ウェブ上の名誉権侵害の判断方法について①
発信者情報開示請求,世間では単に「開示請求」と言われていますが,芸能人のニュース報道などから世間で広く浸透していることもあり私の元にも,
「このコメントは絶対に許せないので,開示請求したいです」,
「このツイートは本当にひどいです。開示が認められるか教えてほしい」
といった法律相談が最近はとても多くなりました。発信者情報開示請求は複数の法的手続きを行うのがオーソドックスであること(法改正で創設された発信者情報開示命令制度や,コンテンツプロバイダに直接電話番号等の開示を求める方法もありますが,ここでは従来型の請求を前提としています),ログの保存期間の問題など,検討すべき点は多岐に渡りますが,まずそもそも,権利を侵害するかどうか,という検討は欠かすことができません。
要するに,「この表現(投稿,ツイート等)は,権利を侵害するか(違法か)」ということです。権利を侵害するものでなければ,発信者情報開示請求は認められません。
権利侵害とは言っても,名誉権侵害(名誉毀損),名誉感情侵害(侮辱),プライバシー侵害,著作権侵害等いろいろあり,それぞれ,権利侵害かどうかの判断枠組み(考え方)が異なります。ここでは,「名誉権侵害」に絞って,考え方を紹介してみようと思います。
名誉権侵害が認められるかどうかは,その表現により名指しされた本人の「社会的評価が低下するか」により判断されます。前提として,その表現から,誰のことを言っているか分かる必要があります(「同定可能性」の問題です。)。誰のことを言っているかわからない表現であれば,特定の個人が中傷されていると判断できませんので,名誉権侵害は成立しません。
次に,社会的評価の低下の判断方法です。例えば,「○○は隠れて覚せい剤を使っている」,「○○は勤務先の上司と不倫している」といった表現について考えてみましょう。覚せい罪は,所持使用ともに法律で禁じられた薬物で発覚すれば刑罰が科せられますから,「○○は覚せい剤をやっている」という表現により,○○の社会的評価の低下は明らかです。続いて,「○○は勤務先の上司と不倫している」という表現も,不倫はいわゆる不貞関係にあることを指しますが,不貞行為は民事上の不法行為に該当しますので,こちらも社会的評価の低下は明らかといえます。
では,「あの医院はいつも混んでいて窮屈だ。医者も看護師も横柄で感じが悪い」,「あの店はいつ行ってもまずい料理しか出さない。店長は無愛想だし,やる気がない」といった口コミはどうでしょうか?まず,投稿された医療機関(クリニック)や飲食店の店主としては,このような口コミを見つけたらたまったものではないでしょう。風評被害,営業妨害だ,と言いたくなる気持ちはよくわかります。最近は,特にGoogle Mapの口コミが多いように思います。
では,上記のクリニック,飲食店のケースで私が相談を受けた場合,口コミだけから判断するのであれば,「名誉毀損に該当することは難しい」と答えると思います。理由は,口コミが投稿者の意見(主観)だからです。
最初に紹介した,覚せい剤をやっている,不倫している,といった内容との違いを意識するとわかりやすいと思いますが,前者は「ある事実」を摘示しています。覚せい剤を使ったか否か,不倫をしているか否か,これは事実です。あったかなかったかで判断できます。ところが後者は,事実というよりも,ある前提事実をもとにした投稿者の「意見」です。
人の「意見」の場合,名誉毀損は認められにくいとされています。「表現の自由」を持ち出すまでもありませんが,ある人(会社)にとって不都合な意見が直ちに権利侵害となるのであれば,それは,およそ表現の自由の保障されていない社会と言わざるを得ません。ところが,事実を摘示しての中傷の場合,話は別です。覚せい剤をやっていもいないのやったと書かれた,不倫していないにもかかわらず,不倫したと書かれた,こういった表現を甘受しなければならない理由はありません。「意見」の場合,料理がおいしいかまずいかは,人の主観です。医療機関の混雑具合や先生がどういう方かについては,患者さんの感じ方の問題です。いろいろな意見があって当然ですので,飲食店,クリニック側にとって例え望ましくない表現であっても,直ちに権利侵害に該当するとは言いにくいのです。
以上のとおり,名誉毀損を検討する際,該当の表現が「事実摘示」なのか,「意見論評」なのか,社会的評価の低下を論じる前に,最初に直面すべき課題となります。意見論評である場合,名誉毀損が認められる可能性は高いとは言えないので,我々としても,「事実摘示型」で構成できないかをまず検討します。
一義的に,事実摘示型,意見論評型と決まるわけではないので,前述のクリニックのケースでは,「あの医院はいつも混んでいて窮屈だ。医者も看護師も横柄で感じが悪い」といった表現について,事実として,「予約制を採用しているため混むといったことがなく,また,医師や看護師に不満が述べられた事情が過去何年もない」,ということであれば,客観的事実に反している,という捉え方もできなくはありません。また,飲食店の「あの店はいつ行ってもまずい。店長は無愛想だし,やる気がないんじゃないか」といった表現について,事実として,「行列が絶えることがなく,店長は率先して挨拶に立っており,明るいイメージの店として知られている」ということであれば,こちらも,客観的事実に反している,という捉え方も可能かもしれません。このように,意見論評型だから諦める,ということではなく,口コミの内容は客観的事実に反しているのではないか,口コミが前提としている事実が誤っているのではないか,という姿勢で表現を見ることが,名誉毀損の成立につながるでしょう。
大分長くなってしまいましたが,次回は,名誉毀損が認められやすいとされる典型例について,解説したいと思います。