きのこに支配された世界

さらさら。さらさら。
今日も窓の外は雨が降り白く煙っている。

友達が「きのこを育てよう」と言い出したのは2年前のことだ。
誕生日に送り主不明のきのこ栽培キットが送られてきたらしい。
「それ俺の所にもきたんだけど」
その時酒を飲んでいたいつものメンバーが口々にそう言った。
話を聞くと、誕生日に無記名で届いたがよくわからず部屋に放置しているらしい。
「どうせならみんなで一緒に育てて誰が一番収穫できるか賭けようぜ」
そうやって盛り上がるみんなを見てぼくは少し眉をひそめた。

ぼくはきのこが嫌いだ。
最初に嫌だな、と思ったのは椎茸の傘の裏のひだを見てからだった。
植物でもなく動物でもないその物体の裏側に敷き詰められた無数のひだの隙間から得体の知れないものが飛び出してきそうに思ったのだ。
それからきのこ類は一切ダメになった。
胞子が飛ぶのもよくわからない。
菌類が粉を吐いて繁殖しているのだ。
その生殖器に当たるグロテスクな「それ」をどうしてみんな平気で口に入れるのだろう。

「ぼくはいいよ、きのこ嫌いだし」
実はぼくの部屋にもその栽培キットは届いていた。
届いたが、きのこという文字を見て、タチの悪い冗談だと思ってそのまま捨ててしまったのだ。
「えー、いいじゃんやろうぜ」
友人が口々に誘ってくるが、曖昧な苦笑いでぼくはそれを断った。

はじめにAと連絡が取れなくなった。
前日、メッセージアプリからの最後のメッセージは
『すげえ育ったぞ、明日収穫して持って行ってやるよ』
だったが、翌日Aは学校に来なかった。
周りのみんなは「実は枯らしたんじゃないか」と言いながら笑っていたが、Aはそれ以降一切姿を見せることなく、連絡が途絶えた。

次はBだった。
「あのきのこ、すげえいい匂いがするんだよ。我慢できなくて食っちまったらごめん」
そんなことを前日に虚ろな目で言っていたBは、Aと同じく学校に来なくなった。
流石に2人も来なくなるのは気味が悪くてぼくは何度かBに電話したが、いつも留守番電話サービスに繋がるだけだった。

周りのみんなは何故かAやBが学校に来なくなったことが気にならないようだった。
毎日自分の栽培しているきのこがいかにすごいか、いかに美しいか、いかに美味しそうかを語っていた。
ぼくはきのこの話よりも姿を消した二人の方が心配だったし、そんなことを語られてもきのこをどうしても好きになれなかった。

徐々にクラスに来る人間が減っていった。
その頃にはクラスはおろか町中できのこを育てていないのはぼくくらいだった。
誰も彼もが少し虚ろな目で自分のきのこの素晴らしさを語り続けていた。
そしてみんな咳き込むたびに少しだけ白い粉を吐いているのをぼくは見てしまった。

ぼくはAの家に行くことにした。
煙のような霧が濃い日だった。
Aの家のチャイムを鳴らしたが誰も返事はなかった。
悪いことと思ったが、嫌な予感がしてぼくはAの家の庭側に回り込んだ。
どの部屋も白いカーテンがかけられて、中の様子はよくわからない。
カーテンの隙間から中をうかがおうと近づいて、ぼくは気づいてしまった。
窓にかかっているものはカーテンではなく、無数のきのこのひだだった。

ぼくは窓の外を眺める。
降り積もる胞子の雨は止むことはない。
ぼくの家のぼくの部屋だけは菌糸が入らないように頑張ってきたが、そろそろ時間の問題かもしれない。
何故ならぼくは、きのこを食べたくなってきているからだ。

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます