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⭐️七宝の塔

⭐️二十四品 【 零はこの世にいない。 】


「 冠は俺の弟なんだ。」

梅松は目を丸くして口も開いたままその百蘭の言葉を受け止めた。
軽快な喋りの梅松も黙ってしまった。


「 は?え?おいおい、本当かよ!
  どういうことだよ一体? 」

そう梅松が言うと沈黙が流れてから口を開いたのは百蘭だった。

「 俺の親は狼だ。。」

またもや梅松は目をひん剥き動揺した。

「 おいおいおい、頭がちっとも、追いつきゃ
  しねぇぜ!待ってくれよ!
  冗談なら今は場が違うぜ。」

大蘭は黙ったまま二人の話を聞いていた。

百蘭は続けた

「 物心、着いた時には親は狼で
  俺は狼に育てられた。。
  だから、こうして人間ぽく振る舞える様に
  なるまで時間がかなりかかった。
  あの人が居なければ。。」


ーーー

森の中、百蘭は走り回りながら、周りの子供の狼たちと戯れあっていた。
周りと同じ様に四つん這いになり、飛び跳ね噛み付いたり、噛み付かれたり。

そうして戯れて走っていると百蘭率いる子供の狼たちは、草むらに鎧を纏った人間が倒れているのを見つけた。
血だらけの年配の男だった。

警戒しながらその男の匂いを狼たちと嗅いで回った。

そうしていると、その年配の男が目を覚ました。
それに驚いた狼たちは、逃げて遠くへ距離を取り身構えたが、百蘭だけは逃げなかった。

年配の血だらけの男が百蘭を見て驚いた。

「 ん?坊や、何故服を着ておらん?」

百蘭は、遅れて後方に飛び跳ね四つん這いで身構えると唸り声を上げた。

年配の男はその普通の振る舞いではない人間の子供の異変に気づくと、すぐ様、狼として育てられている事を悟った。

この狼に育てられた子供の事実を目の当たりにしたこの日の出会いから、年配の男は、百蘭を憐れみ、この森へ訪れる様になった。

この子供は、このまま生きていくのが幸せなのか、それとも人間として生きていく方が幸せなのか、、考え抜いた末、年配の男は、子供がまだ三つくらいの歳である事から
まだ、今から教えれば人間としての生き方を覚える筈だとの考えに至った。

それから、年配の男は毎日の様にその子供と接触を図り少しずつ狼少年の警戒心を解いていったのである。
そして、餌付けをしながら周りの狼たち、百蘭の親の警戒心も解いていき、すっかり仲間として打ち解けていった。

一歩一歩ではあるが、狼少年に
言葉を教え道徳を教え
自分が年配の男と同じ人間である事を何年も掛けて教え込んだ。

そんなある日。

年配の男が突然、百蘭に向かって言った。

「 お主には二つ違いの弟がおる。」

百蘭は、不思議そうに見つめている。

「 
  実は、今更じゃがワシはお前の本当の
  両親を
  知っておるんじゃ、いや、ワシもこの事は

  つい
  最近知ったんじゃがな。
  そのお前の両親がここへお前と弟を捨て
  置いてきたという話を旧知の者から
  聞いた。
 
  お主は気付かんかったじゃろおが、お主の
  背中には入れ墨がある。

  その入れ墨は、お主の家の家紋じゃ。
  その弟も背中にお主と同じ入れ墨がある。

  お主はこの森で狼に育てられた。
  だが、もう一人の弟は誰かに連れ去られた
  のか、、、こうして、離れ離れになった。
  とにかくワシが分かるのはここまで
  じゃ。
  

  もし、弟に会う事があれば守ってやって
  くれ。
  頼んだぞ。

  そして、いつも言うておる。
  これだけは忘れるな
  悪を殺せ。  」

その時、初めて百蘭は弟が居る事と、自分の背中には家紋の入れ墨がある事を知った。

百蘭は幼き故か元々持ち得た物なのか想像以上に飲み込みが早く年配の男の教えを物凄い速さと記憶力で覚えていった。

人間らしくなった百蘭だったが年配の男は
流石に狼の親元から引き離す事は出来ないでいたのだった。

すっかり百蘭がその年配の男から全てを教え込まれて、人間として振る舞える様になった時あたりから、百蘭の前に年配の男は姿を見せなくなった。

そして月日が経ち、百蘭の親である狼が人間の放った弓矢によって死んだ。

天涯孤独の身となった百蘭は、山を降りて一人で生きることになったのだ。

ーーー

「 その爺さんは何者だったんだ?」

梅松が気になる事を真っ直ぐ百蘭にぶつけると
百蘭は、自信なさげにも見える面持ちで答えた。

「 戦人(いくさびと)だったと言ってた。
  俺と会った時も合戦で負傷して森へ逃げ
  込んだみたいだ。
  だから、冠は森に捨てられた事も俺が
  兄だと言うことも知らない。
  言ったところで、冠が混乱するだけだし
  今更、名乗った所で、家族らしい兄らしい
  こともしたことない俺が兄の顔して
  会う筋合いはないし。」

