ぬめる
じっとりとした汗に塗れていた。
「本当にここでいいんですか?」
井上がどこか不安げに声を出す。
”荷物”は重く、そのくせ持ちやすい取手になるような部分はない。
ブルーシートでぐるぐる巻かれた長さ2メートル弱の”荷物”の前を俺が、後ろを井上が持っている。
「仕方ないだろ、指定されたんだ」
「だって、普通はほら、海とか、山とか」
井上は俺の弟分だが、この手の”仕事”に関わるのは初めてだった。
俺も含め、普段はガキを連れてしょっぱい詐欺をしているやつがこんな体を使う”仕事”をすることはまずない。
「しくじったからだろ」
そう、しくじったのだ。
俺たちが外に出て戻ると事務所の周りには警察車両がびっしり並び、青ざめたガキが一人、また一人と連れ出されていた。
俺と井上はそのまま上の人のところに逃げ…今ここにいる。
「下水道なんてやだなぁ」
井上がぼやいた瞬間”荷物”を持つ手がずるりと滑った。
持ち直しながら軍手で頬の汗を拭いた。
俺の手は軍手の中でぬるぬると泳いでいる。
「指定されてんだから仕方ないだろ」
ちらりと見ると井上は大きくため息をつき額の汗を拭っている。
低い天井、蒸し暑く生臭い空気。
指定された地点を確認するためポケットを弄ると、生温くなったスマートフォンがそこにあった。
「あとどれくらいっすか」
井上も離して首のタオルで乱暴に顔を拭っていた。
「もう数百メートルってとこかな」
「ほんと何で細かく指定するんすかね」
無言で荷物を持ち直すと、井上がまたため息をついた。
指定された場所は奇妙だった。
下水の突き当たり。
広場のようにそこは広がっており、汚れたブルーシートが散乱している。
俺は大きく肩で息をつく。
「ここに置いて終わりだ」
何となく真ん中に置くのは気が引けて壁際に”荷物”を転がす。
「何でこんなシートあるんすかね」
井上が散乱したシートを蹴りつける。
「さあな、帰るぞ」
俺は軍手を外し、ぬめる手でスマートフォンを取り出した。
【続く】
ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます