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⭐️七宝の塔

🌟第十四品   【 牢獄の隣人 】


石造りで出来た牢獄。

ただでさえ洞窟の様に冷たい空気に外が雪のせいか尚更、体の芯まで冷える。

一畳ほどしかない狭さに地面から天井までは、
二尺一寸ほど。※64センチほど

天井から冷たい水が滴り背中に落ちる。 

裸の肌には応える。

片目の少年が裸に褌姿で入れられているのは、身分が最下層である印だ。

季節は如月になろうとしている。※二月
もうここへ投獄されて三月(みつき)が経とうとしていた。

背中を屈めないと居られない狭さに自由に体が動かせず地獄の日々が片目の少年には続いていた。

これだけでも生き地獄だが、毎日の様に少年には拷問が待ち受けている。

この牢獄では罪人への鞭打ちは勿論の事、拷問のために、でこぼこに尖るように削った相当な重さの石を脚を伸ばし脛、太腿に置き、それを大きな木槌で数人の男たちが石の上から打つのだ。

これが毎日の様に続けられるのである。

片目の少年は、もう正気では無くなってきていた。

足は、常に血が滲み腫れ上がっていた。

牢獄の中では尋問に答える以外、一切喋ることは許されないため、声を出すのは、拷問での悶絶からの叫び声だけであった。

体と精神がもう限界を超えていた。

そして今日も
ー。

牢屋の格子の隙間から声がした。

「 お前の仲間はどこのどいつだ?
  吐け!
  吐かんとお前そろそろ死ぬるぞ。」

もう目も半開きで口も常に開いたまま、頬はこけ、声が聞こえてるかも分からない様な状態になっていた。

「 仕方ないな。
  じゃ今日も時間だ。」

牢獄の役人がそういうと、錠を外し、三人がかりで少年を牢から引き摺り出した。
最早、自力では歩けないようだ。

そのまま牢を背に左の方にある拷問場へと連れて行かれた。
尋問が行われる。

「 どうだ、仲間の名前を言う気になったか?
  小僧?」

「 ……。」

片目の少年はまた、今日も何も喋らない様だ。

そして、地獄の拷問が十歳足らずの少年に対して始まった。

「 うぐぁぁぁぁーーー!!」

「 うおおおおーー!」

絶え間なく耳を覆いたくなる断末魔の叫びが
牢獄の中で響いた。

片目の少年の隣の牢に入っていた罪人は、この叫び声を毎日聞かされていた。

悲痛の叫びに自身も精神が崩壊していくのが分かった。

片目の少年の隣の牢に入っていた罪人。


それは
甲斐蓮翔であった。

甲斐蓮翔も片目の少年と同じ歳である。


この若さで副頭にそうそうなれる物ではない。
幼き頃から天才剣士と言われ続けただけあり、二十歳の頭、郡司名駿太より強いと言われた十歳の少年であるからして、既に規格外であった。

蓮翔は暖かそうな衣服を身につけている。
そして牢は広く十畳はあり、飯もまた
普通に与えられ、布団もある。
ましてや拷問などは無い。


甲斐蓮翔が尋問を受ける時は牢を出て
右の部屋の方で行われる。
拷問場とは雲泥の差の綺麗な部屋である。
上級剣士の為、待遇が良い。


片目の少年は何処の生まれかも分からない身分の浮浪人と見做され毎日、左の拷問場へと行くだけである。

お互いに顔を合わす事も無いし、会話も出来ない為、お互い誰が横に居るのかも知らなかった。

でも蓮翔は連日聞こえる、叫び声で自分より歳下くらいの男の子ではないかと思っていた。

だが、そんな中でも隣同士の二人には
僅かな交流があった。

甲斐蓮翔は、その知らない隣の罪人に寝静まる時間になると、握り飯を隣の牢の前に転がすのである。

その誰か分からない隣人が施したのであろう握り飯を片目の少年は、貪り食う。

ろくに食事も与えられない罪人の為、蓮翔は自分の飯を半分残し、隙を見ては転がしていた。

そして、片目の少年は、会話ができない為、お礼の代わりにありがとうの気持ちを五回、横の壁を叩いて現した。

片目の少年がそうやって、毎回、五回横の壁を叩くと理由は分からないが、蓮翔から四回、横の壁を叩く音が返される。

それが二人の唯一の囁かな交流だった。

しかし、片目の少年の衰弱ぶりは半端ではなく、その壁を五回を叩く行為さえままならなくなっていき、蓮翔はもう終わりの時だと悟った。

そろそろ。

隣の罪人も死んでいくのだろう。

蓮翔は、毎日の様に苦しむ隣の罪人の拷問の声を聞く度に胸を掻きむしられ
蓮翔も蓮翔で生き地獄を感じていた。

拷問を、受けずに済んでいる自分の身分に吐きそうになった。

だが、自分にはどうする事も出来ない。

そもそも
上級剣士の蓮翔も、すぐに出れる筈が、投獄されてから三月(みつき)と十日が過ぎようとしていた。

その理由は、蓮翔が郡司名駿太が関わった別の事件の関与に一向に口を開かなかったからである。
その事件とは、この護衛殴打事件の二日ほど前に、百華家の要人がある輩と言い争いになり、輩がその要人を斬りつけた事件であった。

夜の暗闇の畦道での事で斬りつけられた要人は、その輩の顔は分からなかったが
唯一それを目撃した者が、ならず者剣術集団の金風火の頭、郡司名駿太ではないかと垂れ込みがあったのだ。

