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⭐️七宝の塔

⭐️第二十九品
 【 君は誰からも呼ばれる大きい名前に
   なるよ。。きっと。 】


冠の奮起により、河乃内剣士隊二人を退陣に追い込んだ龍獅子剣華団。
そこで、前半戦が終了した。

五分ばかりの休戦、そして、後半戦へ向けて両陣営の戦法会議が行われていた。

所川雁助は、まず又大を叱り飛ばした。

「 背後にも気をつけろ!
  本当の戦なら、当たり前の事だ!
  敵が持ってるのは竹刀ではない!
  真剣だと思え!戦だと思え!
  退陣したお前等はもう、死んでるんだ
  ぞ!」

「申し訳ございませんでした!」

又大は、所川雁助の目を見ながら大声で謝罪した。

「 孫介!何故、あそこで奏剣に飛び込んだ?
  誰が見ても相打ち狙いのあいつに
  何故飛び込んだんだ?
  え?お前は自分の方が上と思ったのか?
  その甘えた隙を相手に突かれたんだぞ!」

坂上孫介も所川から目を離さず大きな声で

「 申し訳ございませんでした!」

そう言うと所川は、曇鮫新二郎と梶方俊文の前に立った

「 この決戦に負けたら
  お前等は、責任取って
  もう、剣の道をやめろ!
  分かったな!」

「 はい!必ず勝ちます!」

そう主将の曇鮫新二郎は返事した。

「 いいか?今、うちと剣華団の剣士の人数は
  四対四だ。
  
  鯉本!」

所川はそう言うと鯉本の目を見た。

「 いつ動く?お前が本気でやれば
  とっくに、本丸を潰せる筈だ。
  遊ぶのもいい加減にしろ!」

そう言われた鯉本流馬は頭を無造作にかきながら

「 大団長、遊びであげな事しよるわけや
  ないっちゃけどねぇ。
  あの、壇独っちゅう漢は、腕の立つばい。
  多分、俺が動けば
  どんな事をしてでも、俺を潰しに来る
  そんな目ばしとっちゃけん。
  あいつは、何がなんでも総大将ば守る。
  そういう男たい。
  大袈裟じゃなく自分が例え死んでも守ると
  思っとる。
  そんな奴は、甘く見らんがいい。
  
