【小説】私たちはいつだって全力だった

 女子高生は勉強に友情に恋愛に大忙しだ。いつだって、そのすべてを全うしてこそ高校生というものだろう?
 何もかも手を抜けない。今が最高潮に楽しいんだから。楽しまなきゃいけないんだから。せっかくの人生を無駄にしてはいけない、それこそが私たち『女子高生』に課せられた使命なのだから。

 この手記には、そんな全力で生きた女子高生のちょっとした日常が書かれていた。

***

 みそらは今年、高校2年生になった。彼女はいつも凛としており、近寄りがたいようなオーラを纏っている。しかし、そんな彼女が唯一、気軽に笑って過ごす相手がいた。
 それが、しおみとしょうこというみそらと同級生の二人だった。

 しおみはいつも泣きそうな顔をしており、気の弱そうな女の子。初めはみそらの放つオーラに圧倒されて泣きそう、というかすでに泣いているときが多かったが、今ではみそらに泣きつくほど懐いている。
 しょうこは反対に気の強い子で、いつも何かと不満を抱えている。しおみのメソメソした態度が鼻につくときもよくあるようで、しょうこがしおみに文句を言ってしおみがみそらの背に逃げるといった現場がしょっちゅう目撃されている。
 そんな二人の様子が可笑しいのか、みそらはよくそのやり取りを笑って見ていた。

 一年前、仲良くなってすぐの頃、しおみが泣きながらみそらに縋ってきたことがある。

「すぐ泣いちゃってごめんなさい…でも嫌わないで…」

 みそらはその言葉に少し驚いたのち、フッと笑って彼女の二つ結びの髪を持って彼女の鼻の下に当て、髭のようにした。
 突然そんなことをされ、慌てる様子のしおみを見て声を出して笑った。

「嫌わないよ。嫌ってたら隣になんていないでしょ」

 人と仲良くしたくないわけではないみそらは、自分を好いてくれるしおみの隣を心底心地良く感じていた。
 授業のグループワークにて同じ活動班になって以来、しょうことも一緒に過ごすようになった。しょうこが心からしおみを嫌っているわけではないことを分かっているからこそ彼女たちのやり取りも笑って見ている。


 勉強も友情も全て手を抜かずにやってきた。三人でいれば何でもやれる気すらしていた。

「恋愛だけはお手上げだね」

 しょうこが某コーヒー店のカフェラテを飲みながらふと言った言葉にハッとした。たしかに、勉強と友情は全うしているが、恋愛だけは妙に疎かった。
 しょうこはたまに告白してくる男子と付き合っているらしいが、飽きっぽい性格が仇をなしてか、なかなか長く続いているところを見たことがない。本人曰く、中学の頃からずっとこんな感じだとか。

「それでも、この三人の中では唯一恋愛をしているんだし、しょうこは自信持ってもいいんじゃない?」
「んー…付き合ってはきたけど、恋はあんまりしてなかったかもなーって」

 そういったことに疎い人生を送ってきたみそらとしおみには付き合うことと恋愛の違いが分からなかった。

「好きだから付き合うんじゃないの…?」

 おろおろとしながら尋ねたしおみに、しょうこは分かってないなと言わんばかりの大きなため息をついてみせた。

「他の世間一般はどうか知らないけど、私は言われたから付き合ってきたの。こういう人案外いると思うよ」
「そ、そういうものなんだね…」
「あんたみたいに好きで勉強やってる人間が一定数いるのと一緒」

 そう言い放ってまたカフェラテを一口飲んだ。
 しおみは俯いてそういう世界もあるのかと考え始めた。恋愛も、形は一つじゃない。全員が全員好きな人同士でいられるわけじゃない、好きな人に一途な人間だけじゃない。好みですら千差万別なのだから、価値観も同じものばかりというわけではないだろう。

 勉学に友情に恋愛。どれも欠けてはならない人生を構成する大切な要素。
 みそらは常に持ち歩いている手帳を開いた。1ページめくると見開きいっぱいに『全力で生きること』について書かれている。

