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⭐️七宝の塔


🌟第三品 【 龍獅子剣華団 支柱 百蘭 】

     〜 一月後 〜

早朝。
迎える朝日を祝うように鳥たちが鳴き始めた頃。
鳥たちの癒しの鳴き声と相反する音が道場に響き渡る。
太鼓の音が木造の道場全体を揺らす。
それでもまだ,眠気がある百蘭は、布団を頭まで覆いながら意地でも布団から出ないと言わんばかりの抵抗で目を閉じていた。
部屋の襖が勢いよく開いた。
それと同時に太鼓の音と同じくらいデカイ野太い声が部屋を震えさせた。

「 いつまで寝てる!起きんかぁ!!」
声の主は副団長、壇独だ。
布団を剥がされ、叩き起こされた。
不貞腐れた表情で、体を起こすと布団の上に胡座をかいた状態でボッーとしている。
「朝稽古の準備をしろ!他の支柱たちは、もう
 準備始めてるぞ!」
身寄りのない百蘭がこの道場に身を寄せてから一ヶ月が経とうとしていた。
百蘭は、剣士たちを支える支柱として、働くことになった。
その合間に、大蘭や、先輩剣士から剣を習いながら忙しい毎日を送っていた。
龍獅子剣華団は、日々の剣稽古の傍ら、この村の自警団として見廻りもしていた。
盗賊や悪党どもから治安を守る為、結束された自警団。
この見廻りは、村の者たちから
有り難がられ、剣華団はみんなの心の支えとなっていた。
剣華団は、そんな人々からの食の施しや、商売人の寄付等で生活が出来ている。
そんな忙しい日々の道場の生活にも慣れて来た百蘭であったが
来た時は表情も変えず、愛想もない獣のような男であった彼が、人が変わったようにこの道場に溶け込んでいった。
容姿も一変した。特に髪型は独特の物だ。
長く伸ばしっぱなしだった髪もつむじあたりで丁髷を結い、両もみあげ辺りに小さめの三つ編みを作っていた。
これは、鈴音がしてくれたもので、剣士たちには不評であったが、鈴音が喜ぶものだから、百蘭は、毎日、この髪にするようになった。
百蘭は、あまり言葉に出さないが、飢えて死にそうな時、おにぎりの施しを受けた恩がずっと心の中にあった。
そして、大蘭には、こんな自分を剣華団という家族の傘に入れてくれたことを感謝していた。
だが、全く持って、不器用なのか、なんなのか
みんなには、一切伝わらない様な態度で接していた。

「 うるさいなぁ。
  もっと優しく言えんかね?」
「お前がいつもいつも、起きんからだろが!」
「ちっ」
と聞こえるか聞こえないかの音で舌打ちを鳴らすと壇独から頭を叩かれた。
「いってぇ!チクショ!」
そういって、そそくさと支柱たちの所へと向かった。
稽古場には、剣士、支柱たちが皆、揃っていた。
道場の皆んなは、百蘭があの噂の零だったと言う事もどうでも良くなっていた。
目の前に居て共に生活しているうちに百蘭が殺人鬼にも見えなくなっていたし、百人殺めたなどの数々の噂話は、誇張された話だっただけに過ぎないと思っていた。
ただ、剣士長を務める八井田奏剣を除いては。
壇独が所謂、この隊の主将なら、
剣士長は、副主将の役割である。
奏剣は、頭脳明晰で、剣の技術にも優れ、冷静な判断も出来る、均等の取れた、隙のない剣士でもある。

道場に寝坊して、やってきた百蘭は道場の角の隅の方で剣士たちが怪我した場合の手当て様の布や薬、そして、桶に水を張り準備をしている支柱たちに混ざった。
鈴音が百蘭の寝癖だらけの髪を見て、すぐさま、側へ来るよう促し百蘭の髪を結い始めた。
百蘭は、ぶっきらぼうに。
「いいよ、毎回。」
と鈴音に言うが、鈴音は気にもかけず、手早に髪を結っていく。
莉里が鈴音に尋ねた。
「 そもそも、なんで、そんな髪型にしたの?
女の子みたいな。」
「だって、可愛いでしょ。百蘭に似合ってるんだもん。」
それに続けて和代も
「うん可愛い。可愛い。」と満面の笑みで見つめている。
百蘭は、顔を真っ赤にして、不貞腐れた様な態度になったが、大人しく三つ編みを編まれている。
何故か、この髪を文句も言わず結われるのが、鈴音への恩返しと百蘭は思っていた。
そこへ、竹刀籠を持った百蘭より二つほど年下の小柄な少年がやってきた。
「百蘭さん、とても似合ってますよ!
 人に何と言われようと髪型は、個性ですから
 自分が気に入ってれば問題なんかないですから!」

すると、またまた百蘭は、機嫌悪げに
「 おれが、この髪型気に入ってるって
  いつ言った?
  自分でやるの面倒くせぇから
  やってもらってるだけだ。」

「 う、ごめんなさい。
  変な意味じゃないんですよ!
  本当に失礼しました!」

「 そんな言い方しないのよ、百蘭。」
髪を結い終わった鈴音がそう言うと
百蘭は、口を尖らせたまま黙るしかなかった。
鈴音は、後から零の噂話を聞いたが、また鈴音も何かの間違いだと思うようになっていた。

そして、竹刀籠を持った
この小柄な十二歳の少年は、百蘭がここへ来るまで、唯一の男の支柱であった。今は来たばかりの支柱見習いの百蘭に色々と教えている。
名は織師屋 冠。(おりじや かん)
冠は、剣士を夢見ているが、いかんせん、小心者で気が優しく、体が弱い。
剣に向いてない気質であった。
一月前の
蓮翔と百蘭の決闘も体調がすぐれず
部屋で寝込んでいた為、見ていなかった。