  
  俺がやられてしもうたら、この河乃内の
  戦術は崩壊するばい。
  大団長。

  隙が出来たら行く。
  行く時は俺が決めるけん。
  お言葉を返すようばってん、大団長
  これは、本当の戦ばい。」

この鯉本の言い分に所川は、苦虫を噛み潰したような表情になり押し黙った。

この鯉本流馬という男だけは人の言う事を聞かず自分の思うがままに行動する男で、今までも色んな剣士隊を脱退してきた。
所川はこの男に中々手こずっていた。

ただ、この男が言う事も正しく、それに鯉本流馬が居ないとこの河乃内剣士隊の戦術がなし得ないのも事実だった。

「 早く動け!これで負けたら
  お前のせいだ。おれのせいではない!!」

そう所川が苦し紛れに言うと曇鮫が一歩前に出て大団長の所川に言った。

「 私が全ての責任を取ります。
  必ず後半戦に剣華団を仕留めてきます。」
  
河乃内剣士隊は、この曇鮫という男に惚れ皆が一致団結していたのである。
所川の言葉ではなく、この主将の言葉を聞いて、河乃内剣士隊たちは、士気を上げた。


ーーー

冠は、支柱たちに、持て囃されていた。

「 凄いじゃない!初めての試合で
  二人も退陣させるなんて!」

莉里が冠の頭を撫でた。

「 みなさんのお陰です。
  ぼくの力ではありません。」

冠は、そう言って、頭を下げた。

続いて和代が冠に声を掛けた

「 そんな謙遜しないで、もう少し
  威張ったっていいのよ!」

鈴音は満面の笑みで冠に話しかけた。

「 冠ちゃん。
  冠ちゃんは、大丈夫!
  すっごく強いんだから。」

そう鈴音に言われると冠は少し頬を赤らめて照れた。

そんな中、百蘭は大蘭に向かって、今の自分の気持ちを正直に言った。

「 先生!
  いつになったら、俺は動けるんだ?
  もう、壇独は、限界だ!」

試合前の戦法会議で大蘭に百蘭はその場を動くなと指示を受けていた。

大蘭は、百蘭を見つめながら静かに答えた。

「 今は時ではない。
  時が来たら合図を出す。」

「 いや、だから壇独はもう、、ー」

そう言うと壇独が百蘭の前に手を出して制した。

「 誰が限界だと決めた?」

「 え?」

「 勝手に決めるな。
  お前を守り切る。
  ただ。お前が動き出すまでの間だ。
  それまでは死んでもお前を守る。」


「 壇独。。。」

大蘭は、玄蔵に尋ねた。

「 玄蔵、お前も最前線で一人、二人を相手は
  どうだ?
  そろそろ限界か?」

玄蔵は表情を変えずに大蘭に言った。

「 まだまだやれます。」

それを聞いた大蘭は玄蔵の肩に手をやり

「 あと少し我慢してくれ
  頼むぞ。」

「  はい。かしこまりました。」

「 みんな、後半戦も何とか踏ん張って
  耐えてくれ。
  総大将の百蘭が動き出すまで。」

壇独、玄蔵、冠は大きく返事をすると大蘭は
最後に百蘭に向かって声を掛けた。

「 後半戦の戦術を今から伝える。
  今日、この状況で勝つ戦術は一つ。
  龍獅子剣華団の作戦は、、」

そう言うと、壇独、玄蔵、冠、百蘭は、息を止めてしまう程の緊張感を覚え、奏剣、蓮翔、梅松は、張り詰めた空気を肌で感じ、支柱の莉里、和代、鈴音は背筋を伸ばし大蘭の言葉を待った。

