24.9月チェロレッスン①:重たい序奏、アマオケ事情。
5月、私の所属するアマオケの定期演奏会の際、チェロアンサンブルのロビーコンサートを行った。
演奏を終えてロビーを去ろうとする私に、ご年配の男性が声をかけてきた。
「チェロを弾くって、難しいものですか?」
私は答えた。
「そうですね…何年弾いても、モノになった感じが致しません。」
「そういうものですか…。」
ちょっとがっかりしたように男性がそう言ったのが気になった。
突然の質問に正直に答えてしまったが、もし男性が「これからチェロを始めてみたい」と考えている方だったら、私の答えに「やっぱり無理か。」とお思いになったかもしれない。
私のチェロ歴は短くはない。
だからと言って上手いとは思えないし、「今回の演奏はperfect!」と思うこともない。
弾けばいつだって課題が出てくる。
先日師匠が
「メネセスの無伴奏の生演奏を聴いて、ボク自身はまだまだだと思った。」
と言った。
プロでさえこうなのだ。
逆に。
自分の腕前はperfectと思っていたら。
そこから先の成長は望めないのではないかと思う。
もし、チェロをやってみたいと思う人がいたら、楽譜が読めないとか、楽器未経験とか、難しそうとか、年齢が、などの先入観を無視して、チャレンジされると良いと思う。
左手の指を使わない解放弦を弾いただけでも、自分の手で弾けたことに感動する。
ドレミファなんか弾けちゃったら、「自分、天才かよ!」と思える。
趣味の楽器演奏は、腕前を人と比べなくていいところが良い。昨日の自分と比べると、誰でも必ず成長している。
私は習い始めの頃より大きな成長を感じにくくなってしまったが、それでも1曲仕上がったときの感動と言ったら…!何物にも変え難いものがある。
チェロを習うにあたり、私は師匠に突撃電話&自宅訪問したが(若気の至り)、今は昔よりも手軽に楽器を習えるシステムがある。
「やりたい」と思うなら、お試ししてみると良い。合わなかったら辞められるのも「趣味」の良いところだ。
★
前置きが長くなった。
さて、レッスン。
初めに一通り課題の無伴奏5番プレリュードを弾いてから先生の指導が入る。
今回は、演奏時間を計ってみた。
「10分。長いな。本番はチェロのデュオが1組あって、それが10分くらい。個人で弾く曲としてはお前が一番長い。」
さいですか。
「序奏がさぁ、時間かけすぎ。序奏だけで3分だよ。…でも、そこは後回し。」
また序奏のダメ出しか。なかなかうまくいかないなぁ!
「終結まで体力が持たない感じ?終結部まで如何に体力を持たせるかが鍵だね。
117小節1拍目は弓を跳ねさせない。跳ねるだけで、体力を消耗してしまう。
165小節で一気に疲れが出るようだね。ここは1拍目をテヌートにして、その後はエネルギーを使わない。弓を弦に置くだけで、圧力をかけない。弓の毛2、3本で弾くくらいの軽さでA線を弾くこと。」
思わず盛り上げていたけれど、それは終結部まで取って置けということだった。
「125〜137までは集中して一息に弾く。難しいからね。」
「でも、138〜142も、なかなか難しいです。」
「…だね。指使いがね。でもお前はここの部分は最初からきちんと弾けている。それでも不安に思うなら、サラッと流して弾いていい。」
先生、楽譜をめくって、最後のページを見る。
「188で躓いたね。長い曲はどこかで躓くことはあるよね。そういうときは、ボクが最初に書き込ませたブレスの部分で仕切り直しをすること。勢いで突っ込むことはしない。」
息をするだけではないってことですね。
「暗譜はできた?」
「まぁ、そこそこに。」
「188で躓いたということは、もう少しだな。」
「さて、序奏だねぇ…。」
先生は“ここからが今日の本番”といように、楽譜のページを最初に戻す。
「あのね。夜の演奏は重っ苦しいよ。」
ええ!?前回は「軽すぎる」って言っていたのに。
「テーマに入ってからのスピード感はいい。それに比べ、序奏が重たすぎ。」
「前回は軽すぎるって言われたから、重くしたのに。」
「んー、軽いの反対が重いということじゃなくて。聴かせてほしいということなんだけど…説明が難しいな。」
先生、自身の楽器を手にして弾いてみせる。
「度々ドッペルが出てくるだろう?どうもお前はドッペルを小節の頭にあるように捉えているね。」
そうですね…。
「そうじゃない。ドッペルは最後だ。つまり、前小節のアウフタクトなんだよ。」
言いながら、先生が数小節弾いてみせる。
なるほど、アウフタクトだ。それだけで曲の流れが変わってくるから不思議だ。
「序奏は全てドッペルで終わるようにフレーズを作る。一緒に弾こう。」