 みそらは静かに生きてきた。誰とも深くかかわらず、程々に生きてきた。そうやって誰かと群れて生きる必要はないと感じていたから。
 だが、高校に上がる頃『いろいろなことに全うするべきだ』と気づいた。それからはしおみと仲を深め、しょうことも共に過ごすようにした。勉学も手を抜かず、得意なしおみに助けてもらいながらやってきた。
 恋愛ばかりは一筋縄ではいかなかったが、興味をもち、話を聞くだけでも楽しいと思えた。いつかはそういった間柄の人が出来るだろう…出来たらいいなと思い始めていた。


 その日の放課後、午前中とは打って変わってひどい雨が降っていた。
 天気予報ではたしかに午後から豪雨に見舞われると言われていた気がするが、家を出る時、あまりにも晴天だったために傘を置いてきてしまった。

「ねぇ、少し学校で雨宿りしていかない?少しすればきっと弱まるよ」
「そ、そうだね…私の折り畳み傘じゃ三人入れないし…」
「まぁ、いいけどー」

 唯一折り畳み傘を持ってきていたしおみもみそらに誘われて教室へ戻っていった。
 教室の中には三人だけ。他の教室にも残っている生徒は数えるほどだった。
 激しい雨音だけが響き渡る校舎でいつも通り他愛もない話をする。ふと、話が途切れた時、みそらの左耳についている真紅のひし形のピアスがぼうっと光った。

「ねぇ、二人とも」
「…どうしたの、みそらちゃん?」
「世界を脅かす敵が現れたら、私と一緒に戦ってくれる?」
「…何言ってんの?第一、なんでみそらが戦う前提なの…」
「人生は、すべて全うしてこそ、だよね?」

 みそらのピアスがゆらゆらと不気味に光る。目が離せなくなり、次第に二人はみそらの質問に頷き始めた。


 すべて、全力で。何においても手を抜かず、すべてを楽しまなければいけない。勉強も、友情も、恋愛も……命がけで戦うことも。


 雨音に雷鳴も混ざり、外が一層賑やかになってきた。雨は弱まるどころか強くなっていっているようにも感じる。外を眺めながらしょうこはみそらに尋ねた。

「みそら、なんで学校に残ろうなんて言ったの?天気予報だとしたら大外れだけど」
「なんでかな…二人と一緒にいたかったのかも」
「なにそれ、変なの」

 しょうこは苦笑で「でもこれじゃあ当分帰れないね」と呟いた。
 雨脚は下校時間のときより強くなっており、あの時多少濡れながらでも帰っておくべきだったと後悔できる程度には最悪な状況になっていた。


 日も暮れる時間になり、先ほどより一層外が暗くなってきた。雨もある程度止んできて、三人もそろそろ帰ろうかと昇降口まで降りてきた。

「いつの間にか、こんなに暗くなっちゃったね…」
「たまにはいいじゃん、友達と駄弁るだけも青春だって」

 しおみの言葉に笑って応える。
いつもと変わらない、彼女たちのそんなちょっとした日常。


 ━━━━━━ のはずだった。


 昇降口から少し出て雨の様子を見ていると、フッと雨が止んだ。ついさっきまで絶えず降っていた雨が不自然に突然止んだ状況に唖然としていると、立っているのもやっとなほどの激しい地響きが起こった。

「な、なに!?」
「校舎から離れた方がいいよ!」

 しおみの声に頷いて校庭に出た三人。突然止んだ雨に激しい地響き、現実味の感じられないことが続く中、校庭の周りは眠っているかのように静まり返っていた。

「何が起こってるの?誰も騒いでるようには見えないし」
「そもそも誰も見えないけど…」
「とにかく、先生か誰かに指示を━━」

 二人が校舎に向かおうとした瞬間、みそらの左耳のピアスが視界が真っ赤に染まるほど激しく光った。
 目を瞑って、少し経ち目を開けるとそこには制服ではなくドレスのような服を身にまとい、身長ほどある大きな杖を持った友人がいた。自分も制服からはかけ離れた服装と手に大きな杖を持っていた。

「さっきから何が…」
「二人とも、あれ見て」

 みそらの指さした方向に目をやると、ビル街の屋上に足が竦むような異形の化け物が居座っていた。
 三人とも呆然と立ち尽くしていたが、この状況を放置してはいけないこと、このままではこの町、世界が危ないと直感で感じ取っていた。

 この世界を救えるのは自分たちだけだと。

「二人とも、さっき聞いたこと憶えてる?」
「…世界を脅かす敵ってやつ?」
「戦おう、私たちならできるよ。」

 みそらが杖を振ると身体がふらッと宙に浮いた。

 誰もが一度は憧れたことのあるだろう魔法使い。魔法がなんで使えるのか、どうやって使うのか。誰にも教わっていないのに三人はなぜかこの異次元の力を使えた。
 服装が変わったことも、魔法が使えることも、現実だとは思えないのにすっと受け入れられた。

 誰もこれ以上の疑問を口にすることなくビル街まで空を飛んで向かい、異形がいる屋上に降り立った。

 異形は校庭から見たよりもはるかに大きく、自分の杖を持つ手が震えているのが分かった。
 どれだけ魔法が使えるようになったからといって、目前にある死に自ら立ち向かうのはどう考えても恐ろしかった。それでも、立ち向かわなければいけないという強い使命感が三人を襲っていた。

「あんたが何者かも何が起こっているかもわからないけど、倒させてもらうよ」

 しょうこが異形と相対し、杖を向け宣戦布告した瞬間、異形がぐるんとしょうこへ顔を向け青い閃光を口から出し訳も分からぬまま衝撃波と共に後ろへ吹き飛んだ。

「しょうこ!!」
「ダメ!二人とも…ッ!!」

 ペントハウスに衝突し、呻いているしょうこに駆け寄るみそらだったが、その背にもう一度口を開き、その中を淡く光らせる異形。
 しょうこを抱え、逃げる体勢を取ろうとするみそらだが、骨を折ったのかしょうこが立ち上がることができず、なかなか手こずっていた。
 その様子を見て間に合わないと察し、しおみは早急に杖を手に詠唱し始めた。

 それまでの人生で魔法なんてものに一切触れてこないどころか、存在すら知らなかった少女がなぜ詠唱できるのか。それは本人を含め誰にもわからない。
 ただ、彼女の脳内には溢れるほどの魔法の種類とどの言語かもわからない呪文があった。

「吹き飛べ、」

 その言葉と共に彼女の杖からは緑色の閃光と波動が、同時に異形の口からは紫色の閃光と波動が巻き起こった。


 咄嗟に目を瞑った二人が恐る恐る目を開けるとそこには、杖を足元に落としたまま仁王立ちで微動だにしないしおみがいた。
 彼女の足元では、ぼたぼたと血だまりが広がり続けている。

「しおみ…?」

 みそらの呼びかけに応えることはなく、代わりに静かにその場に倒れた。息は辛うじてあるようだが、身体中から血を流しており、以前までのしおみの面影はまるでなくなっていた。

「しょうこ、行くよ。一旦体勢を立て直さないと」
「待ってよ、しおみが…!」
「もう助けられない!私たちだけでも…やらなきゃいけないんだよ…ッ」
「いや…しおみ!!しおみぃ…!」

 ふらふらとした足取りのしょうこを支えつつ、屋上から飛び降りた。
 風魔法を使い地上に降り立つと、隣のビルを目指した。異形は現れてから今まで一度も動いた様子はなく、屋上に張り付いているようにも見えた。視界から一度消え、背後から狙おうと考えた。

 いくら魔法を扱う力と知識が身についたとはいえ、彼女たちはつい数十分前まではただの日常を謳歌する女子高生だった。自分たちよりはるかに大きく、はるかに強い力を操る異形の存在に正面から立ち向かって勝てるわけがないことは分かっていた。