するとようやく大蘭は口を開いた。

 「 勝利の戦術は、百蘭だ。

   皆、総大将が動くまで我慢しろ!」

百蘭は、少し下を向き考えた素振りを見せてから顔を上げて大蘭の目を見つめて静かに

「 分かった。」

と答えた。

他の合戦場に出る剣士達は

「 かしこまりました!」

と一斉に返事した。

壇独が皆に檄を飛ばした。

「 何があっても、うちの総大将を
  守り抜け!
  この戦。勝つぞ! 」

冠 「 はい!」

玄蔵 「はい!」

百蘭 「 頼んだぞ!」

そう百蘭が気合いを入れて合戦場に向かおうとした。
少し緊張からか、体が硬くなっている。
それを蓮翔は見逃さなかった。

「 百蘭、お前はまだまだ、剣の素人だ
  先に潰されるなよ。」

とぶっきらぼうにその言葉を投げた。

「 なんだと?」

百蘭は、振り返り蓮翔に詰め寄った。

そこへ透かさず梅松が割って入った。

「 まぁまぁまぁ。御両人!
  大事な合戦前にやめろってんだい。」

そう言って梅松が二人の真ん中に入り蓮翔と百蘭の肩を抱くと

梅松は言った。

「 百蘭が素人だろうが、なんだろうが、
  俺らは百蘭に賭けるしかねぇんだ。
  お前は俺らの総大将なんだ。

  堂々としてろ!
  お前は強い!」

そう言うと梅松は百蘭の背中を押して合戦場に送り出した。

梅松は、蓮翔を揶揄う(からかう)様に
言った。

「 いつも涼しい顔の蓮翔が百蘭の
  事になると熱くなりやがる。
  あいつが緊張してたの分かって
  声掛けたんだろ?」

そう言われると蓮翔は、涼しげな顔で

「 別に。」

と淡白に答えた。

合戦場の戦の位置に着こうとする百蘭に玄蔵が近寄り声を掛けた

「 百蘭様、前線はこの玄蔵に任せてくださ
  い。」

そう言って首を軽く垂れると前線に向かった。
続いて、冠が百蘭の元に歩み寄り声を掛けた。

「 お兄ぃ。ぼくは、もう大丈夫です。
  ぼくは、強いから。」

そう言って冠が自分の位置へ向かうと百蘭は
冠の背中に向かって

「 生意気に。」

と微笑みながら呟いた。

百蘭は宝塔の前本丸に陣取り、前には守護の壇独が百蘭を守る様に構えている。
その壇独が後ろを振り返り百蘭に言った。

「 正直、あの鯉本流馬が動けば、俺も危う
  い。
  とにかくお前が動くまで耐え忍ぶ!
  お前の名をこの剣舞場に居る皆んなに
  叫ばせてやれ。」

そう壇独がいうと
百蘭は、少し梅松の口調を真似ながら

「 あたぼうよ。」

と壇独に言った。

前半の休戦が終わり、両剣士隊が前半終盤の位置に着いた。

剣舞合戦は前半終了時の位置から
後半戦を再開するという規定がある。

但し、その位置であれば剣士は入れ替えても良い。

所川雁助は、一本取られている梶方俊文を
前線に配置して、鯉本流馬を梶方俊文が居た自陣の宝塔前へと入れ替えた。

梶方が一本取られている為、ここで、梶方がまた一本取られると退陣となり急に河乃内剣士隊の本丸、宝塔付近が手薄になる為に、鯉本流馬を曇鮫が居る最後尾へと変えたのだ。
  ーーー
       ⭐️宝塔       

         🔻
       
 

    ●鯉本流馬  ●曇鮫新二郎

       ⚪️玄蔵      

    ※一本     ※一本
    ●岸万次郎   ●梶方俊文  

    ⚪️壇独     ⚪️冠 


     ※一本 ⚪️百蘭

          🔺
         ⭐️宝塔

        ーーーーー


 見届け人が合戦場の中央に位置すると
大きな法螺貝を鳴らした。

後半戦が遂に始まった。

所川雁助は、背後にいる控えの剣士に向かい、準備をしておくよう伝えた。

その剣士は、屈伸や、素振りなどをして、体を温め出した。

所川雁助は思索していた。
梶方俊文と岸万次郎が一本取られている。
もし、ここで、退陣となると忽ち劣勢を強いられる。

ここで、この剣士、前吉 童権(まえよしどうごん)を送る機会を見極めねば。

だが、もし、前吉が交代で入っても剣舞合戦の規定上、梶方が一本取られているのは消えずそのまま、前吉へ移る。

童権は、岸万次郎と比べ剣は少し荒く一軍には到底及ばないが、全体的、身体能力は岸万次郎よりやや上であり、跳躍力は岸万次郎よりは劣るが宝塔にまで届く跳躍もあり、走力は岸万次郎よりもある。

この男、肌色は、浅黒く鼻筋が通り凛とした眉毛に目は二重で目力が篭る。
前吉 童権は、若干十四歳の野生的な魅力の剣士だ。

所川雁助は、早々と退陣になった隣に座る田甫丸に言った。

「 
  もし、玄蔵か壇独どちらかを早めに潰せな
  かったら、早めに梶方と童権を代えて
  戦術を一気に全員攻撃に切り替える。」

田甫丸はその所川の言葉を聞いて

「 と言う事は、一気に岸万次郎と童権で
  旗獲りってことですね。」

「 あぁ、梶方は、既に一本取られている。
  ここで、二本取られて退陣となると、
  一気に崩れる。
  梶方に比べて童権は剣の技術は落ちるが
  旗取りが二人に成れば、勝機はある。
  岸と童権との
  身体能力に賭けるしかない。」

そう言って、後半戦の戦況を見つめた。


先に仕掛けたのは龍獅子剣華団だった。
前線の玄蔵が一気に仕掛けた。

狙いは総大将、鯉本流馬の攻撃を掻い潜り、曇鮫の攻撃をも既の所で躱し電光石火の速さで総大将曇鮫の腕を竹刀で弾いた。

「 龍獅子剣華団一本!」

と見届け人が言った瞬間、玄蔵の背後に鯉本龍馬が回り込んでいた。

〝 いつの間に!後ろへ 〟

玄蔵が振り向いたと同時に鯉本龍馬の竹刀が玄蔵の腕を弾いた。

「 河乃内剣士隊一本!」

玄蔵は、目の前に曇鮫、背後に鯉本と囲まれている状況に不味いと感じて、腰を屈めて、右に
逃げた。

前線では梶方と冠の目まぐるしい攻防が展開されていた。
梶方は、一本取られている為に警戒して
距離を保ちながら攻撃を繰り広げている。

梶方はこの距離の保ち方は天下一品で、この距離から一本を取ることが出来る。
得意技は引き胴で、絶妙な瞬間に一気に間合いを詰めて相手が攻撃を繰り出す前に胴を弾いて一気に後退して、また距離を保つ。

