見出し画像

⭐️七宝の塔

🌟第二品 零から百へ

月の前に曇が立ちはだかったせいで、辺りも薄暗くなった。
剣士、支柱たちの頭の中に大蘭の言葉が反芻する。
こいつが、巷で噂の、あの零でもか?

〜 遡る事、一月前 〜

「 獣だ!あの獣、が現れた!!」
息を切らしながら刀を差した二人の護衛を連れ
質屋の鎌谷屋(かまたにや)の主人が河乃内の屋敷に飛び込んで来た。
生憎、素哲は留守であったが、素哲の長男、若旦那の大汽(だいき)がいた。
大汽は、派手な着物を着ていて成金の様な、浮ついた雰囲気がある。
昔は鼻が高かったが、喧嘩で、そうなったのか今は鼻がぺしゃんこになっていて、低い。
鎌谷の主人が、若旦那にそう告げると
大汽はあまりの質屋の慌てように声を上げそうになったが、なんとか悟られないように冷静を装いながら
「おい、おい。何をそんなに慌てておる?
 獣とは、熊か?狼か?それとも、あんたの女房かい?」
と冗談を口にしたが、質屋は一つも笑わず顔面が青白いままだ。
大汽は、冗談を口にしたことを
冷んやりした空気から後悔した。
恥ずかしさを隠しながら
「 獣とはなんだ?」
恥ずかしさもあってか、何故かむっとした口調で聞いた。
「 あの、噂の零ですよ!零!」

大汽は、流石に動揺を隠しきれなかった。
「 零って、筑前国で、獣の様に暴れ回り 
 殺めた数は
 百人はくだらんという。あの零か?
 そんなやつが何故、こんな所に?」
少し小馬鹿にした素振りを装い言った。

「海中橋(うみなかばし)で盗賊が数人倒れてい                       
 まして、息があったので、聞いたんです。
 何があったんだって。そしたら、少年
 が獣のような唸り声を上げながら
 素手で、素手でですよ!刀を持った屈強な
 盗賊たちをドッタバッタと!それで、一人の
 少年にのされちまったって。
 名は、何と言う?と聞いたそうなんですが、
 その少年、、、こう言ったんですって。

 名はない。呼ばれたこともない。って。」

大汽は半信半疑に質屋の話を聞いていたが
確信に変わった。
「 零だ!その言葉は、噂で何度も聞いたこと
  ある!名はない、呼ばれた事もない
  必ず名を聞くとそう言うと!
  五年ほど前の事件も、なんの罪もない
  若人の男女に
  いきなり襲い掛かり二人とも血祭りに
  上げたと聞いた!
  間違いない!そいつは零だ!」

  質屋の主人や大汽
  が呼んでいるこの零という名は
  誰がそう呼びだしたのか、ましてや由来さ
  えも分からない。
  名前がないその獣の少年を勝手に周り
  の者が噂話と一緒に陰で零と呼んでい
  るのだ。


「 とりあえず若旦那
  気をつけてください。
  出かける際はいつもより多めの用心棒を
  連れて歩いた方がいいですぜ!」

「ああ、そうするよ。ありがとよ。」

伝え終わると質屋は護衛を連れて屋敷を出ていった。

気丈に振る舞っていた
大汽は一人部屋に入ると、抑えようにも
震えが止まらなかった。
その晩、大汽は鼻が疼いて眠れなかった。

ここ最近、巷で零という者の話は、盛んに噂されていた。
とにかく獣のように強く、どんな人間であろうと殺すことも厭わない殺人鬼のような男が見境なく暴れ回っている。
そんな噂が
筑前国を中心に西都崎町まで広がっていたのだ。

ー更に遡ること、5年前ー

ー 大中洲 ー 
酒場、大衆劇場、見世物小屋、少し先には遊郭もある。


大志賀島にある大中洲という歓楽街。


その路地裏で若い男女の仲良さげな話し声が聞こえてくる。
結構、酒が入ってるのか頬を赤らめ目も虚ろで
気持ち良さげに喋っている。
若い男は、親しげに女の肩に手を回し、女は心地良さそうにしている。