「少しでも、頭を使わないと…世界を守れない」

 今この瞬間に置いて、彼女たちの命は世界の平和の踏み台となるべき価値しかなかった。


 路地裏を進んでいると、上から爆発したような音が聞こえてきた。続けて何度か音が聞こえてきた。

「しおみが…戦ってる…?」

 異形が暴れているだけとは考えずらかった。残る可能性は、しおみが異形と戦っているということだけ。あの状態のしおみにまだ戦えるほどの力が残っているとも考えずらかったが…

「しおみがまだ生きてるかも…!みそら、加勢に━━」

 意気揚々と話していたしょうこの背後でドサッと何かが落ちる音がした。その音は重く、つぶれるような音も重なって聞こえた。

 後ろに振り向くのが怖かった。二人は見ずとも『それ』が何かなんとなく分かっていた。
 あの状態で戦えるわけがない、でも、確かに戦っている音が聞こえてきた。ただ一人で、最期の力を振り絞って大好きな親友のために体を起こした少女の勇姿の果てがそこにはある。


***


 振り返れば、短く、ある程度満足のいく人生だったと思う。周りは自分にうんざりしていたかもしれないが、自分にやれることはすべてやったつもりでいた。
 面倒な性格の自分をいつも隣に置いていてくれた二人には感謝してもしきれなかった。だからこそ杖を構えた。強大な敵に立ち向かった。

 我ながら良い終末だったと思う。

 目の前が紫の光で満ちたときの絶望感と、「二人は無事か、自分がもっと強ければ」という失望感で胸には後悔の念が立ち込めていた。もうどうにも動かない身体で二人の逃げる姿を見送る。

「(ああ、これで私の全てが終わった)」

 そんな思考の中、視界の隅に映ったのは口の中に先ほどの紫の光だった。
 自分に確かな居場所を与えてくれた二人に何もできなかった自分をいつまでも悔やんでいた彼女は今この時が最高の好機だと思った。返せなかった恩を返す時が来た。

 ついさっきまでピクリとも動かなかった身体が立ち上がれるほどの力を発揮した。まだ戦える。まだ、二人の役に立てる。

 もう一度杖を構えたしおみは詠唱し、異形の注目を一身に浴びた。

「私の最期の全力…この身も魂も、命も力も…全部全部ぶつけてあげる」

 ふと思い出した感情、「なぜ私たちが戦っているのか」。答えを教えてくれる人なんて死ぬ瞬間になっても現れはしない。その絶望感からか、目前に迫る死への恐怖からかいつしか彼女の視界は涙で歪んでいた。

「もっ、と…生きた、かった…なぁ…」

 彼女の放った16連撃は的に当たるまで追い続ける追尾型魔法。自らの死後に託した最後の魔法は彼女の意志通り異形にダメージを与えた。
 しかし異形の放った黄色い波動も的確に彼女を貫いた。

 その瞬間までしおみの息がまだ続いていたかはわからない。ただ、彼女の意志と二人への愛が異形とこの状況へ一矢報いたことだけは間違いなかった。


***


 意を決して振り向いた先に見えたのは想像を遥かに超える惨いかつての友人の姿だった。杖を持つ手が震え、抑えきれない怒りは涙と叫びに変わってしょうこから溢れ出た。

「ぶっ殺してやる…」

 詠唱し始めたしょうこの身体からミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。痛みと怒りに顔を歪めるが、それでも詠唱を続け、終わる頃にはみそらに支えられていないと立つことすら出来なかった身体が浮くほど軽くなった。

「身体強化魔法…私にあいつを殺す力を」

 
 浮遊魔法を使い、目的地であった隣のビルの屋上へ辿り着くと予想通り異形の裏へ回ることができた。
 杖を構え、詠唱を始めようとするしょうこを手で制し、じっと異形を見据える。