梶方は、虎視眈々と、その時を伺っていた。

そして、その時が来た。
距離を保っていた、梶方に一気に冠が仕掛けに行った。
すると、それを、待っていた梶方が引き胴を繰り出す。

〝 決まった 〟

梶方は確信した。

素早く冠の胴を弾いた。

綺麗に冠の胴に当たった音が鳴った。
と思ったが。
剣舞場に二重の音が響いた。

観衆は目を凝らしてその様子を見た。

冠も梶方の腕を弾いていたのだ。

相打ち。

「 河乃内剣士隊一本! 」

「 龍獅子剣華団、一本!
  梶方、合わせて二本!
  退陣!」

その声が衝撃的な出来事の様に場内に響いて聞こえた。


〝 冠が梶方までも退陣に追いやった 〟


龍獅子剣華団、河乃内剣士隊にも、この冠の戦いぶりが衝撃的に映った。

奏剣が本陣から叫んだ。

「 冠!でかした!良いぞー!」

観衆も湧きだち、河乃内剣士隊を応援していた者は意気消沈としている。

河乃内剣士隊側の本陣では動揺が広がっていた。
所川は、予想だにしない展開に頭が追いつかなくなっていた。
いや、所川雁助だけではない、龍獅子剣華団の者もここに居る剣舞場の観衆の誰一人もまさか、この最年少であろう剣士がこんな活躍するとは思ってもいなかった。

〝 まさか、あのチビに三人もうちの
  剣士隊が退陣させられるとは。
  どうする、童権を誰と代えれば
  いいんだ。
  選択肢は二つしか残っていない。
  鯉本流馬か、岸万次郎。。
  いや、常識に囚われず総大将を代えるか。
  〟

所川は逡巡している。

岸万次郎と代えるとなると、二人で旗獲りの
作戦が出来なくなる。
あの百蘭という男は曲者で、岸万次郎、前吉童権どちらか一人だと太刀打ち出来ない。

では、鯉本流馬との交代となると、戦術が
鯉本流馬の類稀なる剣の強さに頼っているので、外すことは出来ない。

総大将の曇鮫か。

しかし、合戦に置いて総大将を代えるという事は、その隊の主が居なくなる事でもある。

総大将は、合戦において剣士たちの心に安定を齎し(もたらし)統率を計る要をも担っている。
それを外すのも困難な事であった。

梶方俊文が地面を叩きながら悔しがり、中々動けずに居るのを冠が梶方の元に近寄り、手を差し伸べようやく梶方が下を向きながら合戦場を
後にした。

その光景を、目にした観衆は二人に万雷の拍手を贈った。

そして、見届け人の短めの法螺貝の音で試合が再開された。

梶方俊文が退陣したのを機に冠は敵陣へと前進した。

それを、きっかけに大蘭がとうとう動いた。
顎を右手で摩った。(さすった)

これが百蘭、そして、剣華団の剣士たちの合図だった。

その合図を見た百蘭は。目を輝かせ

「 よっしゃ!来たぁぁー!」

と雄叫びを上げながら
冠の後を追う様に敵陣へ向け走り出した。
  ーーー
       ⭐️宝塔       

         🔻
       
 

    ●鯉本流馬  ●曇鮫新二郎 ※一本

※一本  ⚪️玄蔵  ⚪️冠 ※一本

      ※一本  ⚪️百蘭
     

 ※一本  ●岸万次郎   

      ⚪️壇独      


        

          🔺
         ⭐️宝塔

ーーー

総大将が冠に続き敵陣へと前進すると

一気に剣舞合戦の盛り上がりは最高潮を迎えた。

地響きにも似た観衆のどよめき、ざわめき、
声援が飛び交った。

河乃内剣士隊を応援する観衆も野次や怒号を飛ばしているが龍獅子剣華団の声援に飲み込まれている。

この、剣舞合戦という競技の中で、そうそう総大将は動かない物なのだ。

全く動かず勝利が決まる試合も少なくない。
そんな中、やはり総大将が自ら敵陣へ攻め込むとなると、剣舞合戦が好きな愛好家や観衆達は盛り上がらずにいられなかった。

曇鮫新二郎は、冠に法行院抜刀流(ほうぎょういんばっとうりゅう)という剣法の奥義を繰り出した。
剣法は、奥義、秘技等のほとんどは、音声(おんじょう)という言魂(げんこん)と技が一つになって、繰り出される。