この殴打事件をきっかけに本来はその事件で
郡司名駿太の関与に対し蓮翔に口を開いてもらい、郡司名駿太を捕らえるのが目的であった。

だが、もうこれ以上の長い間、上級剣士を投獄させ続けるにはいかなかった。


この二人の罪人を管轄していたのは、どちらも
谷増口家の者であった。

どちらも谷増口紡湯に関連した事件だから
当然であった。
そして、その上には大都を統治している百華家が居る。

百華家にとって、この事件はあまり重要では無かった。
というよりも、それどころでは無かったと言った方が正しいのかも知れない。


将軍百華凛呀(ももかりんが)が暗殺され、代理で今は、武杉公玄(たけすぎこうげん)
が指揮を取っていた。

この大都を虎視眈々と狙う隣国の大名達への牽制などに忙しく百華家の統治態勢に置いて、それどころでは無かったのである。

いつ戦が起こるやも知れない状況で、このまま罪人たちに時間を掛ける程、余裕は無かった。


このままでは、埒が開かず業を煮やした谷増口の者たちは、殴った蓮翔の頭である郡司名駿太を捕らえるという方向に動くと蓮翔に告げた。

それでは、蓮翔が投獄され続け、無言を貫き続けた事が全く意味をなさくなくなってしまう。

実際は、口を割ってないのに郡司名駿太を捕えれば事実はどうあれ、形上、世間には、甲斐蓮翔が口を割った様に見えてしまう。

口を割れば別だが割ってもないのに捕らえれば
上級剣士という身分の尊厳を著しく傷つける行為となる。

その様な行為は、この武士道精神が根づく時代にあってあり得ない事であった。

なので蓮翔が口も割ってないのに郡司名駿太を捕らえる事は実際、谷増口家には、出来ないが
そう蓮翔に吹っ掛け、条件を提示した。


唯一、郡司名駿太が投獄を免れる条件は、蓮翔が金風火から脱退する事。

蓮翔を郡司名駿太から離れさせる事で、上級剣士との間柄と百華家の統治としての力の折衷案として考えたのである。

蓮翔からすれば苦渋の決断ではあったが、郡司名駿太が投獄されるぐらいなら、己が金風火から離れるという決断をした。

そして、出獄の日を迎え甲斐蓮翔はここ、巣洞
(すどう)牢獄を出たのである。

上級剣士が中級剣士を殴る罪は、ほぼこの世で無罪に近い事であったが郡司名駿太を捕らえる為にとは言え、上級剣士をこんな長い間投獄してしまった事を、出獄の時、甲斐蓮翔に牢獄の役人一同は、深くおわびした。


大名の護衛を殴るという尊厳を傷つけられた思いと身分絶対主義という時代の狭間での結果であった。

そして、この時、出獄して初めて蓮翔は
谷増口紡湯が斬殺された事を知るのである。

もしや、隣の罪人が?
俺と歳の変わらない子供が。。
殺ったのか?

そう頭によぎると、
蓮翔は、静かに微笑んだ。

今まで、あいつには散々皆、苦しめられてきた。

隣の罪人に向け心で叫んだ。

でかした!大義であった!

甲斐蓮翔は、三月(みつき)と十三日の間、投獄され続けた牢獄を後にした。

ただ、蓮翔はその反面、隣の罪人が心懸かりでならなかった。
このままだと
いずれ、死んでしまうだろう。
そう思っていたのだった。

蓮翔に比べ農民という立場であった玄蔵は、谷増口紡湯を斬殺した。

その仲間の片目の少年の罪は重い。

「 さあ、拷問の時間だ。
  さっさと、仲間が誰なのか
  吐けば楽になるものを。」

またこの日、役人三人懸かりで牢から引き摺り出された。

日課の鞭打ちが始まった。

「 ほら、言わんか!このクズがぁ!」

鞭がしなるように片目の少年の体を痛めつける

「 うぐぁぁぁー!」

まだ治ってもいない生傷の上からなん度も何度も体に鞭を打ちつける。

役人達も既に人間ではなかった。

十歳の少年にこれだけの仕打ちは最早、正気の沙汰ではない。

「 うぐぁぁー!」

痛みから叫び続ける
もう、何度も叫んだせいで喉からも血が出る。

次は足の脛と太腿の上に尖ったでこぼこの石を
乗せてその上を木槌で叩き続ける。
血と傷でもう、足かどうか判別するのも難しい様子になっていた。

木槌で叩き続ける。

「 うぐぉぉぉー!」

「 死ぬまで喋らんつもりかぁー!」

木槌で叩き続ける。

「 うわぁぁぁー!」


これから、一年もの間、片目の少年はこの拷問の生き地獄を味わう事になるのである。


だが片目の少年は、一切口を開く事は無かった。


それから、片目の少年はそろそろ死ぬかも知れない。
という蓮翔の予想は外れた。

片目の少年は、一年間耐え続け。
そして、生きて脱獄したのである。

本来の人間であれば、死にいたるべき深い傷を負ったにも関わらず。

生きて片目の少年は脱獄した。


そして、この一年もの長き間。
何故か
隣の罪人、蓮翔が居なくなった後も寝静まる頃
握り飯は片目の少年の前に転がってきていたのだった。


第十四品  【 牢獄の隣人 】終わり

第十五品終わり。

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