24.9月チェロレッスン②:私は変わり者?
「こんばんは。今日も遅い時間のレッスンですみません。」
私がレッスン室に入ると、先生は椅子から立ち上がった。
「先週の演奏会、改めてお気遣い、ありがとう。」
先生主催のアマオケ演奏会を聴きに行った際、私は先生へ花束と御祝儀を贈った。
「無事に終わってよかったですね。ほっとしたでしょう?」
「そうだね。」
言った先生の表情が柔らかい。肩の荷が降りた感じ。
「演奏会の贈り物、お菓子にしようかお花にしようか迷ったんですけれど。お菓子はほかの人も贈りそうな気がして。沢山あると、食べ切れなくて大変でしょう?なので、お花にしました。」
演奏会では、入り口でよく出演者へのプレゼント預かりをしている。感染症流行時は一時的にプレゼントお断りになったが、今は復活した。
「ボクに対して出演者プレゼントを贈るなんて、お前くらいだよ。」
「え?そうなんですか?私のほかにもお弟子来ていたでしょう?なかったですか?」
「ない、ない。」
先生、笑う。
「ええ?意外。」
「そういうことキッチリしてるの、ボクの弟子だと夜くらいだよ。夜は、ボクの弟子の中でも特殊。どこで覚えたんだろうね。」
「特殊(笑)。うーん。私はセンセから教わったんだと思いますけど。」
「そうかなぁ。」
先生は無意識に学生時代の私を躾けていたのだろうか。
「先日の電話で、私の気持ちは伝わりましたか?」
御祝儀に気づいた先生、私に電話をかけてきていた。
その時、私は先生に今まで散々お世話になった分を返したい、と話した。
「うん。伝わった。」
「センセは水くさいです。センセひとりで何でも背負い込む必要はないんです。猫の手も借りてください。」
招き猫のポーズをしてみせた。
先生が笑う。
「ちょっとは考えたんだよ。夜に手伝ってもらおうかって。」
「じゃあ、なんで私に頼むをのやめたんです?」
「夜には聴いてほしかったんだよ。」
私がオーケストラの人間だから、他オケの演奏も聴いて学んでほしかったとのことだった。
裏方を手伝うと、演奏を聴いている時間はないから。
「それにね。ボクは裏方仕事が好きなんだよ。自分が演奏するよりもね。」
それは、よく知っている。
「でも、夜がそんなにボクを手伝いたいなら、」
先生、座った椅子から身を乗り出す。
「今度のボクのリサイタルを手伝ってもらおうか。」
右手に持った弓の先を、左の手のひらの上でパシパシ叩きながら、ニヤリとする。
「こき使うよ。」
あれ?ちょっとマズいかも…。
「ソレ、センセの演奏も聴きたい気が…どうしよう?」
先生が笑った。
★
「Jさんは何て言ってた?」
やっとJさんと仲直りできた先生。
先日私はJさんと会って話をした。
「もう気にしないでほしいと言っておいて、と言われました。入院中はかなり体が辛かったそうですけれど、今はすっかり元気なようです。」
「そっか。よかった。」
先生、ほっとした様子。
「先生の話はそれだけ。Jさん、メールで私の全てを知りたいって書いてたじゃないですか…センセ、今、いかがわしい想像をしたでしょ。顔に書いてあります。」
ハッとした先生、ブンブン頭を振った。
「…まさかね。」と苦笑い。
「そうなんですけど。文字通り、生まれから今までの生い立ちを事細かに聞かれました。」
先生、心配気に眉をひそめた。
「トラウマのことまでしゃべったの?」
「そこには触れなかったです。心配してくださって、ありがとうございます。」
「なんでJさん、そんなにお前のことを知りたがったんだろう?」
私、首を傾げた。
「さあ…。私が変わり者で、楽団の中で浮いているからじゃないですか。それで気になった、とか。」
「なるほど。」
納得してうなずく先生…そこは否定してほしかった。
★
10月の発表会まで、バッハ無伴奏5番プレリュードの練習が続く。
発表会まで1か月。曲の最初から最後までの通し練習が中心となる。
何ヶ所か音外したな、と気づいた部分もあったが、とにかく止まらないで通す。
残念だったのが、最後の最後。重音の音を外した…先生もずっこける。
「おいおいおい、そりゃないよ。」
ないですよね…私もガッカリだ。今までここで外したことないのに。
「後ろから2小節目のfisで一旦落ち着いてから重音に入るといいよ。最後なんだし、急がない。突っ込んで入らないように。」
はい。
「序奏は前回と比べると格段によくなった。それでいいよ。」
やったぁ!
「ただ、やっぱり付点十六分音符ののばしが若干足りない。弓をたっぷり使ってのばすこと。」
先生と一緒に弾いてみる。
「わかった?」
「…わかったと思います。」
「それから、全体に言えることなんだけれど、ブレスの部分ね、足りない。リズムを立て直すつもりで休まないと後が苦しくなるよ。」
分かってはいるけれど…。
「休むと曲が途切れる感じがするんです。」
先生、うなずく。
「なるほどね。でもね、曲が流れていれば、聴いている側は案外途切れたように聞こえないものなんだよ。それには、フレーズごとにきちんと曲をまとめること。まとめることで、たとえ途中で転けても立て直すことができる。」
そうなのか。
★
「センセの10月の予定は?」
レッスン室を片付けながら聞いた。
先生、楽譜をバッグに仕舞いながら答える。
「ずうっと本番。音楽フェスの時期だからね。」
そうでした。市内で4日間の音楽フェスが開催されるのだった。
私も1枚チケットを取ったが…先生が出る四重奏楽団のものではない。チェロの春馬氏の無伴奏リサイタルのチケットだ。
コンサート時刻が先生のとバッティングしてしまっていた。散々迷ったが、今度自分も無伴奏を弾くので、参考にしたいと思った。
先生の演奏はいつでも聴けるし…センセ、ごめんなさい!
「フェス以外もね、本番が続くの。年内はこんな感じだよねぇ。年末になったらゆっくりできるかな。」
今年もあと3か月で終わってしまうのね。
1年があっという間だ。
時の流れに自分が置いてけぼりにされる気分。
私も公私共にゆっくりできるようになるのは、年末かな。