⭐️七宝の塔
⭐️二十五品 【 河乃内決戦❗️】
壇独は、朝の百蘭との剣稽古から道場に戻り
自身の道具を揃え、剣舞合戦の準備を終えると一番乗りで道場庭に向かった。
壇独は、庭で皆が来るのを待ちながら百蘭が
決戦の前に稽古をやり過ぎて疲労などの影響が剣試合に出ないか心配していた。
そこへ、縁側に支柱の女三人が剣試合に持っていく飲み水や汗を拭く布、そして、怪我をした時の薬などを各々、それぞれ背負い駕籠に詰めて現れた。
和代も莉里も鈴音も皆、一様に緊張している。
続いて、奏剣、蓮翔、玄蔵、梅松、冠の順番で
防具袋を引っ掛けた竹刀を肩に乗せてやってきた。
龍獅子剣華団の剣士隊は庭で縁側に向かって、一列に並び大団長の大蘭を待った。
そこへ大蘭が縁側に現れると皆、真一文字に口を結んで気を引き締めた。
大蘭は皆を見渡すと、一人足りない事に気づいた。
「 おい、百蘭は何処だ?
誰か百蘭を知る者はいないか?」
そう言い終えた瞬間凄い勢いで庭の戸の音が鳴り開いた。
「 御免!遅れた!」
壇独は大蘭が怒る前に百蘭に怒った
「 おい!何を考えてる!
弛むな!」
そう言われると百蘭は、嘲笑うかの様に舌を出して大蘭から見て左端の冠の横に並んだ。
壇独は、それを見た瞬間に殴ろうかと思ったが
決戦の前という場面とこの試合の主将という立場の為、ぐっと堪えて我慢した。
冠が百蘭の方を見て小声で驚くべき一言を放った。
「 また朝稽古やってたんですか?
お兄ぃ。(おにぃ)」
百蘭は、一瞬驚き過ぎて分からなかったが、すぐに梅松の仕業だと思い冠の隣に居る梅松を覗き込む様に思いっきり睨んだ。
〝 何が貝の様に口が硬いだ。。
このお喋り野郎め。。。〟
そう思いながら睨む百蘭に梅松は、両手を合わせて謝る仕草を見せた。
冠は正面の大蘭を見据えながら独り言の様に言った。
「 神さまは、お兄ぃだったんだね。」
そう言って冠は、柔らかく微笑んだ。
百蘭は、冠のその言葉にどう返していいか分からず、ただ気まずさだけが残った。
そして、大蘭は仕切り直しと言わんばかりの咳払いをして、剣士隊の皆に伝えた。
「 皆、厳しい猛稽古を
今まで、よく頑張った。
ただ、よくやったかどうかは稽古ではなく
結果が出てからだ。
本日は、龍獅子剣華団。
この剣士隊の初陣だ!」
一同腹の底から絞り出す様に、はい!と大きく返事をした。
大蘭は皆に獅子の吠えるが如く
「 さぁ。これは河乃内剣士隊と龍獅子剣華団
の喧嘩!
大剣華(おおげんか)だ!
勝って来い!」
そう喝を入れ、剣華団の皆は先ほどよりも大きな返事で答えた。
河乃内剣士隊との大剣華。
正しくこの喧嘩は、今まで苦しめられてきた大志賀島の民や下民人。
梅松の殺人酒抗争での因縁。
莉里の慟哭の思い。
壇独、奏剣、蓮翔の闇討ちによる負傷。
冠の心の傷。
様々な思いがここにぶつけられる戦いでもある。
勝たねばならない。
皆、そう心に決めていた。
だが、壇独、奏剣、蓮翔は一抹の不安を抱えていた。
傷が完治しておらず調子が良いとは到底言えないほどの体であったからだ。
大蘭の鼓舞の言葉が終わると、皆、道具などを抱えて、町にある剣舞場へと向かった。
この剣舞場は、河乃内素哲が金を出して突貫工事でこの日に間に合う様に造らせた剣舞場で、
試合を観る者の収容人数は五百人という立派な剣舞場である。
剣舞場へ向かう道中、百蘭が梅松に詰め寄った。
「 口が軽すぎるだろ!