「みそら…?何で止めて…」
「一斉に攻撃しよう、あれ見て」

 みそらの指さした先には異形の身体に空いた向こうが見えるほどの大きさの穴があった。先ほどのしおみの最期の魔法が全弾的中し、16個もの穴が空いていた。

「16連撃、きっとしおみの魔法が効いたんだよ。あと一押し、確実に入れるために同時に攻撃する」

 みそらはしょうこを一瞥もせずにそう言った。その眼には覚悟の色が浮かんでいた。しょうこもその言葉に秘められた本当の意味を理解していた。

『どちらかが犠牲になって異形を倒す』

 ありがちな囮作戦。そこに一切の情を持ってはいけない。たとえ、それを遂行する仲間が大好きな友人だとしても、この世界を守るために命を懸けることを躊躇ってはいけない。

「…どっちがあいつを振り向かせても恨みっこなしだからね」

 しょうこの声が震えているのが痛いほど伝わってくる。友人を失い、今からもう一人の友人か、自分自身がいなくなる恐怖は、いくら魔法が使えるようになったとはいえ、ただの女子高生にはとても耐えられないものだった。

 それでも彼女たちは杖を握りしめ、一心に目の前にそびえる強敵に向き合った。しょうこはその場で詠唱を始め、みそらは空高く飛び、上からの攻撃を試みる。

 しょうこの唱える魔法は彼女たちの使える魔法の中で一番攻撃力の高い斬撃魔法。命中すれば一撃で倒せるほどの威力があるが、しおみが放った16連撃とは違い、追尾式の必中魔法ではない。魔力消費も激しく、恐らくこの一回が最初で最後のチャンスとなる。

 対してみそらは空中より魔力消費の比較的少ない魔法の詠唱をする。空中ならある程度の攻撃を回避できると踏んで、数を打つというしょうことは反対の戦い方をする。

「撃て」

 みそらの声と同時に二人の杖からはそれぞれの攻撃が放たれた。

 しょうこの魔法は確実に異形の身体のど真ん中へ向かっていた。異形は未だに二人の方へ振り返ることはなく、背を向けている。

「行った…ッ!!」

 喜びで笑顔がこぼれたしょうこだったが、次に彼女の目に映ったのは先ほどまではなかった異形の腕と体の向きを変えていないはずなのにしょうこを見据える顔だった。

「え…」

 しょうこが行動する隙もなく異形の手は斬撃を受け流し、しょうこの身体を掴んでいた。身体強化魔法で治した骨がまたも折れる音が響く。痛みで喉が切れるほどの叫び声と血の混じった涙が溢れ出る。

 その時、異形の頭の一部が吹き飛び、叫び声と共に握っていたしょうこを屋上に叩きつけた。続けて同じ魔法が異形を貫いていく。異形が叫んでいる間に次の魔法の詠唱を始めるみそら。

 叫び声をあげながら異形が口に魔力を貯め始める。黄色い閃光が照らす先は攻撃を続けるみそらではなく屋上で息も絶え絶えで悶えるしょうこだった。
 異形に狙われていることは分かっていたが、もうどうすることもできなかった。ただ、『異形を振り向かせた』のが自分だっただけ。この世界を守るための土台に選ばれただけ。今はせめて、異形の興味を自分に惹き付けてみそらの攻撃する隙を作ること。
 彼女の斬撃魔法は異形に受け流されたとはいえ、掴まれていない方の腕を切り落とすほどの威力があった。

 爪痕は残した。最期の仕事はこの場でみそらのために、この世界のために命を捧げること。
 異形の口の中の淡い光を見てしょうこは静かに笑った。


 耳を劈く轟音と共に、視界が塞がれる感覚があった。ペントハウスが壊れ、瓦礫がガラガラと音を立て崩れる。
 その音を聞き、目を開けると上半身がなくなりパラパラを灰になっていく異形と両腕を失い、血まみれで動かなくなったみそらがいた。

「みそら…?みそら…」

 動かなくなったみそらに手を伸ばすが、その手に応えてくれる彼女はもういない。



 
 数分前、異形がしょうこに向け攻撃しようとしていたのをみそらは空中からただ見ているだけだった。詠唱を終え、魔法を放てばこの戦いは終わる。三人の魔法は確実に異形にダメージを与えていた。

