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化学平衡の法則- 導出

化学平衡の法則(旧名 質量作用の法則)

可逆反応 $${a{\tt A}+b{\tt B}\rightleftharpoons c{\tt C}+d{\tt D} }$$ において, 化学平衡に達すると, 

$${K=\frac{[{\tt C}]^{c}[{\tt D}]^{d}}{[{\tt A}]^{a}[{\tt B}]^{b}}}$$

は一定となる(ただし, 温度は一定という条件下)。Kは平衡定数と呼ばれる。
なお, [*]はそれぞれ*の濃度を表すが, [*]の代わりに分圧を用いても構わず, その場合のKは圧平衡定数と呼ばれる。

導出方法1 

簡便のため, $${{\tt H}_{2}+ {\tt I}_{2} ⇄ 2{\tt HI}}$$の反応について考える。反応速度式を立式する。 正反応の反応速度$${v_{1}}$$ は $${v_{1}=k_{1}[{\tt H}_{2}] [{\tt I}_{2}]}$$ のように表せ、逆反応の反応速度$${v_{-1}}$$は $${v_{-1}=k_{-1}[{\tt HI}]^{2}}$$ のように表せる( $${k_{1}}$$, $${k_{-1}}$$はそれぞれ正反応, 逆反応の反応速度定数)。平衡状態では「見かけ上, 反応は停止している」が, 言い換えれば, 正反応と逆反応の速度は等しい, すなわち, $${v_{1}=v_{-1}}$$であるから, 
$${k_{1}[{\tt H}_{2}] [{\tt I}_{2}]=k_{-1}[{\tt HI}]^{2}}$$   ∴ $${\frac{[{\tt HI}]^{2}}{[{\tt H}_{2}][{\tt I}_{2}]}=\frac{k_{1}}{k_{-1}}}$$(定数)
となる。$${\frac{k_{1}}{k_{-1}}=K}$$(平衡定数)と置き換えれば, この反応について化学平衡の法則が成り立つことが示された。他の反応についても同様にして示せる。

……という風に導出する方法が有名である。実際, 大学受験において, 反応速度定数の比から平衡定数を求める問題も出題されたことがある。

上の導出過程で, 必ずしも正しいとは言えないのはどこか分かるだろうか?

ポイント: 反応式の係数と, 反応速度式の濃度の指数は必ずしも一致しない

確かに素反応では係数と指数は一致するのだが, 反応速度式の濃度の指数はあくまでも実験的に導出するものである。従って, 一般の反応について同様の理屈で導出するのは誤りである(通常この説明がされるのは後述の導出方法が高校生には理解困難であるから,また, 歴史的に最初の導出が反応速度を基になされているからである)。

導出方法2

本来は熱力学的に導出しなければならないので, 順を追って説明する。

反応進行度

唐突かもしれないが, 反応進行度ξ(グザイ)を定めることにする。一般的な反応式で考えてもいいが, 煩雑になるので, 少し具体的に$${{\tt H}_{2}+ {\tt I}_{2} ⇄ 2{\tt HI}}$$の反応について考えることにしよう。反応進行度は, 
$${\xi=\frac{\Delta n_{\tt H_{2}}}{-1}=\frac{\Delta n_{\tt I_{2}}}{-1}=\frac{\Delta n_{\tt HI}}{+2}}$$
のように定義される。Δn*は反応前から反応後(時間経過後)での*の物質量の差(変化量)を表している。分母の数字は反応式の係数と一致する。なぜ全て等号で結べるのか, なぜ反応式の係数が必要なのか, なぜ符号がつくのかをイメージできない場合, 以下の反応バランスシートを思い出して欲しい。

反応バランスシート(数値は例)。反応量は反応式の係数に注意する必要があり, 赤字の2倍を忘れてはいけない。また, この場合, 水素とヨウ素は減っているが, ヨウ化水素は増えているので変化量の符号も異なる。

従って, ξを用いると, 以下の式が成り立つ。
$${{\tt d}n_{\tt H_{2}}=(-1)\times{\tt d}\xi}$$
$${{\tt d}n_{\tt I_{2}}=(-1)\times{\tt d}\xi}$$
$${{\tt d}n_{\tt HI}=(+2)\times{\tt d}\xi}$$

ギブズエネルギー

ギブズの自由エネルギーGは, G=H-TSで定義され, 全微分により, 
$${{\tt d}G=-S{\tt d}T+V{\tt d}P+\mu_{\tt H_{2}}{\tt d}n_{\tt H_{2}}+\mu_{\tt I_{2}}{\tt d}n_{\tt I_{2}}+\mu_{\tt HI}{\tt d}n_{\tt HI}}$$    (#1)
で表せる。ここで登場しているμは化学ポテンシャルと呼ばれ, 以下のようにして定義される。
$${\mu_{\tt H_{2}}=\frac{\partial G}{\partial n_{\tt H_{2}}}}$$
$${\mu_{\tt I_{2}}=\frac{\partial G}{\partial n_{\tt I_{2}}}}$$
$${\mu_{\tt HI}=\frac{\partial G}{\partial n_{\tt HI}}}$$
先ほどの反応進行度を用いた式を代入すると,
$${{\tt d}G=-S{\tt d}T+V{\tt d}P+(-\mu_{\tt H_{2}}-\mu_{\tt I_{2}}+2\mu_{\tt HI}){\tt d}\xi}$$     
となる。

※∂は偏微分のときに用いられる。ざっくり言うと, 偏微分は, 今回のように圧力, 体積, 温度など色々な変数があるなか, それらのものを固定して, 一つのものの微小変化だけを考える微分のことである。あまり深いことを考えたくない場合は, ∂をdに読み替えてみても構わない(dG/dnと同じ感じだと捉える)。
たとえば, ∂の登場しているなかで一番上の式は, 水素の物質量の微小変化だけを考えて, 他の物質の物質量や温度など他のことは一切考えない(一定だと考える)。本当は()の右下にp, T, $${n_{\tt I_{2}}}$$, $${n_{\tt HI}}$$を添えるのが普通だが面倒なので省略。

先に断っておくが, 平衡定数は温度に依存する定数であるので, 以下, 温度T一定下(dT=0)で考える。さらに, 全圧Pも一定(dP=0)にすると,  
$${\frac{\partial G}{\partial \xi}=-\mu_{\tt H_{2}}-\mu_{\tt I_{2}}+2\mu_{\tt HI}}$$  
が得られる。
平衡状態は一番ギブズエネルギーが小さい状態であり, 極小値ではGの微分は0となる。
$${-\mu_{\tt H_{2}}-\mu_{\tt I_{2}}+2\mu_{\tt HI}=0}$$      (#2)

※ 微分可能なら, 「極小・極大⇒微分して0」は数学の知識。
※ ギブズエネルギーGは自発的な変化の方向を規定し, Gが小さくなる方向に反応は進行するが, 平衡状態ではこれ以上自発的に不可逆的な変化が起きないため, Gは最小となる。Gを(ξで)微分すると0であり, 別の表現では, Gの変化量dGも0となる。
※ 平衡状態のもとで成り立つ熱力学的な式はこれだけではない。

化学ポテンシャル(1成分)

ここで, (#1)にまで戻って別の式を立てることを考えることにする。温度一定(dT=0)は良いとして, 物質量を固定して(#1)をPで(偏)微分すると, 
$${\frac{\partial G}{\partial P}=V}$$ である。この後の処理は面倒なことから避けるため, 理想気体しかも一旦1成分で考えることにする。状態方程式PV=nRT, $${\frac{\partial G}{\partial P}=n(\frac{\partial \mu}{\partial P})}$$が成り立つことを踏まえると,
$${\frac{\partial \mu}{\partial P}=\frac{RT}{P}}$$
である。積分すると, 
$${\mu=RT{\tt ln}P + {\tt(Tの関数)}}$$
である。lnはlogの底がeのときを表す。偏微分の不定積分では定数というよりは(Tの関数)となってしまうことに注意する必要があるが, どのみちこれを消去するため, $${\mu_{\tt 基準}=RT{\tt ln}P_{\tt 基準} + {\tt(Tの関数)}}$$を定めて,
$${\mu=\mu_{\tt 基準}+RT{\tt ln}P-RT{\tt ln}P_{\tt 基準}}$$     (#3)
になるようにする。

化学ポテンシャル(多成分)

一旦1成分で考えてみたものの実際は3成分($${\tt H_{2}}$$, $${\tt I_{2}}$$, $${\tt HI}$$)である。各化学ポテンシャルには(#3)を流用しよう。流用する際, 以下のようにする。$${\tt H_{2}}$$の分圧, mol分率を$${p_{\tt H_{2}}}$$, $${x_{\tt H_{2}}}$$とすると, $${p_{\tt H_{2}}=x_{\tt H_{2}}P}$$より$${{\tt ln}p_{\tt H_{2}}={\tt ln}x_{\tt H_{2}}+{\tt ln}P}$$に注意すると, 
$${\mu_{\tt H_{2}(1成分)}=\mu_{\tt 基準}+RT{\tt ln}P-RT{\tt ln}P_{\tt 基準}}$$
$${\mu_{\tt H_{2}(3成分)}=\mu_{\tt 基準}+RT{\tt ln}x_{\tt H_{2}}+RT{\tt ln}P-RT{\tt ln}P_{\tt 基準}}$$
2式の差を取って, 
$${\mu_{\tt H_{2}(3成分)}=\mu_{\tt H_{2}(1成分)}+RT{\tt ln}x_{\tt H_{2}}}$$
となる。$${\mu_{\tt H_{2}(1成分)}}$$は標準化学ポテンシャルと呼ばれるものであり, $${\mu_{\tt H_{2}}^{○}}$$と表記することにする(以下$${\mu_{\tt H_{2}(3成分)}=\mu_{\tt H_{2}}}$$として扱う)。
$${\tt I_{2}}$$, $${\tt HI}$$も同様にして, 
$${\mu_{\tt I_{2}}=\mu_{\tt I_{2}}^{○}+RT{\tt ln}x_{\tt I_{2}}}$$
$${\mu_{\tt HI}=\mu_{\tt HI}^{○}+RT{\tt ln}x_{\tt HI}}$$
となる。ここで満を辞して(#2)に代入し,
$${-\mu_{\tt H_{2}}^{○}-\mu_{\tt I_{2}}^{○}+2\mu_{\tt HI}^{○}=-RT(-{\tt ln}x_{\tt H_{2}}-{\tt ln}x_{\tt I_{2}}+2{\tt ln}x_{\tt HI})}$$    (#4)
となる。左辺を$${\Delta rG_{x}^{○}}$$のように定める(標準反応ギブズエネルギー)。標準反応ギブズエネルギーの値は物質に固有な値である標準生成ギブズエネルギーから算出できる。右辺の対数の部分をまとめると, $${-RT{\tt ln}(\frac{x_{\tt HI}^{2}}{x_{\tt H_{2}}x_{\tt I_{2}}})}$$のようになる。()の中身を$${K_{x}}$$とする(mol分率平衡定数)。

今回はmol分率で考えているが, mol分率の比と濃度比, 分圧比は基本的に同じである(あくまでも単位が違うだけ)。したがって, これを濃度の比で考えていても, 同じように平衡定数Kが定められる。(#4)は以下のようになる。
$${\Delta G=-RT{\tt ln}K}$$
$${K=e^{-\frac{\Delta G}{RT}}}$$
となる。ΔG, Rは定数であるから, 温度が一定であれば, Kは一定であることが示された。 

平衡定数はmol分率, 濃度, 分圧, 活量, フガシティーなど色々な表し方があるが, 本来は無次元量であり, 単位はつけないことが多い(溶解度積などの場合も含む)。ただ, 高校までは単位を付けた方が分かりやすいことも少なくないので, 敢えて付けている問題が多い。

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