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『クメールの瞳』着想のお話

江戸川乱歩賞をいただいた後、僕は2作目の壁にぶつかり、「このまま乱歩賞史上初の一作で消えた作家になってしまうのでは」という未来予想図におびえていました。
そんな時、たまには普段と違うものを見てきたらと妻に促され、僕が訪れたのはそれまであまり馴染みのなかった東京国立博物館でした。
展示物を見て回っているうちに目に留まったのは、クメールの美術品。解説パネルには、『当館のクメール彫刻は、昭和19年、東南アジア文化の研究機関であったフランス極東学院との交換によって収蔵されたものです』という一文がありました。
昭和19年といえば、太平洋戦争の最中。そんな時期に、外国と美術品を交換する余裕があったのか。もしかしたら、そこには何かの秘密が隠されていたのでは――?
そのふとした思いつきが、不思議な力をもつクメールの秘宝をめぐってインディ・ジョーンズのような冒険が繰り広げられるというストーリーにふくらんでいったのです。

それからしばらくして福島県の会津にある妻の実家へ帰省した際には、戊辰戦争をエピソードとして盛り込むアイデアが浮かんできました。かつてクメールを含むインドシナを植民地化していたのはフランスです。戊辰戦争には、フランスの軍人もかかわっています。そこに、秘宝が絡んでいたとしたら――?
史実の断片を組み合わせて物語をつくっていくのは、僕の得意(と言い切ってよいのだろうか。比較的得意、くらいかな)とするところです。

会津・大岩観音堂。作中に登場する、大岩の陰の墓(架空です)はここからイメージしました。

物語は、デビュー作『到達不能極』のように過去パートと現在パートを交互に進めていく構成としましたが、過去パートについては前作では1945年(物語後半では1958年)と年代を固定していたのに対し、『クメールの瞳』では1866年に始まり、章を進めるごとに徐々に現代に近づいてくる形としました。過去パートの登場人物も章ごとに変えつつ、関係性が見え隠れするようにしています。

なお現代パートの登場人物、全体を通しての主人公となる平山北斗の人物造形にあたっては、今思えば当時自分が置かれていた状況を無意識に反映してしまったかもしれません。
本当は写真の世界で身を立てたいのに、それだけでは食っていけず会社の仕事にも追われる兼業カメラマン……。
彼が写真の仕事で絡んでいるのが自然保護NGOであることなど、ちょっと自分に寄せすぎたかなという気もしますけど(※)。

ちなみにnoteの記事『お話とお話のつながりについてのお話』でも書いたように、僕は自分の作品の世界をちょっとずつ繋げていこうとたくらんでいます。
『クメールの瞳』の主人公の相棒、栗原は他の作品にもちょこちょこ登場してくるので、よろしければ探してみてください。
なお主人公・北斗に自分を反映させてしまったと書きましたが、性格や趣味嗜好は、どちらかといえば栗原のほうが僕に近いかもしれません。


※ 僕はかつて自然保護NGOで働いていました。じつは新作『パスファインダー・カイト』では思いっきり自然保護NGOを舞台にしています。



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