何が男と男の約束だよ!」
「 びゃくちゃん小せぇ事で怒らない
怒らない。
どうせいつか話さなきゃ辻褄が合わなく
なるのさ。
早い方がいい。
これで、お前ら兄弟も前に進めるって
もんだ。」
「 あっ、そうかよ!」
そう言って何を言っても無駄だと分かった
百蘭はもう呆れてその後、何も言う気にならなかった。
梅松は、わざわざ朝に皆を集めて昨夜の百蘭の話をした。
皆、当然、驚いていた。
梅松は、茶化すつもりなど無かった。
本気で今伝えるべきだと思ったからだ。
皆、今日の決戦で一致団結して勝たねばならない。
だから、梅松はこの事は言わなければならない。
そう本気で思った。
阿呆の梅松にちゃんとした理屈なんてない。
梅松は、そう本気で思ったのだ。それだけだ。
皆からすると大事な決戦の前にそんな驚きと動揺を同時に与える話など、終わってからでも良いいのではないかと内心思っていたのが実情だった。
先頭に歩いていた壇独の方へ梅松が後方から走り寄ってきた。
「 壇独の旦那。
ちょいと重要な話が
ありましてね。剣舞場に行きがてら
あっしが、端的に話しますよ。
これは、皆知っとくべき話なんでね。」
壇独は、百蘭と朝早くから稽古に出ていた為、梅松の話を聞いてなかった。
だが、梅松のお陰によりこれで全員知る事になった。
梅松恐るべしである。
「 なにー!!百蘭と冠が!?」
壇独の野太い声が体に響いた。
百蘭は、思いっきり竹刀の予備の鍔(つば)を梅松の後頭部に目掛けて投げた。
「 痛っっ!」
梅松は頭をさすりながら列の後方へと戻っていった。
大きな林や草原が広がる海中広園の
一部に素哲は剣舞場を拵えた。
剣華団一行は剣舞場に着いた。
周りには、この決戦を一眼見ようと町の人々が剣舞場の外周に長蛇の列を作っていた。
町の人々は龍獅子剣華団の到着にざわめき立った。
「 頑張れよ!剣華団!」
と中年男の声が聞こえると、次は若い男が
「 ぶった斬ってください!剣華団のみなさ
ん!」
女性たちも続けて
「 きゃー!素敵ー!蓮翔様ぁー!」
「 こっち見てー!奏剣様ぁー!」
「 冠ちゃーん!可愛いー!」
などと、あちらこちらから、声援や黄色い声が届き騒がしい。
ざっと三百人は並んでいるだろうか。
その中に河乃内素哲の屋敷以来だろうか、
山海お末(やまうみ おすえ)と、山海真央丸(やまうみまおまる)姉弟の姿を冠が見つけた。
並んでいる姉弟に近寄り冠が
「 お元気でしたか?」
そう言うと真央丸は、爛々とした瞳で
「 冠さん!応援してますからね!
コテンパンにぶちのめして下さい!」
冠が微笑みながら頷くと姉のお末が優しい笑みを浮かべて
「 冠さん、剣華団は、必ず勝てます!
正義は勝たねばなりません!」
そう言われた冠は微笑みから一転真剣な眼差しで、伝えた。
「 お末ちゃん。大丈夫。勝つよ。
だって、ここにいる剣士たちは、
今まで凄い過去を乗り越えてきた
人たちなんだから。」
そう言って冠は二人と握手すると剣華団の元へと戻った。
剣華団の皆に女達が押し寄せ手紙や贈り物を渡そうと必死になり混雑し出していた。
それを人気の無い百蘭が制して回った。
「 どいた!どいた!
ここからは、真剣な命を賭けた
戦いが始まるんだ!
試合に集中させてくれ!」
百蘭のこの言葉は、二割は本音だが八割は嫉妬に覆われていた。
『 河乃内剣舞場 』
門の右隣にそう板に大きく筆文字で書いてある。
木造の壁の上に瓦を乗せた塀に囲まれた剣舞場
に、壇独が先頭に立ち後の剣華団たちは、各々好きな立ち位置に居て
一番後ろに大蘭は腕を組んで立っている。
剣舞場の表門の前で先頭の壇独が叫ぶ
「 頼もう!頼もう!