曇鮫新二郎は、竹刀を右手で火縄銃の様に構えて
左手を竹刀の中央部分当たりに添えて冠に合わせた。

冠は、恐ろしい気迫に一瞬たじろいだ。

曇鮫新二郎は、言魂(げんこん)を吐いた。

「 法行院射撃破❗️
(ほうぎょういんしゃげきは)」

  と叫ぶと、竹刀が数十本に見える速さで
  冠を襲った。
  
この奥義は、この気魂を込めた音声とこの技で心、技、体が共鳴を起こし凄まじい連射攻撃となる。
ただし、凄まじい体力を、消耗す。
※ 法行院抜刀流 免許皆伝書 抜粋

透かさず、百蘭が冠の後ろ襟を掴んで後ろに引っ張り投げた。

凄い勢いで、冠は後方へ飛んで転がった。

曇鮫は、顔面蒼白で息を切らしながら
呆然とした。

《 は、外した。。
  法行院抜刀流の奥義、、、
  法行院射撃破が、、躱された。。

  
  なんだ、あの百蘭という男の
  反射神経は。。》

これは、百蘭の野生で育ち過酷なまでの生い立ちが創り上げた能力でもあった。

息を切らし腕が上がらない曇鮫に、百蘭は竹刀を振り上げた。

そこへ、玄蔵と対峙してた筈の鯉本がいつの間にか百蘭の横に詰め寄っていた。
百蘭は、左横に来た鯉本に気づくと、そのまま、鯉本から離れる様に右横に飛び跳ね四つん這いの様な形で着地した。

そして、百蘭は唸り声を上げた。

「 ウゥゥ〜〜〜。」

そして、歯を見せ威嚇した。

「 がうぅぅーーっ!」

鯉本流馬はその様に驚いた。
まるで、獣そのものであったからだ。

百蘭は、最初の頃は、幼少期に染み付いた獣の生活は、中々抜けずにいたが、
ここ暫くの間、人間らしく生活し、獣の様な素振りは、鳴りを潜めていた。

だが鯉本流馬の気迫に危機を感じ出てしまったのである。

それだけこの鯉本流馬という男に殺気に似た迫力を感じたのだろう。

呆気に取られていた鯉本流馬の背中を激烈な痛みが襲った。

竹の弾ける音が空へ突き抜けた。

鯉本流馬が振り返ると玄蔵は低く構え右手で竹刀を構えていた。

玄蔵は、鯉本流馬に言い放った。

「 油断大敵。」


「 龍獅子剣華団、一本!」

見届け人の声も興奮している様だ。

鯉本流馬は、頭を無造作に、掻きながら
笑っていた。

「 こらぁ、やられたばい。
  俺とした事が、初めて背中に当てられたば
  い。お前は凄かぁ。
  いずれ有名になるばい。ははは。」

そう言うと鯉本流馬は、二刀流で構えた。
剣先の一つは、玄蔵、もう一つは、百蘭に向けられた。

「 本気で来てんやい。
  総大将には指一本触れさせんばい。」

一方、剣華団の陣内では、岸万次郎が壇独を一本仕留め、壇独は後がない状況となっていた。

〝 俺の肩も限界に来てる。。
  どうか、百蘭が動くまで、、
  持ってくれ。。 〟
  

そこで、見届け人の隣に所川雁助が歩み寄り耳打ちすると、見届け人が短めの法螺貝を吹いてから声を上げた。

「 総大将、曇鮫新二郎 交代!
  代わって総大将、前吉童権!」

場内の観衆にどよめきが走った。

ようやく、所川雁助が、動いた。
総大将の曇鮫新二郎を外したのである。

曇鮫は見届け人のその声を聞いた途端に空を見上げて体中を、震わせた。
両拳を握りしめ悔しさが体全体から湧き出ている。

「 うおおぉぉぉぉーーー!」

全ての悔しさを空に吐き投げた。

まだ、あと一回は、奥義を出せる体力は残っていた。
まだ、出来る。
俺は、まだ。。

悔しくて体が思う様に動けずにいる曇鮫の肩を
歩み寄った鯉本が優しく叩いた。

「 大将!
俺らの大将は、あんた一人ばい。
  剣士として、何も恥じる事はなか。
  だって。この龍獅子剣華団は強かもん。
  凄か剣士隊になる男たちばい。
  いずれ、表舞台に出る時は、俺らの味方に
  なってくれたら、こんな心強か事のなか。
  休んどき。
  曇鮫さん。」

