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『クメールの瞳』2作目の壁のお話

3作目『レーテーの大河』以降、新刊の刊行にあわせてnoteに裏話を書くというペースでやってきたので、2作目『クメールの瞳』は裏話執筆のタイミングを逸していました。
(デビュー作『到達不能極』についてだけは、刊行時期とは関係なくデビュー時のあれこれを書いたもの)
今回、『クメールの瞳』文庫化ということで、ようやく裏話が書けます。

江戸川乱歩賞をいただき、『到達不能極』を刊行したのは2018年9月。
2作目『クメールの瞳』の単行本が刊行されたのは、それからじつに2年半後の、2021年3月のことです。
そこに至るまでには、そりゃあもう長い長い苦難の日々がありました。
賞をとってデビューした場合、1年以内に2作目(受賞後第1作)を刊行するのが通例とされています。受賞者の賞味期限は1年、それを過ぎれば次の年の受賞者が出てきてどんどん忘れられてしまう……と、いくつもの小説指南の本で読んできました。
乱歩賞も同じで、過去の受賞者の皆さんはだいたい1年後には次の作品を刊行されています。当然僕もそのつもりで、編集者さんにも「1年後、2019年秋の刊行を目指しましょう」と言われていました。
まあ、受賞するまで5年連続で乱歩賞に投稿していたのだし、大丈夫だろう……なんて、その時の僕は少々甘く考えていたのだと思います。
しかしそんな己の甘さを、そして時には越えられない人もいるという「2作目の壁」の高さを、僕はすぐに思い知ることになるのです。

乱歩賞に応募していた頃のスケジュールは、1月末に投稿した後すぐに次の作品の構想を練りはじめ、春のうちに資料集めとプロット作成、夏~秋にかけて執筆、翌年1月末の投稿までに改稿・推敲をおこなう、というものでした。
それが、この年は受賞作『到達不能極』刊行のため改稿に全力を注いだことで、次の作品については構想段階で止まっている状況。
さらにはそのプロットを編集者さんに伝えると、これはちょっと……という反応でした。
こうなると、また一から考え直さないといけません。
過去の落選作を改稿することも一瞬考えましたが、やはり落ちるには落ちるなりの理由があった作品だし、何より重要な受賞後第1作なのだからと、僕はまったく新規の作品を書くことにこだわりました。

ようやくプロットにOKが出て、急いで書いた初稿を編集者さんに送ったのは2019年の春。
この時点では、まだぎりぎり1年以内の刊行に間に合うかもしれない……という望みを抱いていたものの、編集者さんからの指摘でプロットに遡って直すことに。その規模の修正となると、もはや秋には間に合いません。結局、改稿を送ったのは2020年の初めでした。

しかしその直後、僕も編集者さんも予想していなかった大事件が世界を覆うことになります。
コロナです。
コロナ禍は、当然のように出版業界にも大きな影響を及ぼしました。
出版スケジュールは軒並み変更を余儀なくされ、ベテラン作家さんですら延期が相次ぐ中では、新人の2作目など優先順位のはるか下になるのも当然です。焦りはしましたがどうしようもありません。
このままデビュー作だけで終わってしまうのかな……なんてひどく弱気になったこともありました。それでもその合間をぬって編集者さんとのやりとりは続き、さらに何度かの改稿を経て最終稿ができあがったのは、2020年も終わりが見えてきた頃のことです。
送られてきたゲラを見たときの感動といったらそりゃあもう。

そのようにして2021年3月、僕の2作目となる『クメールの瞳』の単行本は刊行されました。
受賞作の刊行から2年半。その間に乱歩賞からは既に2人の方がデビューされ、水戸黄門の歌ではないけれど「後から来たのに追い越され」状態でした(古い……)。
それでもまあ、とにかく2作目の壁を越えることはできたわけです。
越えたところで見えたのは、まだまだはるかに続く高い壁の連続だったわけですが。

今、僕はとりあえず5つ目の壁を越えたところにいます。
『クメールの瞳』文庫化にあたり原稿を読み直すと、手直ししたいところがいくつもありました。それに気づけたのは、3つ目から5つ目の壁を越える際、それなりに学んだことがあったからでしょう。
それらを反映させてもなお、もともとのストーリーなど荒削りに感じられる部分はあると思います。
それでも、僕は2年半の苦難をともにしたこの物語と、登場人物たちが気に入っています。
彼ら彼女らとともに、秘宝をめぐる冒険を楽しんでいただければ幸いです。


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