「 そぉか。その爺さんが居なければ
  今、お前は獣のままだったってことか。。

  てか、尚更凄いじゃねぇか!
  話をまとめるとだぞ。
  運良くお前はその爺さんのお陰さまで、狼
  として生きずに済んで、しかもまだ獣の様
  な生き方していたお前が大蘭先生と出会っ
  て、人間になれた!
  そして、弟とも運良く出会えたなんて、こ
  んな出来た話がこの世に
  あるかい?
  凄いな!凄い!
  明日の決戦を前に良い話を聞かせて貰った
  よ!これで、スッキリした!
  ありがとよ!」

そして、百蘭は梅松に最後に釘を刺した。

「 梅松!くれぐれも冠には
  この事は言うなよ!」

梅松は真剣な眼差しで尚も興奮しながら

「 あたぼうよ!いつもお喋りな梅松だからっ
  て、舐めてくれちゃあ困るね!
  男と男の約束だ!
  俺は貝のように唇を硬く閉じて何も
  言わねぇよ!
  信じろ!百蘭!」

大蘭は梅松の興奮を受け止めながら、二人に向かって言った。

「 龍獅子剣華団!
  この剣士隊は、強いぞ!
  何せ、他にない縁と絆がこの剣士隊には
  ある。

  明日も早い、早く寝ておけ。」
  


そう大蘭が言うと梅松は縁側に正座して襟を正すと、それを見た百蘭も慌てて正座して襟を正して梅松と同様、深々とお辞儀した。

大蘭は最後にお辞儀している二人に向かって


「 明日の決戦は心して臨め!」


と言うと二人の「 はっ!」という若い元気な声が夜の空に響いた。
  

ーーー

元々、大蘭も、とある有名な大名に使える戦人
※部将であった。
(ぶしょう:隊を率いる将)戦果を次々と上げ
〝 大蘭おらずば戦にあらず 〟とまで謳われていた名将として軍を率いた。

その大名に使える前は、龍獅子剣華流そして、青龍爆轟流(せいりゅうばくごうりゅう)の同生として入門したが、どちらでも次期師範とまで言われて期待された。

だが、大蘭は、龍獅子剣華流へと道を固めて師範となった。

そんな剣の道の最中、思わずその大名と出会い大名に仕える事となった為、道場をたたみ
その大名の右腕として部将となったのである。

たが、大蘭曰く、大名は戦に敗れ領土も取られた為、娘の鈴音を連れて放浪人となった。

そうして二人の父娘は全国を放浪する日々が続いた。

そして大蘭と鈴音は、旅先の山で山賊の息子だった壇独と出会う。

壇独の父親は、播磨(はりま)という名で、そこら一帯を仕切る播磨王(はりまおう)という山賊でありその山賊の頭領でもあった。

だが、大蘭が壇独と出会った時は既に一人天涯孤独の身として山に潜んでいた。
播磨王は全員戦死し、播磨の息子、壇独だけが生き残り山で生活していたのだ。

壇独は、大蘭という漢に惚れ込み大蘭の弟子となって大蘭の娘、鈴音と一緒にこの町へやってき、道場を開いたのだった。

ーーー

この年の残暑は長そうだ。
そう思わせる様に、この日の朝は意気軒昂と太陽が登って照らしている。

今日も朝早くから壇独と百蘭は二人だけの朝稽古に励んでいた。

「 よし、そろそろ戻るか。」

汗だくの壇独が、汗まみれの百蘭にそう言うと

百蘭から、目を輝かせてもう少しやってから行くから先に帰っててくれと伝えられた壇独は、先にこの場所を後にする事にした。

百蘭は素振りを続けた。

そこへ、零へ報復に現れた、ならず者三人が
壇独という大漢が居なくなったのを見計らって
やってきた。

ならず者が百蘭の背後から

「 零。。なのか?お前は。」

百蘭は、素振りを止め振り返ると、刀を抜いたならず者三人が今にも百蘭を斬り殺さんと構えていた。

百蘭は、素っ気ない態度で

「 違うよ。俺は百蘭という名だ。」

そう言うと、ならず者達は互いに顔を見合わせて、少し焦った感じで、ならず者の頭であろう男が百蘭に言った。

「 それは、すまなかった。
  龍獅子剣華団と言う所に居ると聞いたん
  だが。。」

百蘭は、竹刀を納めて帰り支度を始め、そのならず者たちの横に来て通りすがり様に

「 お探しの零は、もうこの世にはいない
  ぜ。」

そう言って去っていった。

ならず者三人達は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でそこに立ち尽くした。


百蘭は最近まで獣だった。
だが、人間は誰かに縁する事によって大きく変わる。

獣はここへやってきて、ようやく人間として生き始めたのである。

昔の零を知っている者は、百蘭に会えば知るだろう。

もうこの世に零という獣は存在し得ないという事を。。


⭐️二十四品 【 零はこの世にいない。 】
          終わり

二十五品へ続く。。

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