夢ログ:映画監督になった男

この文章は今朝ぼくが見た夢をテキストに起こしたものです。
実在のなんかとかは恐らく全く関係ありません。

―――

「――カット!こらこら、キミ何度言ったらわかるの!」
監督がぼくに向かって声をかける。
共演者は苦笑いをしていた。
「わかるかい、ここで後ろで発砲音とともに彼が倒れるがキミは一切取りあっちゃいけないんだ。目線を送らない!」
「ですが監督!」
ぼくは顔を上げ監督に言う。
「このストーリー進行はむちゃくちゃじゃないですか。仮にも彼はこの作品の重要人物で主人公の彼氏なんでしょう?」
監督はやれやれ、と首を振る。
「顧客からのオファーがこういう形なんだ。分かってくれよ。もう一回!」
その表情に自分の気持ちをかみ殺して次のテイクは指示通り動いた。

休憩時間にパラパラと脚本をめくる。
荒唐無稽であらすじらしいあらすじがない。
伏線に見えたものは明らかにほったらかされており、重要人物の心情の動きは全く描かれていない。
「――こんな映画、何で撮るんだよ」
ため息をつきながら台本を閉じ、ざわつく撮影所の中で立ち上がる。
次はフルスピードの車が主人公の家の庭にドリフトしながら止まるシーンだ。
スタートは撮影所から出て向かいにあるビルの近く。
ビルの裏手にまわり、準備された車に近寄る。が。
「……あれ?」
おかしい。通常待機しているADもいなければ、共演者もいない。
「時間、間違えたか……?」
首をかしげながら先ほどまで自分がいた撮影所に戻る。
「――は――?」
つい2、3分前まではスタッフや役者がひしめいてざわついていたはずの撮影所はがらんどうの無人になっていた。
どういうことだ。混乱した頭を抱え、外に出る。
足取りは次第に早くなり、ついにぼくは走り出した。
誰もいない。誰も。
撮影に関係する場所はもちろん、近くのコンビニにも、スーパーにも誰もいない。音楽すらも流れていないがらんどうの場所がただあるだけだ。
どうして、なぜ、みんなどこに。
息が苦しい。心臓が痛い。しかし走り続ける。
耐えきれずぼくの口から声が出た。
「だれか!誰かいませんか!!!だれか!!」
小さな反響を残すだけで、返事はない。
さっきまで普通の街だったはずのこの場所がまるで書き割りでできた虚構の世界に見える。
怖い。怖い。怖い。
内なる恐怖に耐えきれず、叫び声を上げそうになった瞬間。

「きみ、いたのか」
後ろから声がした。振り返ると、そこには。
「――監督!」
先ほど言い争いをした監督が立っている。
複雑そうな表情をしているが、ぼくはそれよりも人がいたことに驚喜した。
「監督!あの!みんなどこかに行ってしまっていて!それで」
「顧客が夢から覚めたからな」
その言葉に一瞬あっけにとられる。
夢?どういうことだ?
「キミはどうやら、監督にならなきゃいけないらしいね」
そう言うと監督は煙草に火をつけた。
「監督って、どういう」
「キミは」
ぼくの言葉をさえぎって監督が続ける。
「キミはこの撮影の前、何をしていた?」
「そんなの――何の関係が」
「答えてごらん」
「そんなの―――」
言葉を続けようとして、声が出なくなる。
思い出せない。ここに来る前にどう過ごしていたかも。
役名ではない自分の名前も、生まれた場所も、誕生日も。
「――あ……あ」
「思い出せないだろう?いや、正しくは『ない』んだよ」
煙草のけむりを監督は大きく吐きだす。
「我々は人の夢の中で生きる。夢魔とかかもしれんが私にもよくわからん。ただ気付いたら我々は夢の中で役者をしていた」
目を見開いたぼくにかまわず、監督は続けた。
「最初は私も役者だった。だが役者連中はね、夢が終わると消えるんだよ。私も君と同じでこうやってがらんどうの空間に一人立っていたらその時の監督に拾われたんだ」
そういうと監督は煙草を捨ててその場に踏みつぶした。
「――君は私と同じように夢をつくる役に任命されたんだ。来なさい」
ぼくは呆然としながら監督の後ろをついていった。
何も理解できないが、一つだけわかったことがあった。

この映画は、恐らくよくできた悪夢だったのだなと。

終わり

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます