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女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?(令和3年3月14日、日曜日)

皇位継承に関する国会審議が始まるのを前にして、朝日新聞が7日の社説で、「国民の声を踏まえた協議」を訴えている。女系継承容認を国民の多数が支持している、一夫一婦制のもとでは男系男子継承には限界がある、象徴天皇制は主権者=国民の支持で成り立っている、というのである。
〈https://digital.asahi.com/articles/ASS4M40W8S4MUTFK00BM.html?iref=sp_ss_date_article〉

皇位が有史以来、男系で継承されてきたのは事実であり、これが「綱渡り」(『皇位継承』高橋紘、所功)なのはいまに始まったことではないのだが、男系継承の安定化を図るのではなく、なぜ男系継承主義を見限って、歴史にない女系継承容認へと論理を飛躍させようとするのかが分からない。

論拠となっているのは、「天皇の地位は国民の総意に基づく」とする憲法の規定であり、世論調査に見る国民の圧倒的支持であって、社説にコメントした京大大学院教授も社説を補う形で条文を引用している。そのうえで、「総意」を探る手法として、「討論型世論調査や『くじ引き型民主主義』の実践」を提唱しているのには驚いたが、社説も、教授の考える「総意」も、同時代を生きる「国民」に限定されている。

なぜ男系主義が続いてきたのか、を論理で説明する識者というものを私は知らないのだが、その学問的追究もしないで、とかく軽佻浮薄に流れやすい国民の「支持」を根拠に、少なくとも千年を超える皇室の歴史と伝統をなぜ覆そうとするのだろうか? 「女性天皇」といわゆる「女系天皇」の違いさえ分からない国民が大半なのに、である。

数年前、共産党委員長がインタビューで、「日本は君主制国家ではない」「国民の総意が変われば、天皇の地位も変わる」と断言したのも同じ論理だった。報道と学術と政治が見事に符合している。そして宮内官僚たちも、なのであった。いよいよもって皇位継承は危うい。

というわけで、3年前に書いた拙文を以下、転載する。
(令和6年5月10日)


「皇太子殿下(今上天皇)の次の世代の皇位継承資格者がおられない」という「皇統の危機」が過剰に意識され、問題解決のために宮内庁内で資料収集・研究が開始されたのは、平成8年ごろのことらしい。

しかしその方向性は、皇室の歴史と伝統に従って、男系を維持するための方法を模索するものではなかった。側近たちは日本国憲法に基づく「象徴天皇制」維持を錦の御旗に掲げ、歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設をも要求していったのである。

官僚たちは御用学者を首尾よく味方につけ、開明的なマスコミ人に情報を小出しに流し、官界-学界-マスコミのトライアングル体制を整えて、男系維持否定=女系容認の世論を作り上げていった。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくのだから、世論こそ重要なのだった。

最初に目をつけられたのは、私も一時期、関わっていた、政財界のVIPに読者を限った会員制総合情報誌であり、当時随一の皇室記者だった。政府内で非公式研究が始まってから1年後、侍従長が編集部に「会いたい」と接触を試みてきて、やがて「『皇室典範』改定のすすめ──女帝や養子を可能にするために」という記事が出来上がった。情報リークと世論操作の第一歩である。

記事は、「皇族女子は結婚すれば皇族の身分から離れるが、これを改め、天皇家の長女紀宮(注:清子内親王)が結婚して宮家を立てるのはどうか。そこに男子が誕生すれば、男系男子は保たれることになる」と締め括られていた。「男系」と「女系」を混同する致命的欠陥はあるが、「女性宮家」創設の提案をも含んでいたのはきわめて先駆的だった。侍従長らの第一の目的は達成された。

側近たちの攻勢はその後、25年間、陰に陽にずっと続いてきた。そして、多数派が着実に、確実に築かれていった。劣勢の男系派は瀬戸際にまで追い詰められている。

▽1 祭り主天皇はもはや存在しない

朝日新聞社総研本部・中野正志主任研究員の『女性天皇論─象徴天皇制とニッポンの未来』(朝日選書) が出版され、話題になったのは平成16年。冒頭の書き出しはいかにもショッキングだった。

「天皇制を廃止したければ、ただ待っていればよい。天皇制が消滅する日もそう遠くないからだ」

中野研究員は女性天皇容認が天皇制廃止論と結び付いていることを明言していた。宮内官僚が主導する女帝容認、女系継承容認はとりも直さず天皇制の終焉なのである。側近たちは皇室をお守りするどころか、謀叛による宮廷革命を画策していたのだ。しかし中野研究員の所論はそれゆえに左派の支持を確実に獲得し、女帝容認論は天皇制反対の衣を纏い、多数派を形成していったのだろう。

4年後の平成20年春、原武史・明治学院大学教授(元日経記者)が宮中祭祀廃止論「皇太子一家『新しい神話づくり』の始まり」を月刊「現代」(特集「危機の平成皇室」)に載せた。論攷には、「宮中祭祀の廃止も検討すべき時がきた」という、これまたセンセーショナルなサブタイトルがついていた。

原教授は、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)とする、天皇は祭り主であり、祭祀こそ天皇第一のお務めであるという皇室の伝統的な考え方に、真っ向から挑戦し、読者を挑発した。

危機的な状況にある皇室は、形骸化した祭祀を抜本的に見直してはどうか。ネットカフェ難民を直接救済し、格差社会の救世主になるなら、皇室への関心が広げられると主張したのだ。原教授にとっての皇室は、悠久なる歴史を紡いできた皇室ではもはやない。いや、祭祀廃止論の震源地は原教授ではないのだろう。原教授は危機を煽られ、廃止論を書かされたということではないか。

それから10年、愛子内親王殿下が18歳になられた令和元年の暮れ、こんどは文春オンラインに、河西秀哉・名古屋大学大学院准教授のインタビュー記事が載った。河西准教授は女系継承容認のみならず、長子優先主義への転換を主張していた。

河西准教授は『近代天皇制から象徴天皇制へ』などの著書で知られる売れっ子研究者だが、その皇室論には、皇室第一の務めとされてきた祭祀論が欠落している。祭祀廃止論ではなくて、そもそも祭祀は研究対象にない。歴史的な存在としての祭り主天皇は存在していないのである。

つまり、皇室をめぐる言語空間はこの25年で一変したのである。そして過去の歴史にない女系継承容認が社会の隅々に浸透したのである。

▽2 松井秀喜NY開幕戦満塁弾のような一発を

環境の激変を端的に示したのが、河西准教授インタビューの半年前、令和元年6月に発表された日本共産党・志位和夫委員長のインタビュー「天皇の制度と日本共産党の立場」(聞き手は小木曽陽司赤旗編集局長)だ。〈https://www.jcp.or.jp/web_policy/2019/06/post-807.html〉

志位委員長によると、共産党はすでに2004年(平成16年)の綱領改定で、以前の「君主制廃止」を削除している。憲法上、日本は国民主権の国なのであって、君主制の国ではない。廃止を訴える必要はないからだ。天皇の地位の根拠は「万世一系」ではなく、主権者・国民の総意に基づく。したがって国民の総意が変われば、天皇の地位も変わる。天皇・天皇制は国民の完全なコントロールのもとにある。

将来、日本国民が、「民主主義および人間の平等の原則」と両立しない天皇制の廃止を問うときが必ずやってくるだろうが、そのとき党は、「民主共和制の政治体制の実現」を訴える。しかし同時に、答えを出すのは、あくまでも主権者である。その間、長期にわたり、天皇制と共存するとき、「国政に関する権能を有しない」という規定の厳守が原則となる。

「皇室典範」の改正も、「日本国憲法の条項と精神に適合する改正には賛成する」。したがって憲法に照らして女性・女系天皇を認めることに賛成する。多様な性をもつ人々で構成される日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもない。「皇室典範」を改正し、女性天皇を認めることは、憲法に照らして合理性をもつ。女系天皇も同じ理由から認められるべきだ。

つまり、日本国憲法のもとで国民主権国家に変わっている以上、天皇制廃止を急ぐ必要はないが、女性天皇・女系継承は憲法上、認められるべきだというのが共産党の立場ということになる。古来、男系で継承されてきた、歴史的存在としての天皇のあり方は完全に否定されている。

しかしこの日本国憲法的象徴天皇論、皇位継承論こそ、宮内官僚らが推進する女性天皇、女系継承容認と同工異曲なのである。官僚たちが求めるのは、祭祀を行う祭り主天皇の皇位継承の安定化ではなく、憲法に基づく御公務を行う特別公務員の安定的人的確保であって、当然、男女差は問われない。

結果として、平成10年当時の世論調査では「女子が天皇になってもよい」は5割程度だったのが、いまや女性天皇、女系継承容認は8割を超えると報道されている。

ならば、である。男系派が分の悪い状況を打開し、一発逆転を図るにはどうすればいいのだろうか。

男系固守派は古いオヤジ連中が、古臭い考えに固執し、時代遅れの手法を用い、内向きの運動でお茶を濁しているとたいてい見られている。それだと、渡米した松井秀喜がNY開幕戦に放った目の覚めるような満塁弾など夢のまた夢である。新しい葡萄酒には新しい皮袋が求められるのに、どっちも見当たらない。清新な陣容と新鮮な主張、斬新な手法が何としても必要なのである。

具体的に指摘すべきこと、提案したいことはもっとあるが、ここに書けば手の内をさらし、敵失になりかねないので、このあたりで筆をおくことにする。

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