案の定、男系継承の核心が見えない!?──有識者ヒアリングのレジュメを読む 1(令和3年4月14日、水曜日)
4月8日夕刻から第2回皇位継承有識者会議が開かれ、5人による有識者ヒアリングが行われた。具体的にどんな話がなされたのか。(画像は官邸HPから拝借しました)
報道からは断片的なことしか伝わってこない。公開された情報は限られている。ようやく出席者のレジュメが官邸のサイトに掲載されたので、のぞいてみることにする。あくまでレジュメなので、質疑応答の細部までは分からないが、おおよその中身は想像できる。そして案の定、男系継承の核心が見えていないことも。〈https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/taii_tokurei/dai2/gijisidai.html〉
▽1 岩井克己氏──せっかく和辻哲郎を引用しながら
一番バッターは岩井克己・元朝日新聞社会部記者である。岩井氏は8ページの資料を用意した。〈https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/taii_tokurei/dai2/siryou2.pdf〉
資料1は天皇の役割などについてだが、さすがは当世随一の皇室ジャーナリスト。ポツダム宣言受諾前後の史料を冒頭に載せている。着眼がじつに面白い。1945年8月11日のアメリカのバーンズ国務長官の回答に始まり、木戸幸一、亀井勝一郎、和辻哲郎などを引用しながら、戦後の天皇が置かれてきた立場を歴史的に振り返って、「象徴」について考えようとしている。
つまり、岩井氏にとっての皇位継承とは、あくまで敗戦を契機とし、現行憲法に基づく「象徴」天皇の継承論ということになるだろう。日本の降伏以前から、天皇の権限は占領軍の制限の元に置かれること、政府の最終形態は国民の自由意思に委ねられることが決まっていたし、昭和天皇自身も異存はなかった。昭和天皇は国民への絶対的信頼を抱いており、それは先帝にも引き継がれていると資料は示している。
ということになれば、皇位継承のあり方は、戦後憲法の国民主権主義に基づき、国民の自由意思に委ねられてかまわないということなのだろう。そのうえで、岩井氏は資料2で、皇位継承の6つの選択肢を掲げて比較検討している。
そのなかで、女性天皇・女系継承が愛子内親王から認められるなら、正統性をめぐって国論が二分する恐れがある、旧宮家の復籍案については、誰を復籍させるか、本人の意思はどうか、臣籍降下して70年以上も経っているなどハードルは高いと客観的に分析している点は注目したい。。
岩井氏の着眼は、暗黙の前提として、王位継承には国ごとにそれぞれ独自のルールがあり、日本の皇室には皇室固有の不文の継承法があること、したがってこれを現代の国民が主権者として、自由に変えることは許されるのかどうか、一定の疑問がある、ということだろう。だからこそ、バーンズ国務長官を冒頭に引用することで、国民主権主義による皇位継承制度への介入を正当化しているのだろう。
つまり戦後の「象徴」天皇はポツダム宣言の受諾、玉音放送の結果ということなのだが、岩井氏は、必ずしもこの考えを全面的に支持してはいないらしい。「天皇を生み出した地盤は原始社会における原始的な祭祀である」「わが国民は原始的な祖先が人類通有の理法に従って選んだ象徴を伝統的に守りつづけた」とする和辻哲郎の『国民統合の象徴』を引いているからである。
天皇が国と民の「象徴」であることは、古来、天皇が「祭り主」であることと不可分一体である。だが、そのことと男系継承主義とはいかなる関係にあるのか、岩井氏は和辻を引用しながら、その核心部分を探求しえないでいるのではないか。つまり、古来の男系継承の核心部分が見えていない。それだから、バーンズから説き起こすことになるのだろう。
未曾有の敗戦という厳たる歴史は歴史として、だからといって現代の国民は悠久なる皇室の歴史と伝統を否定して、皇位継承の将来を論じ、歴史にない女系継承へと革命的改変をなし得るのかどうか。岩井氏は納得のいく説明をしたのだろうか。
▽2 笠原英彦氏──皇室のルールを無視する「皇位継承」専門家
2番手は笠原英彦・慶應大学教授(日本政治史)である。『象徴天皇制と皇位継承』などの著書もあり、皇位継承問題の専門家とされている。だが、それはあくまで世間一般の評価というものなのだろう。
笠原氏のレジュメは6ページ。政府の設問10項目に沿って、回答が作られている。真面目な性格がうかがえるが、126代続く皇室古来のルールは無視され、あくまで日本国憲法を根拠とする皇位継承論が展開されている。政府の期待通り、これでなくては政府に重用されはしない。よく分かっておられる。
有識者会議の聴取項目の1は、「天皇の役割や活動」についてどのように考えるかだった。これに対して笠原氏の答えは、こうである。
「日本国憲法第1条が規定するように、天皇は『日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』として、憲法第7条の規定する国事行為、公的行為、その他の行為を通じて、国民を統合する役割を果している。天皇はそうした活動により、様々な機会に国民とふれあい、国民との相互作用を通して天皇としての自覚にめざめ、国民も象徴天皇への敬慕の念を抱くようになる」
これこそまさに戦後の、行動する2.5代「象徴」天皇論にほかならないが、当然ながら、公正かつ無私なる祭祀をなさる古来の「祭り主」天皇像は見えない。
聴取項目2の「皇族の役割や活動」も同様である。
「皇族は天皇を支え、行幸啓や行啓、その他の公務を通じて多くの国民とふれあい、国民の期待に応えることで、その役割を認識する。天皇とともに皇室の活動を分担し、国民との絆を深める」
笠原氏は、天皇と皇族の伝統的概念の違いを理解しようとしていない。だから簡単に「活動を分担」などと口にすることになる。しかしこれも女性天皇・女系継承容認を進める政府の思う壺である。
レジュメの後半は、現行皇室典範と現在の皇室の構成を載せているだけである。なんとも内容が薄いが、過去の歴史にない女系継承をも認めようとする政府・宮内庁としてはありがたいご意見なのであろう。
▽3 櫻井よしこ氏──9年前から進歩しない「祭り主」天皇論
その点、3番手の櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)はひと味違う。レジュメはたった1枚だが、それだけ簡潔に要点が記されている。何よりも、初めから古来の「祭り主」天皇に言及している。
政府の設問1は「天皇の役割や活動」だが、これに対して、櫻井氏はずばり「天皇のお役割は基本的に祈りにあると考える。天皇のご存在と祭主としてのご活動は国民の心の拠り所である」と答えている。しかしだとすると、天皇が「祭り主」であることと皇位継承とはどうつながるのか、肝心のポイントが明確ではない。だから、そのあとの展開が論理の一貫性、説得力に欠ける。
たとえば、設問の4は「皇統に属する男系の男子である皇族のみが皇位継承資格を有し、女性皇族は婚姻に伴い皇族の身分を離れることとしている現行制度の意義をどのように考えるか」だが、櫻井氏の答えは「祭り主」天皇論を根拠とする答えを用意していない。
「わが国の天皇の地位は一度の例外もなく男系で継承してきた。現行制度は長い歴史に則ったもので、これを守っていくことが皇室に対する国民の求心力を維持する方法だと思う。比類のない歴史の重みを尊重することなしには皇室の維持も難しい」
設問5の「内親王・女王に皇位継承資格を認めることについてはどのように考えるか。その場合、皇位継承順位についてはどのように考えるか」についても同様で、「そのことが女系天皇容認論につながる可能性があり、極めて慎重であるべきだと思う」と答えているだけである。
設問6も同じで、「皇位継承資格を女系に拡大することについてはどのように考えるか。その場合、皇位継承順位についてはどのように考えるか」には、「皇位継承資格を女系に拡大することは日本の皇室を根本から変えてしまうことにつながる。従って賛成できない」と答えるのみなのだ。
つまり、櫻井氏の論拠は「祭り主」の歴史と伝統という外形であって、内的実質に踏み込んでいない。「祭り主」であることがなぜ女系継承否認につながるのか、もっと正確にいえば、夫のいる、あるいは妊娠中・子育て中の女性天皇はなぜ歴史に存在しないか、櫻井氏は探究しようとしないのか。探求の必要がないと考えるのか。
櫻井氏は平成24年の皇室制度有識者ヒアリングでも、ほかの参加者とは異なり、天皇が「祈る存在」であることを正しく指摘した。順徳天皇の「禁秘抄」にも触れ、歴代天皇が祭祀を最重要視し、祈りによって国民を統合してきた、と説明した。だが、それだけだった。この9年間の進歩がなんら感じられない。〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/dai3/siryou1.pdf〉
もっとも今回、櫻井氏がそれ以上の継承論を語ったかどうか、レジュメからは分からない。だが、いま男系派にとって重要なことは、天皇が「祭り主」であるというだけでなく、「祭り主」であることが男系主義と一体であり、そのことが現代人および現代社会にとって大きな価値を持っていると論理的に説明されることだろう。昔話では女系派を納得させ、転向させることはできまい。
その点で、櫻井氏と共通の認識、共鳴が得られることを心から願いたい。そうでなければ、女帝容認論にますます席捲された現状を覆すことは望めないと思う。(つづく)
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