そう言って、曇鮫の肩を抱いて、合戦場から
出すと、仕切り直しと言わんばかりに、また
二刀流に構えた。

そして。見届け人の短い法螺貝が鳴ると、試合が再開された。

ーーー
       ⭐️宝塔       

         🔻
       
 

           ●前吉童権

※一本⚪️玄蔵  ※一本●鯉本流馬

           ※一本⚪️百蘭
    ※一本  ⚪️冠   

 ※一本   ●岸万次郎   

  ※一本   ⚪️壇独      


        

          🔺
         ⭐️宝塔

ーーー

壇独と岸万次郎は、互いに構え間合いを取っている。
どちらかが動けばその時は、決着がつく。
そんな空気を、二人はひしひしと感じていた。そしてもう既に壇独の肩は悲鳴を上げていた。

百蘭は、鯉本が自分に向けてる竹刀の剣先を睨みながら、まだ、四つん這いの体制のままだった。

玄蔵も一歩の間合いが詰められず構えたまま
動けずに居た。

それだけ。この鯉本流馬という男に隙が無いのだ。

この日、ずっと叫んで、指示を出す事など無かった、大蘭が今の状況を見て剣華団の本陣から叫んだ。

「 行けぇぇー!百蘭!!」

その大蘭の声で百蘭が正気を取り戻した。
正気を取り戻した百蘭は、大蘭から試合前に言われた言葉を思い出した。

『  百蘭。お前が、この試合を
   終わらせろ。 』


〝 そうだ。この戦い。。
  俺が、この戦いを終わらせる!〟

その大蘭の指示の声を聞いた所川も慌てて
指示を出した。

「  旗獲りだぁぁ!! 」

その指示を聞いた、前吉童権は、前方へ走り出した。
それと同時に百蘭は低く屈めた体を一気に空へ解き放した。
そして、岸万次郎は、壇独の攻撃を躱し宝塔へと向かった。

壇独は、しまった!と心で叫んだ!

背後には、岸万次郎を唯一止めれる百蘭は、居ない。
しかも、前方から、前吉が走ってきている。

壇独は、竹刀を構えて宝塔に飛んだ岸万次郎の方に向かった。
壇独の背の高さなら竹刀を上に伸ばせば岸万次郎に優に届く。
なんとか守らなければ、だが、物凄い速さで前吉童権は、壇独の近くまで近づいて来ていた。
壇独は、心の中で