 この戦いが終わるまでは無慈悲に、勝つことだけを考えていようと思っていたのに、しょうこが笑っているのが見えた。

その微笑を見て思い出した。

 戦いに身を投じる同志という以前に、自分たちは心を許し合った大好きな親友だった。困難にも危機にも駆け付け助ける。親友とはそういう存在だった。
 気づけばしょうこと異形の間に立っていた。詠唱も完了し、あとは真正面からぶつけるだけ。全力で生きてきた。後悔はない。
 強いて言うならこんな戦いに身を投じなければこれからも三人で楽しくやれていたのかもしれない。そんな物寂しい思いが胸を埋め尽くした。

「…私たちは、いつだって全力だった」

 唇を噛みしめそう呟いたみそらは最期の魔法を放ち、同時に異形の口からも黄色い閃光と波動が巻き起こりみそらを埋め尽くした。




 最期の一撃で相打ちになったみそらは腕を失い、血に染まった状態でピクリとも動かなくなっていた。
 横たわり、動くことができないしょうこはそんなみそらとついさっきまで異形の化け物に町の平和が脅かされていたとは思えないほど静かになった目の前の景色を見つめながら静かに涙を流した。

 ビルの屋上で激闘を繰り広げた彼女たちの周りにはほんのりと温かさを残した血だまりがいくつも広がっていた。しょうこの前には腕を失くし動かなくなったみそら、そしてビルの下の路地には息をしなくなってずいぶん経ったしおみが倒れている。
 しょうこだけまだ辛うじて息をしていた。だが、もう痛みすら感じない彼女に残された時間は長くなかった。


 しょうこは回らなくなってきた頭でこれまでのことを思い出していた。誰にも素直になれなかった自分を心から恨んでいた。それでも、こんな自分と仲良くしてくれた2人がしょうこは大好きだった。最後の最後まで言えなかった、二人は自分を庇って先に死んでいった。考えれば考えるほど涙が止まらなかった。
 もし戻れるなら、次は2人に素直に言いたいことを言える自分になりたい。そもそももう一度2人に会えるだろうか。

 ふと、みそらの近くに落ちていた手帳に目が行った。そういえばみそらはいつもあの手帳を持ち歩いていた気がする。
 何とか最後の力を振り絞って這ってみそらのもとまで行き、その手帳を開く。中にはいつも彼女が言っていた言葉が書かれていた。

『女子高生は勉強に友情に恋愛に大忙しだ。いつだって、その全てを全うしてこそ高校生というものだろう? 何もかも手を抜けない。今が最高潮に楽しいんだから。楽しまなきゃいけないんだから。せっかくの人生を無駄にしてはいけない、それこそが私たち『女子高生』に課せられた使命なのだから。』

 全力で生きてきた。紛れもなく私たちはいつだって全力だった。できることはすべてやってきたはずだった。でも、胸にはたくさんの後悔が残る。

「もっと、やりたいこと、たくさんあったのにな…」

 しょうこはそう言い残し、静かに目を閉じ、その短い生涯を終えた。
 彼女たちが命がけで守り、見ることができなかった朝日が、いつの間にか戦闘衣装から制服姿に戻った彼女たちの最期の勇姿を照らしていた。

 全力で生き、すべてを全うした。その信条に従って、そこに17年を賭して、この先の数十年を賭して、文字通り全力で彼女たちは生きた。



 そんな彼女たちの生き様は、未来へ引き継がれていく。



***

 屋上に足を運んだみりんはその惨状に目を丸くしていた。制服姿の女子高生二人の血に塗れた死体と屋上全体に広がる血だまり。その横の路地を覗くともう一人同じ制服を着た女子高生の死体があった。

 そんな中、彼女の視線はその一人が持っていた手帳に行っていた。手に取り1ページ目を開くと死んだ目をしていたみりんの瞳に生気と輝きが戻って来た。

「いいね、まだ死ぬには早いかも」

 みりんの携帯が鳴る。相手を見て一つため息をつくとスカートのポケットに手帳をしまい、屋上を後にした。



私たちはいつだって全力だった end.



To be continued?




後日あとがき投稿予定

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