この酔いどれの男女は、これからまた、酒を煽りに向かおうとしていた。
足もおぼつかないまま歩いてると、二人の前に人影が現れた。
暗くて顔は見えない。
男が叫んだ

「誰だ?てめぇ!」

すると、その人影は
獣のような唸り声を上げた。

男は狼狽したように防衛本能のまま、また叫んだ

「やんのか?なんだよ!てめぇは!」

「やだ、怖い!え、なに?」
女も狼狽しだした。

その人影は一瞬男女の目の前から消えた。
「あれ?どこいった?」
「え?怖い!なに?どこ?」
空で音がした。
危機を感じた二人は一斉に上を見上げた
その人影が物凄い跳躍力で天に舞い、こちらに襲いかかってきた!

「うわ!」
男の声。
人影は、右足で男の左胸を思い切り蹴り当てた。
息が止まり苦しむ男。
電光石火の速さで左拳で男の右脇腹を殴り、続け様右拳を男のみぞおち目掛けて突き上げた。
いきなりの苦しみに何のことか分からないまま、よろめき、男は膝をつきそうになったが。
着物の襟をすぐさま持たれ、倒れさせてもらえなかった。そう思ったのも束の間、後ろ回し蹴りを顔面に食らわせられた。
男は後方に仰向けに勢いよく倒れた。
そこへ人影は馬乗りになり拳を振り上げ続けた。
血飛沫が止むこともないくらい殴り続ける。
女はこの世の地獄を見たように泣き叫んだ。

翌日、若い男女を襲ったこの事件があの噂の零の仕業だということが町中に流れた。

もちろん、大蘭率いる剣士たちの耳にも届いていた。

ー龍獅子剣華団 ー 道場庭 ー

大蘭は、剣士たちを見渡し一人の剣士に視線を定めた。
「 蓮翔。(蓮翔)
 この坊主と剣を合わせろ。本気でな。」

蓮翔は表情を変えないまま。
「はい。」と返事をして、庭の中央に立った。
「壇独、見届け人をやれ。」
「支柱、竹刀を坊主に渡してくれ。」
そう大蘭が言うと莉里(りり)が竹刀籠から少年が使いやすそうな物を選び一本を少年の元へ持って行った。

「あなたの身長なら、これが使いやすいはずよ。」
そう言って竹刀を少年の前に差し出すと
少年は、少し竹刀に視線を移してから、すぐ蓮翔に視線を戻して
「 いらない。」
と言って、蓮翔が待つ場所へ歩いて行った。
静かに竹刀を構える蓮翔。
対峙する少年は体を屈めて、まさに獣の様に構えてる様は互いに静と動のように全く違った
雰囲気が剣士、支柱たちの心のざわつきを殊更に煽った。

鈴音がたまらず大蘭に駆け寄った
「 父上、本当に大丈夫?
  いくらなんでも、いきなり、蓮翔君と
  本気で戦うなんて。」

大蘭
「 心配はいらん。」
そう言うと
「蓮翔その坊主の命を叩っ斬れ!」
大蘭の声が夜の庭に響いた。
皆、それがどういう意味か分からなかったが凄い気迫に縮こまった。
壇独が片手を上に上げて
大男の試合始めの掛け声が鳴った。

