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洋画とダジャレと翻訳①『ワンダー 君は太陽』(Wonder)(2017)

(画像:imdb

この記事は、「いつか洋画のダジャレとその翻訳を100個集めて解説しただけの本を出したいな〜」という妄想のもと、試論的に書かれたものです。


映画概要

 『ワンダー 君は太陽』(原題:Wonder)(2017年)は、10歳の主人公、オギーの物語。理科が大好きなごく普通の男の子ですが、唯一違うのは、彼の顔。生まれながらのトリーチャーコリンズ症候群によって27回の顔の手術を受けてきた彼は、その見た目のせいで人からジロジロ見られるという人生を送ってきました。母は、手術のせいもありずっとホームスクーリングだったオギーを、5年生になるときから学校に通わせる決意をします。自分の顔のせいで揶揄われること、友達ができないことを覚悟していたオギーの不安は、的中。しかしそれでも、オギーの魅力に気が付く同級生が現れ始め、彼の生活は変わっていく——。
 人との違いから生じる困難を乗り越える心温まるヒューマンドラマであるこの映画をみて私が思い浮かべたのは、「Face Equality」という国際的な運動です。病気や事故を含む様々な背景から、顔に大多数とは違う特徴を持つ人に対する差別をなくしていく運動が、この「顔の平等」運動です。運動の設立者のジェームズ・パートリッジ(James Partridge)さんは、車の火災事故によって顔を含む体の40%に火傷を負ってしまったことをきっかけに、この運動を始めています。
 『ワンダー 君は太陽』は、まさにこの「Face Equality」を目指して奮闘するオギーとその家族を描いた映画と言えるでしょう。

ダジャレと翻訳

 今回取り上げる場面は、オギーの姉であるヴィアが物語の中心となっている場面です。オギーが生まれてから母は夢を目指すことをやめ、オギーが中心の生活となり、ヴィアは常に置いてけぼりでした。唯一、オギーよりも自分を一番に考えてくれるおばあちゃんがいましたが、すでに天国に旅立ってしまいました。さらにはヴィアを苦しめたのは、これまで親友であったミランダが、新学期から全く口を聞いてくれなくなったことでした。この映画はヴィアが新しいことに挑戦しながらも、孤独を乗り越えていく様子も描いています。そんなヴィアが、オギーと宇宙の絵を描く母を見つめながら、今のこと、そして過去のことを振り返る場面で、このセリフが出てきます。

My mom put the life on hold for my brother. She always wanted to be a children's book illustrator and teach art. She was one thesis shy of getting her master's when Auggie was born. Then she stopped writing it. She stopped a lot of things when Auggie was born. But she is still great at drawing. I don't know if she even realizes that she makes Auggie the center of every universe she draws. Miranda used to joke that my house was like the Earth. It revolved around the son. Not the daughter. That doesn't change the fact that my mother has a great eye. I just wish that one time, she would use it to look at me.

Wonder(2017)

ママは弟のために夢を保留した。彼女はいつも、絵本の挿絵家と美術の先生になりたがっていた。あと論文を出せば修士号が取れるというところで、オギーが生まれた。そして書くのをやめた。オギーが生まれていろんなことをやめた。でも今でも絵は上手。ママは気づいているかわからないけど、ママの描く宇宙はいつもオギーが中心。昔よくミランダが、うちは地球みたいってジョークを言っていた。うちはサンを中心に回っている。娘じゃなく。だからと言って、ママは本質を見抜くとても良い目をしていることに変わりはない。ただ、一度でいいから、その目で私のことを見てほしい。

(吹き替え訳をもとに筆者翻訳)

    親友の言葉を引き合いに、母の生活は息子のオギーが中心であり、娘の私ではないとヴィアが言う場面です。「It revolved around the son. Not the daughter.」がダジャレになっています。息子(son)を中心に回る母の生活を、太陽(sun)を中心に回る地球と掛け合わせたダジャレになっています。息子(son)も太陽(sun)も、単語のスペルは違いますが、発音は全く同じです。ちなみに、このダジャレは間接的に邦題に反映されています。「君は太陽」、もちろんここには、主人公のオギーは周囲の人を明るくさせる存在であるという意味もある一方で、彼を中心に家族の生活が回っているという、この場面に関わるもう一つ主題も暗示されています。
 さて、ではこれは字幕翻訳ではどのように翻訳されているのでしょうか。

ママは弟のために夢を保留   絵本のイラストレーターと美術の先生になる夢だ   修士号を取る直前にオギーを産んだから ママは論文を書くのをやめた いろんなことをやめた でも今でも絵は上手だ 私から見ると ママの描く宇宙はオギーが中心 ミランダがうちは宇宙みたいだって 息子(サン)の周りを回っているから ママは とてもいい目をしている 1度でいいから 私を見てほしい
※(サン)は「息子」のルビ

『ワンダー 君は太陽』(ネットフリックス版・字幕翻訳)

 この例では、「息子」に「サン」とルビを振ることによって、ダジャレがここで言われているということを表現しています。この前に太陽(sun)という単語は一度も出てきていませんが、太陽が「サン」というのはおそらく日本の多くの人が知っているでしょうから(少なくともそうした想定が翻訳の背景にはある)、「太陽は英語でサンと言う」という説明がなくても、このような技法での翻訳が可能となっているわけです。では同じ技法を使えない吹き替え版ではどうでしょうか?

ママは弟のために夢を保留。絵本の挿絵家と美術の先生になる夢。修士号用の最後の論文を執筆中、オギーが生まれた。そして書くのをやめた。オギーが生まれていろんなことをやめた。でもやっぱり絵は上手。ママは気づいているかわからないけど、ママの描く宇宙はいつもオギーが中心。ミランダがうちは地球みたいって。息子も太陽もサン。いつも息子の周りを回っている。娘じゃなく。ママは本質を見抜くとても良い目をしている。一度でいいから。私のことを見てほしい。

『ワンダー 君は太陽』(ネットフリックス版・吹き替え翻訳)

 「息子も太陽もサン」というように、英語を日本語で解説するようなセリフになっています。これは字幕翻訳よりも、ちゃんと説明しようという意図を読み取れる翻訳になっています。ただこのような翻訳が成り立つのはやはり、「息子」も「太陽」も比較的日本人に馴染みのある単語だからかもしれません。もしこれがマイナーな単語であったのであればどうでしょう? ダジャレの存在を伝えることはできるのかもしれませんが、スムーズに理解できるのかは疑問が残ります。

 今回のダジャレの特徴をまとめると、比較的シンプルな単語(日本人でも多くの人が知っている英単語)のダジャレであること、ルビを用いた字幕翻訳であること、そして吹き替えにおいては、単語の繋がりが説明されること、という点でした。ただこれはダジャレの翻訳のごく一部です。さらなるユニークなダジャレと技法については、また次回。


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