先生と一緒に最初の3段を弾く。
「何か気づいた?」
「ええと、自分がイメージしていたより曲の流れが速いです。」
先生が頷く。
「そう。夜の演奏は重すぎてエネルギー使いすぎ。お前は気づいていないかもだけど、序奏だけでかなり消耗している。ここで消耗してはいけない。
重くするというのとは少し違う。弓を使いつつも、停滞しないように、前へ進むイメージで弾くんだよ。」
先生、楽器を傍に置きながら話を続ける。
「聴く側の気持ちになってみようか。
夜の今の序奏だと、聴く側は停滞感を感じると思う。なかなか進まないから退屈する。
前進するような演奏にしてほしい。そのほうが聴く側もその先の演奏に期待が持てる。」
聴く側がどう感じるか…その視点は考えたことはなかった。
いつだって「自分がどう弾きたいか」だった。
「もう少し考えて序奏を作ってみます。」
★
「なんですって!?そんなの、無茶苦茶です。」
レッスン後の後片付け中、先生の話を聞いて、私はめずらしく先生に対して、正確には楽団に対して怒った。
来週開催される先生監修のアマオケの演奏会。
開催にあたり、団内で資金調達トラブルが発生(アマオケあるある)。
トラブル解決のために、主催を先生個人ということにし、開催にかかる費用の全額を、先生が持つとのことだった。
アマオケとはいえ、演奏会開催費用はフルオケだと200万かそれ以上かかる。その上、今回は曲の構成上、県外からコーラスまで呼んでいるというのだ。
その費用を、先生は昨年末亡くなった先生のお父さんの遺産を使うという。
「その遺産、お父さんがセンセとお姉さんの活動資金のために残したんでしょう?それを使うなんて。」
今回の演奏会では来場者からチケット代をいただかない。かかった費用丸々先生が負うことになる。
先生が苦笑する。
「そもそもボクが立ち上げたオケだし。父もこの演奏会を楽しみにしてたんだ。姉と話し合って決めた。きっと父も許してくれる。」
人に貢いでばかりの先生…一番貢いでもらったのは、先生宅に居候させてもらっていた私なのだが。
演奏会にかかるのは、会場費だけではない。エキストラや受付、アナウンサーやステージマネージャーなど、人件費もかなりかかる。
「人手集めはどうしたんです?」
「ボクの伝手で。あとは指揮者のSさんの所の学生さんがかなり。」
「ステマネは?」
ステージマネージャーが演奏会の成功の鍵を握ると言っても過言ではない。
「Kさんにお願いした。」
「お兄さんなら、間違いないですね。」
Kさん…私が昔っからお世話になっている工房のお兄さん。お兄さんは時折、先生のリサイタルのステマネをしている。
重要な役割のステマネには多めの謝礼を払ったりするが、お兄さんはきっと先生から謝礼を受け取らない。
「ステージの進行表の作成や会場との打ち合わせ、人員配置計画や宣伝などは誰が?」
私の団体では、それらの運営を3人でやっている。私を含む3人は、細かな仕事をさらに何人かに振っている。
「ボクが、全部。」
「全部って…スポンサーなのに。楽団員が動かないなら、なんで私を頼ってくれないんです?センセだって本番に乗るんでしょう?」
そう言いながら、私は泣きそうだった。
私は運営のノウハウを大学オケで叩き込まれた。準備から開催、その後の決算、1から10までできる。
そのことは、先生も知っている。
先生、呑気そうに言う。
「お前を頼ったら、お前にもギャラ払わないとだもんなぁ。」
「私がセンセからお金を受け取るわけ、ないでしょう!」
準備がどれだけ大変か知っているから。それを全部一人でやるなんて。ノウハウの全てを知っている弟子が身近にいても頼ってくれないなんて…悲しくて、つい声が大きくなってしまった。
先生、ふふ、と笑んだ。
「気持ちはうれしいよ。ありがとう。でもお前はただでさえ仕事が忙しいだろう。ちゃんと寝てるか?また貧血になった?顔色悪いよ。」
う…先生、よく見ている。
「…貧血は治療中です。」
「ほら。まず夜自身がよく休まないと。そっちのオケのこともあるんだから、ボクを手伝う前に体を大事にしなさい。ボクは夜が見に来てくれるだけで十分嬉しいんだよ。」
私は、返す言葉を失った。
私の仕事が緩い上に、他団体のアマオケに所属していなければ、先生に頼ってもらえたのだろうか。
一番は先生のオケに所属していれば良いのだが…様々な都合上、先生のオケに参加することが難しい。
いや、先生は私に頼りたくないんじゃない。私を気遣っているのだ。
先生にしてもダンナにしても、ありとあらゆる虐待を受けてきたちっぽけな私に、どうしてこうも見返りを求めない愛をくれるのだろう。
先生に何も返せない自分が悔しくて、帰り道、車を運転しながら一人で泣いた。