斎藤吉久
綿谷りさ先生、天皇の役割とは何でしょうか?
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綿谷りさ先生、天皇の役割とは何でしょうか?

斎藤吉久



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綿谷りさ先生、天皇の役割とは何でしょうか?──6月7日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1
(令和3年8月1日、火曜日)
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報道によると、皇位継承有識者会議は、先月26日、10回目の会合を開き、今後の方向性を決めました。すなわち、これまでのヒアリングを踏まえて、(1)女性皇族が結婚後も皇室に残る案、(2)旧皇族の男系男子を養子に迎える案、の2案を中心に検討し、議論を再開するというのです。

有識者会議というのはあくまで政治的通過儀礼ですから、ヒアリングの意見の中身より、政府が具体的にどのような方向性を明示するかが重要です。

その点でいえば、平成8年に宮内庁が非公式の検討を水面下で開始して以来、「女性宮家」創設=女系継承容認は揺るがしがたい既定路線でしたから、今回の方針決定で、旧皇族からの養子案が盛り込まれたのは、きわめて大きな変化といえます。皇室独自の伝統を重視する男系派からの反転攻勢の圧力を無視できなくなった結果ではないかと評価されます。

さて、今日からは、6月7日のヒアリングを検証します。一番手は小説家の綿谷りさ氏です。代表作は『インストール』『蹴りたい背中』です。


▽1 綿谷りさ氏──慎重論は理解できるけど

綿谷氏のヒアリングが傑出しているのは、問1の「天皇の役割や活動」についての回答です。憲法を根拠に、やれ「象徴」だ、やれ「国事行為」だと論述する識者とは完全に一線を画しています。人間の現実世界から帰納法的に物事を考える小説家ならではの特質でしょうか。

綿谷氏はまず、「天皇陛下は、余りにも幅広い役割を担っておられる」と切り出しました。天皇の歴史的な多面的、総合的な機能に目を向けています。さすがです。


◇天皇はなぜ祭りをなさるのか

具体的には、「その中で、祭祀、そして国事行為が重要な役割・活動であると思う」と述べ、一方で、「これらは、国民として知ろうと思わなければ、必ずしも日常の中で直接的に実感する機会は少ないのではないか」と指摘することを忘れていません。

綿谷氏の説明にはありませんが、通俗的な理解では、明治以前、日本人は天皇など見たこともなく、存在すら知らなかった。明治になって「可視化」され、日本人は「皇民化」されたと説明されています。

しかしそうではないことは、このブログで何度もお話ししました。京都の民にとっては、即位礼・大嘗祭は身近なものでした。地方の人々にとっては地域の信仰によって、文学や民俗によって、皇室は憧れと敬愛の存在であり続けてきました。でなければ、百人一首も内裏雛もとっくに廃れていたでしょう。

明治になり、天皇は御所を出られ、民草と親しく交わるようになり、立憲君主となられ、軍服を召されるようにもなりました。他方、宮中祭祀の祭日は国の祭日ともなりました。けれども、敗戦後は武装解除され、祭日もなくなりました。天皇の祭りは国民から縁遠くなりました。

宮中祭祀の存在が意識されるようになったのは、先帝陛下が高齢となり、ご公務のご負担が注目されるようになったからです。ご公務の影に隠されていた祭祀が、ご公務への注目度が高まった結果、日の目を見るようになったということでしょうか。

それなら、天皇の祭りとは具体的にいかなるものなのか、祭りをなさることの意味は何か、皇位継承問題とどのように関わるのか、残念ながら、綿谷氏の言及はありません。


◇行動主義によるご公務の限界

綿谷氏は代わりに、天皇と国民との触れ合いについて、説明しています。春・秋の園遊会等での華やかな場での交流、地方訪問の際の交流、たまたま沿道でお見かけしたお手振り、皇后陛下から賞状を授与される看護師、被災地訪問での被災者との交流、戦地での慰霊訪問です。人々の誇り、あるいは励まし、心の支え、歴史への学びがそこにはあると説明されています。

「天皇・皇后両陛下の役割・活動は、たいへん頼りになるものであり、国民として純粋にうれしく、励みにも勇気にもなるものである。自分自身だけでなく、自分以外に大変な目に遭った方々を労わる大切さも学ぶこともできる。災害や慰霊の場所を天皇・皇后両陛下が訪れるニュースは、ただただ感動する」と綿谷氏は述べています。

しかし、「感動」があるのか、深い分析はありません。その一方で、綿谷氏は、御高齢、御健康、御負担を心配しています。

「大きな被害に苦しみ、悲しむ人々を励ますのは、精神的にかなりの重労働ではないだろうか。相手の気持ちが跳ね返ってきて、心を痛められたことも多々あったと思う」

行動主義による御公務は無限に拡大していく運命にあり、いずれは肉体的限界にぶつからざるを得ません。そして結局、先帝は譲位を表明されることに至ったのでした。

としたときに、「天皇の役割や活動」はどうあるべきなのか、綿谷氏は、「とくに御高齢になるにつれ、御移動の負担や過密なスケジュールの疲労などを心配する気持ちが強くなった」と述べるのみです。


◇問題意識を深く共有できていない

先帝はまだしもで、今上の場合は、新型コロナ感染症拡大で以前のような地方訪問も被災地訪問もできない状況に追い込まれていますが、綿谷氏は、「医療従事者の負担増や、多くの国民が不安を感じていることに、心を痛められていたと思う。リモートで医療従事者を激励された話を聞いた際は、手段が限られている中でも精一杯国民に寄り添おうとされる姿に感動した」と語るにとどまっています。

つまり、それならば、天皇はどのように活動すべきなのか、そもそも天皇の本来的役割とは何なのか、綿谷氏は説明しきれずにいるのです。天皇の肉体的な限界を認める現実論から、政府・宮内庁の「女性宮家」創設=女系継承容認論は始まりました。天皇不在なら国会も開会できないのです。その経緯からすれば、綿谷氏は問題意識を深く共有せず、設問に答えていないことになります。

結論として、綿谷氏は、内親王・女王に皇位継承資格を認めることについては、「皇位継承順位に関しては、いますでに決まっている継承順位を軽く扱っていいのかという意見もある。今すぐ決められる問題でもないかもしれない」。女系継承容認については、「永らく受け継がれてきた皇室の歴史、そして築き上げられてきた伝統へ敬意を払うことはたいへん重要だ。女系天皇に関しては、伝統を重んじる観点から、慎重に取り扱う必要がある」などと、あくまで慎重論を崩しませんでした。

その一方で、旧皇族の皇籍復帰について、「長い皇室の歴史を重んじつつ、元皇族の系譜の方々をしかるべき形で皇族として改めて迎え入れ、皇室を支えていただくことは、これまでの伝統に整合的ではないか」とし、「皇族数の減少と現在の皇族の方々の御負担増という差し迫った課題を踏まえて検討を進めるのが良い」と賛意を表明しています。

綿谷氏の慎重論はもっともであり、安易に女系容認に暴走する政府や識者より共感を覚えますが、それだけに、もっともっと天皇論の深化が求められるのではないでしょうか。男系継承が皇室の「伝統」だとして、そこにいかなる根源的本質があるのか、説明されるべきです。表層的な慎重論では不十分です。


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斎藤吉久
昭和31年、崇峻天皇の后・小手姫が養蚕と機織りを教えたと伝えられる福島県・小手郷に生まれる。弘前大学、学習院大学を卒業後、雑誌編集記者、宗教紙編集長代行などを経て、現在フリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦の「没後の門人」といわれる