龍獅子剣華団、参上仕った!(つかまつっ
た)」
そう体躯通りの野太い声で壇独が言うと
流石の剣華団の応援団も静まり返った。
暫くすると、中の方から錠が外れる大きな音が聞こえゆっくりと表の門が開いた。
目の前は、剣舞合戦が行われる
合戦場となっていた。
剣華団一同は一列に並び合戦場に向かい一礼すると、中へと入って行った。
砂が敷き詰まった庭で周りには縄で試合を行う合戦場を囲んであり、その周りに観客が見れるよう、茣蓙(ござ)が敷かれてあった。
もう既に二百人程の河乃内剣士隊側の応援の観客達が座っていた。
優先して素哲が先に良い場所に座らせてるようだ。
剣華団が入るや否や、剣華団の剣士隊に敵視した視線を送りながら怒号や罵声が飛び交った。
両端の本丸には宝塔と呼ばれる円柱が立ててあり、右の宝塔の上には既に河乃内剣士隊の旗が風に泳いでいた。
門を開け合戦場が目の前にあり、その奥には
※雄大豪壮な(※ 雄々しく規模が大きいさま。盛んで立派なこと)能舞台の様な建物がある。
五段の短い白洲梯子があり演芸の本舞台の様な板張りの広間になっていて、
そこへ、河乃内素哲、鎌谷屋、田辺正次郎、中田鞠ノなどの面々が座布団の上に胡座をかいて座っていて、少し高めの場所から剣舞合戦を見物する様である。
そこへ大汽と長次郎も偉そうに並んでいるのが
冠の目に入った。
急に冠は震え出し顔色も悪くなった。
やっぱり駄目だ。あの人を見ると怖くて怖くて
力が出ない。。。
やっぱり、ぼくに剣士なんて無理だ。。
こんな心が弱い僕なんか。。
冠は自分を追い詰めていた。
そうして、震えていると温かい手が冠の肩の上に乗っかった。
その温もりは誰かと目をやると
百蘭だった。 百蘭の手だ。
百蘭はその温もりと同じ温度の声色で
「 怯える事はねぇよ。
もう既にお前の勝ちだ。
お前には最高の仲間がいる。」
そう百蘭に言われた冠は、硬く萎縮した心が雪解けの様に柔らかくなっていく気がした。
冠は、力強く百蘭の目を見て強い心が溢れ出す様に
「 大丈夫。ぼくは強いから。
ありがとう、、お兄ぃ。」
そう柔らかく笑みを浮かべた。
百蘭はまだこの呼び方に慣れてないらしく、照れ臭そうな表情になった。
大汽は百蘭を見て、鼻が疼いて仕方なかった。
昔、高かった鼻は百蘭の拳のせいで低くなった。
「 あの獣だけは許さねぇ。。」
真正面右側に長い七人程が座っても十分にゆとりある※床几椅子(しょうぎいす)に既に一軍の河乃内剣士隊七人が座っていた。
※木で出来た座る所には布が張ってある椅子
その右隣に一人用の床几椅子に座るのが河乃内剣士隊の大団長 所川雁助 (ところがわがんすけ)である。
所川雁助は眉毛が太く目も大きく恰幅の良い男である。
歳は大蘭と同じくらい三十過ぎといったところか。
河乃内素哲は、剣舞合戦に素人であるので、河乃内剣士隊の合戦の指揮を執らせるため、この所川も、肥後國から連れてきた。
その一軍の背後には、交代要員の控えの剣士が三人座る。
この場所から剣士隊たちは合戦場に出て前半の試合が終われば、休戦としてこの場所に戻ってくる。
この場所を本陣と呼ぶ。
河乃内剣士隊の主将 曇鮫 新二郎
(くもざめ しんじろう)
が立ち上がると一斉に剣士達も立ち上がり剣華団の剣士隊に、向かって一礼した。
曇鮫新二郎は、鋭い目が吊り上がりエラの張った顔つきの骨太そうな男で十七歳の青年である。
剣華団の一同は、左の本陣へと向かい防具袋から各々防具などを出して試合に向け準備に動いた。
大蘭と所川は互いに礼をしてから所川が大蘭に向かって言った。