〝 クソ!!〟

と叫ぶと前へと向き直し前吉童権の撃退へと舵を切った。

「 百蘭!頼んだぁぁー! 」

壇独の体躯通りの野太い声が場内に雷の様に響いた。

剣舞場の全員が剣華団の百蘭

そして、河乃内剣士隊の岸万次郎に見入った。

空を高く鉢巻を靡かせて飛ぶ百蘭。

鯉本流馬は、その姿をただ茫然と見守るしか無かった。
到底、今、飛んだところで追いつかないと悟った。

少し遅く飛んだが、百蘭より近くから飛んだ岸万次郎の方が若干宝塔の天辺(てっぺん)に
より近づいていた。

飛ぶ二人を皆、息を飲んで見守った。


冠は、信じていた。

何故なら夜な夜な百蘭が皆が寝静まる頃に
一人で稽古をしていたのを見ていたからだ。

最初は、夜な夜な何処へ行くのだろうと気になって、後をつけると、一人、大志賀島神社の中に聳える木の前で宝塔と同じくらいの高さの枝に向かって飛んでいた。

その枝に到達すると手で枝をへし折る。

それが出来れば、少し高い枝へまた飛ぶ、その枝もへし折れたら、またもう少し高い枝へと飛ぶ、それを毎夜やっていたのだ。

それを冠は、ずっと見ていた。
それから、朝の壇独との朝稽古。
百蘭は寝坊したり、色々と問題を起こすが、剣華団の誰よりも稽古に励んでいたのだ。

だから、冠は、あの時、大蘭にあの言葉を言われた時、驚いて一瞬肩が上がった。

ーーー道場内


『 あと、
  大志賀島神社の大木のテッペンの枝が数本
  折れてたそうだ。
  誰か稽古終わり掃除しといくれ。 』


冠は一瞬肩が微かに上にあがり焦った様子を見せたが、誰にも勘付かれては無いようだった。


ーーー

その木をへし折っていたのが百蘭だったのだ。

だから、冠は確信していた。


〝 絶対に大丈夫!お兄ぃ!行けっ!!〟

そう心で冠は念じた。
誰よりも百蘭の努力を陰で見ていたのだ。

岸万次郎より遠くから飛んだ百蘭が跳躍を伸ばし
宝塔まで近づいた。

剣華団の本陣に居る剣士、支柱たちは

〝 行ける!先に獲れる!!〟

と確信した。

剣舞場の観衆達は、ただただ百蘭の凄い跳躍力に度肝を抜かれている。

河乃内素哲、田辺正次郎等は、息するのも忘れて凝視している。

だが、河乃内素哲等も最早

〝 負けた!〟

と確信した。

空高く飛んだ百蘭は、孔雀の様に美しく優雅に飛び、竹刀を持つ逆の手は、もう正に河乃内剣士隊の旗へ届こうとしていた。


僅かに岸万次郎が手を伸ばした距離より百蘭の方が近い。

この浮遊している時間がとても長く感じられ百蘭の靡く鉢巻、その百蘭が飛ぶ様は異様な存在感を放ち、その姿が空の日輪と重なり剣舞場に居る全ての人たちの心を奪った。

鈴音は、その姿に、百蘭と初めて邂逅したあの日を思い浮かべた。


《  「何してるの?」

   「お腹空いてたの?」

   「 こっちにも、まだお米あるから
     おにぎり作ってあげるね。」
   
   「お名前は。」


   『 名はまだ無い。
     呼ばれたこともない。』  》


鈴音は、溢れ出す思いを言葉に変えて解き放った。


「  百蘭ーーー!!」

この鈴音の可愛らしい弾ける声に呼応する様に
剣舞場の数百人の声が一つとなり叫んだ!

「  びゃくらーん!!」

ここに居る全員の百蘭と呼ぶ叫び声が
一気に轟音の様に爆発した。


河乃内素哲による、下民人への差別。

蓮翔の身分が上の者としての逆の
扱いによる苦しみ。

冠の幼少期のゴミ屑の様に扱われた苦しく悲しい心の傷。

梅松、剣華団をも巻き込んだ俠客達との抗争。

そして、玄蔵の逃亡、百蘭との牢獄の絆。

莉里の慟哭の日々。

壇独の莉里と妹、菜々への想い。

皆の各々の想いを背負って百蘭は、空高く飛んでいた。
    

そして、その時、ここに居る誰も見た事のない飛躍から百蘭は、岸万次郎よりも早く旗を手にした。

空中に舞っている百蘭の右手には、しっかり河乃内剣士隊の旗が握られていた。

そして、その僅か後に岸万次郎は旗を握った。

二人が空中下降して行き、百蘭が先に地面に着く
その後に岸万次郎が着地した。

それから暫くして、見届け人の声が鳴った。

「 旗獲り!」

皆、見届け人の続きの言葉を待った。


「 龍獅子剣華団!
           勝利!!」

     

奏剣は、拳を突き上げて

「 やったぞ!百蘭!」

と感情を爆発させると
梅松は、踊りながら百蘭の名を連呼している。

「 百蘭!百蘭!百蘭!あーそーれっ!」

玄蔵も竹刀を投げて両手を天に差し出して

「 百蘭さーーん!」

と喜びを爆発し、蓮翔は、無表情のまま

「 剣は素人だが、ま。でかした。」

と呟くと冠は、一言。

「 お兄ぃなら。やるって信じてたよ。」

と笑った。

莉里と鈴音と和代は、抱き合いながら飛び跳ねて
泣いていた。

大蘭は、大きな声で豪快に笑った。

「 わっはっはっはっ!
  百蘭!
  出会った時からお前は面白いな!」


剣舞場の数百人の観衆が一気に喜びと興奮を爆発させた。

「 うおおおおおおおおー!!」

それは、轟音の様に鳴り響き、観衆は皆、興奮を抑えきれず総立ちとなり万雷の拍手を百蘭に送った。

「 百蘭! 百蘭! 百蘭! 百蘭!」


百蘭の名を呼ぶ声は鳴り止まない。


この日、鈴音が百蘭に初めて出会った時に掛けた言葉が
現実となった。


《 じゃあ、もし、これから名前が出来たら
  君は誰からも呼ばれる大きい名前に
  なるよ。。きっと。   》




第二十九品 
 【 君は誰からも呼ばれる大きい名前に
   なるよ。。きっと。 】
              終わり。


最終品へ続く。。

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