この剣華団の道場生たちは、ほとんどが身寄りのなかった孤児、ならず者(不良)、荒くれ者と問題を抱えてる者たちばかりだった。
織師屋 冠も例外では無かった。
彼は幼少期、実の母から虐待を受けていた。
そうなる日までは、当たり前の様に愛を注がれ
とても優しい母親だった。
あの男がやってくるまでは。
母親は、あの男に心底惚れた、冠からすれば、丸で何処が良いのか分からないが、母親はもう、その男しか見えなくなっていた。
そして、その男も、母親に惚れ込んでいた。
七歳になったばかりの冠は母親が急に何処の馬の骨か分からない男に奪われたのだから
その男をとても好きにはなれなかった。
そして、その男も、自分とは全く血の繋がりも無い、息子の冠を疎ましく思っていた。
次第に、その男は冠に暴力を振るっていった。
暴力もさることながら、ろくに食事さえ与えられるず、みるみる内に冠は痩せ細っていった。
本来なら、唯一にして最大の味方である母親さえも、その男に嫌われたくない一心から冠に同じように暴力に加担する様になり、その男が冠を罵ると、同じく罵るようになり唯一の味方である母親からの仕打ちに冠の心さえも破壊されていった。
最早、冠という名前でさえ呼んでくれなくなり
母親と男にゴミ屑と呼ばれた。
母親は、もう正気では無くなっていた。
冠が邪魔者に見え、こいつが居なければ、私たちは、幸せに暮らせるのにと思うまでになっていってしまったのだ。
本来なら大切な幼き命は守られなければならないはずのに、食事もろくに与えられず、暴力と冠の人格さえ否定するような罵詈雑言を浴びせる生活で冠は心身ともに衰弱していった。
冠は、僕が生まれてこなかったら、お母さまは、幸せに暮らせてたのに。
僕なんか生まれてこなければ、良かった。と自分を責め立てた。
そして、等々、母親と男は
衰弱し,自力で動くことさえ、困難になってしまった冠を捨てることにした。
もう人間として見れていなかった。
麻袋に詰め込まれ、まるで
ゴミ屑の様に
川へと投げられた。
生きる気力も体力も失った幼き冠は、そのまま川へと流され、死を覚悟したと言うよりも、生きるのを諦めた。
そこへ、たまたま通りかかった龍獅子剣華団の大団長
大蘭が川から、冠を救い出したのである。
水で締め付けられ固くなった
麻袋の紐をなんとか解き、冠を袋の中から出した。大蘭は、袋の中から出した少年を見て驚いた。
ずぶ濡れで唇に色はなく、死んでいるかの様な
目で、意識が何処かに行っている様だった。
何も衣服は着ておらず体中に痣があり、傷が無数にある。
「おい、坊主。生きてるか?おい。」

そう問いかけると、少年は、唇を震わせながら
なんとか声にした。

「ぼく。ゴミ屑だよ。ゴミ屑を拾っちゃ駄目だよ。」

大蘭は、胸が張り裂けそうになった。
震える冠を筋肉が張った腕で包みながら
「何も言うな。辛かったろう。」
そう言うと、ずぶ濡れの冠を
思いっきり抱きしめた。
大蘭は、
強く、強く、冠を抱きしめた。

「いたいよ。」
冠のか細い声で大蘭は我に返った。

「痛いよ。」
そう、力なく話す冠に大蘭は子守唄の様に耳元で言った。

「どうだ?
 うちの傘に入るか?
 雨が降ったら傘に入るのが道理さ」

冠はずぶ濡れで川の水なのか涙なのか
分からない顔で、嗚咽しながら叫ぶ様に
力無く泣いた。
遠くで野犬も泣いていた。


そうして、冠は剣華団へ支柱として入ったのである。



「誰か、壇独知らないか?」
奏剣がそう皆んな尋ねた。

「 俺を起こしに来て、そのまま稽古場に 
  来てるのかと思ったけど。」
そう百蘭が答えた。
とりあえず、副団長が来るまで基本稽古をすることになり、剣士長、奏剣の号令の元、稽古が始まった。
まず、素振り五百本から始まった。
各々雄叫びを上げながら素振りをしている。
これは、支柱である百蘭、冠、鈴音と莉里も加わる。
だが冠と鈴音と莉里はいつも百本で切り上げる。
そもそも鈴音も莉里も剣士になるつもりは無いのだが基本稽古だけは支柱も参加する決まりなのである。
冠は体が弱い為に早めに女子たちと切り上げる

和代は、稽古を辞退することを大蘭に相談してからというもの和代は基本稽古も不参加となった。
その代わり、剣士達の身支度や食事など
中心になってやっている。
なので、支柱長という役割を担っている。
百蘭は、そもそも剣士になりたいとも思って居ない為、百本で切り上げたくて仕方ないのだが、大蘭や壇独が口うるさいので、やっているに過ぎない。
だから、人目を盗んでは、サボる技術はこの一ヶ月で一級品となった。
五百本の素振りを終えて次の項目の準備に入り出したところで、声がした。

「みな、集まってくれ!」
声のする扉の方を見ると壇独が立っていた。
横には大団長の大蘭が居る。何か後ろの方で
多勢の人影も見える。

壇独に呼ばれて皆、一旦、稽古をやめて、稽古場の入り口の扉前に集まった。

「今日は、急遽、剣舞合戦の試合をやる。」
壇独が
そう言うと、一同驚いた表情を見せた。



🌟第三品       終わり

第四品へつづく

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