「 あなた方と河乃内素哲殿との因縁は
知りかねますが、私たちは、河乃内素哲殿
に雇われた身。
そして、少なくとも私たちは剣士。
手加減は致しません。
これは、剣舞合戦という殺し合いです。」
大蘭はそう所川に言われると大蘭は所川にこう返した。
「 殺すには殺すなりの苦しみ憎しみ怒り
が殺意の源となる。
うちの剣士たちは、その源が強すぎる。
殺されないように気をつけてください。
ま、最期にどっちが旗を獲るか楽しみに
待ちましょう。」
そう軽く頭を垂れると本陣へと向かった。
この河乃内剣士隊の中で三剣士として、恐れられているのが主将である
曇鮫新二郎、、(くもざめしんじろう)
雲鮫新二郎は、法行院抜刀流(ほうぎょういんばっとうりゅう)という剣法の免許皆伝である。
そして、梶方俊文(かじかたとしふみ)は、
防御力に秀でており、※引き胴という技を得意としている。
※ つばぜり合い後に後ろへ引いた時に胴を打つこと。引き技の一つ。
梶方は、眉は鋭く上に跳ね上がり
目も凛々しく何処か女性に好かれそうな風貌である。
そしてもう一人 身体能力が高く跳躍力を使った攻撃は群を抜いている剣士。
岸万次郎(きしまんじろう)である。
爽やかな笑顔に愛くるしい顔が特徴で河乃内剣士隊で一番小柄な少年である。
岸万次郎が腰に付ける垂れ。そして胴の防具を付けながら
「 曇鮫さん。ぼくは、あの龍獅子剣華団の
剣士隊たち、なんか。好きですよ。」
曇鮫新二郎は、胴を付け終わると、岸万次郎に
「 あぁ。俺もだ。
皆、骨がありそうな剣士ばかりだ。
しかし、あの主将の壇独という男。
あれは、最初見ると誰でも怯むぜ。
同じ歳の頃とは思えない。」
「 曇鮫さんも、十七歳には到底
見えませんもんね。」
すると、その言葉を聞いて笑いながら、梶方俊文が
「 確かに。それは言えてる。
だが、万次郎!
必ず斬り殺せ。
でないと、俺らの夢は到底叶わんぞ。」
「 梶方さん。勿論です。
あの剣士隊たちは、好きですが
合戦は別です。
本当の合戦で情けを出せば殺されます。
剣舞合戦は競技ではありますが。
天下統一合戦を目指す若き剣士たちは、
皆、いずれ、戦に出た時の事を考え
命を掛けて、この剣舞合戦に挑んでます
から。」
そう岸万次郎が言うと主将の曇鮫新二郎は
一段静かめの口調で
「 今は、うちの剣士隊は河乃内素哲殿に
雇われている。
今では、所川先生も河乃内素哲殿の犬に成
り下がった。
俺らは、この戦いが終われば大都へ出る。
そして、この剣で戦に出ていつか戦果を上
げて俺ら、剣士隊の名を轟かせる。
その為の前哨戦だ!
死ぬ気でやるぞ。」
そう言うと梶方俊文は短く
「 当たり前だ。」
と言うと岸万次郎も、短く
「 当たり前です。」
と言った。
後ろから瞳が蒼い長身の鯉本流馬(こいもとりゅうま)が三人に方言の強い口調で、声を掛けた。
「 さぁ、始まるばい。
いっちょ、暴れろうかねぇ〜!
曇鮫さん。梶方さん。万次郎!」
間もなく龍獅子剣華団そして河乃内剣士隊の
決戦の火蓋が切って落とされる。。
この剣舞合戦は後に古書、、七宝の塔。
に長月三日(ながつきみっか)の河乃内決戦として記される事になるのである。
そして、今、梯子で登った河乃内素哲側の使用人の者が、剣華団側の宝塔と呼ばれる円柱の上に龍獅子剣華団の隊の旗を立てた。
旗が風に煽られ激しくはためいていた。。
⭐️第二十五品 【 河乃内決戦❗️】終わり
第二十六品へ続く。。
サポートしていただいたお気持ちは私の漫画初出版に向けての費用にさせていただきます!応援よろしくお願いします!