。
「健康第一ですね」
「え? まだセッション切れてなかったの?」
 とにかく、やばかったら病院に行こう。
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 イラストはいつものようにBingのimagecreatorに描いてもらったのだけれど、大幅にトリミングしました。
 XRだのVRだの、時事的なネタ、って感じになってしまいました。すぐに古びてしまうに違いないのですが、思いついてしまったのでさっさと使うことにしたのでした。
 身体をディスプレイがわりにするゲーム、もう、すぐにでも出てきそうですよね。


 

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