構える蓮翔に、少年は、空高く跳び襲いかかる。
その人間離れした跳躍力に一同目を見張った。
拳と蹴りを凄い速さで蓮翔に浴びせるが、素早い剣捌きで全てを跳ね返す
跳ね返された勢いで後ろに飛んで着地した。
そこへ、一気に蓮翔が間合いを詰める。
その瞬間凄い速さの竹刀が少年の側頭部目掛けて繰り出された。
先程の跳躍力を見た蓮翔は、頭より下の攻撃だと避けられると判断して素早い頭部への攻撃に切り替えた。
見事、側頭部に竹刀が破裂音と共に命中する。
この蓮翔の剣が早すぎて少年は見えない。
よろつく、少年は、右足でなんとか膝をつきそうになるのを踏ん張りそのまま、蓮翔に飛びかかった。
蓮翔は、瞬時に手首を回転させ竹刀の柄の方を少年の腹に突き刺した
悶え苦しむ少年。
息ができず茫然としている。
そこへ、容赦なく竹刀の連打を少年の体に浴びせた。
なんとか耐えている少年。
大蘭は、一方的にやられている少年を見ても
試合を止めない。
既に三十発以上を体に受けている。
獣的な身体能力の少年も、この速さの剣捌きに成す術がない。
鈴音は、やめさせてと大蘭の袖を掴み懇願するが厳しい表情のまま聞く耳を持たない。
剣士たちも、少し、心配な様子で試合の二人と大蘭の顔色を交互に見て確かめている。

少年の
頭から出血が見られた。
大蘭は、莉里が持っていた竹刀を手に取り
叫んだ
「坊主❗️」
その竹刀は、少年の頭上へと飛んで来た。
一旦、その竹刀を手に取るのを躊躇したがこのままでは、この蓮翔には敵わないと考え直し、武器に頼る恥を感じる間もなく竹刀を手に取った。
すると、蓮翔は、攻撃の手を止めた。
少年は、慣れない竹刀を両手で確かめるように
柄を握ると獣の様な唸り声を上げた。

その声を聞いた瞬間、この少年が零だというのは真実だとここにいる者は、確信した。
間違いない、世間を騒がしている
あの零だ!!

竹刀を持った獣の少年は
天高く空に舞い電光石火の速さで竹刀を振り下ろす
それを予定調和の様に蓮翔は竹刀で受けようしとした。
その時、竹刀は、速度を落とさぬまま軌道を変え蓮翔の側頭部目掛けて襲って来た。

竹刀の破裂音が爆竹のように夜の空に轟いた。

剣士の表情は驚き、支柱たちは、口を開けたまま、大蘭は、少し表情を変えた。

少年が放った竹刀の先端は蓮翔の頭に無く、代わりに蓮翔の竹刀の先端が少年の頭にめり込んでいた。
少年は白目を向いたまま、体は真横には傾き地面に体を叩きつけた。

蓮翔は、もし、こいつが剣を知っていたら
手強かったかも知れないと思った。
この天才と呼び声高い甲斐蓮翔(かいれんしょう)だからこそ、この獣のような身体能力の少年を仕留めれたのかも知れない。

少年は、ただ、ただ自分が負けたことを受け入れられずに天を仰いだまま動かなかった。
そこへ、大蘭は歩み近寄り少年に言葉をかけた。
「 初めてか?こんなやられ方したのは?」

「あぁ。」
そう言うのがやっとだった。

「名は?」

「名はない。呼ばれたこともない。」

大蘭は倒れた少年を見ながら
微笑みを浮かべると
「今までの命は斬られた
 新しくお前は生まれたんだ。」

少年は夜空を見つめ、心地良い大蘭の声を聞いていた。

「お前に名を授ける。」

「おれに名?」

「びゃくらん。」

「びゃくらん?」

「 そうだ。今日からお前の名は百蘭。」

天を見つめながら、少年は呟いた。

「 俺に名前?
  百蘭?」

「 どうだ?いい名前だろう。」

少年は、初めて夜空に向かってではあるが、笑顔を見せた。


百蘭の今まで感じたことのない敗北感。
その悔しさの奥で何か不思議な感覚があった。それは、何故かほんのりの清々しさをも、もたらしていた。

雲が申し訳なさそうに、そそくさと風邪に流され
月が微笑んだ百蘭を照らした。
この日ー
少年は零から百になった。

この時、剣を合わせた百蘭と蓮翔が、この大戦国時代と呼ばれた百華時代の表舞台へと出て行くことになるが
それは、もう少し先の話である。

🌟第二品終わり。三品へ続く

サポートしていただいたお気持ちは私の漫画初出版に向けての費用にさせていただきます!応援よろしくお願いします!