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「幸せになってはいけない、なぜなら文章がつまらなくなるから、と思っていました」

「書く喜び」を少しずつ取り戻し、待望の新連載も無事に始まった、尾崎ムギ子氏。その様子をみて、安堵する編集者。書くこと、取材すること、ライターであること、編集者であること、プロレスを見ること、生きること。「等身大」でそれらについて語ること。私たちはどこへ向かうのか。プロレス往復書簡、第7回。ゴングは鳴らず、ゆっくり始まります。

前回のプロレス往復書簡

黒田さんへ

 前回のお手紙、とてもいい文章でした。あれだけ書けると気持ちいいでしょう? 少し羨ましくも感じました。悩み、もがき、苦しみ、ようやく紡ぎ出された魂の言葉は、こんなにも人の心に響くんだなあと改めて思いました。

「プロレスファンは、推しが燃えるどころか落ちる」――。わたしも以前、推しが闇落ちしたことがあります。ノアの中嶋勝彦選手です。インタビューしたこともありますが、本当に心の優しい方で、「ヒールなんて似合わないよ……」とショックでした。でも中嶋選手はヒール転向してから、どんどん輝きを増していったんですよね。ジェイク選手もそうなることを切に願っています。

 さて、いよいよ「最強レスラー数珠つなぎ・女子レスラー編」のインタビューが始まりました。一人目のレスラーは、スターダムの白川未奈選手。「推しに近づきすぎたオタクはもれなく死ぬ運命にある」と言っていた黒田さんがついに推しとご対面したので、死んじゃうのではないかと心配していましたが、無事生きているようでなによりです。

 白川選手、素晴らしい方でしたね。明るくて、ヘルシーで、周りをハッピーにする不思議なオーラがあり、芯が強く、自信に満ち溢れている。あとめちゃくちゃ可愛い。まさに「最強レスラー」と呼ぶに相応しい人だと思いました。女性ならではの話もたくさん聞けて、女子プロレスを連載のテーマにして本当によかったと思えるインタビューになりました。

 実はわたし、ずっと女子プロレスについて書きたいと思っていました。でもこれまで書かずにきたのは、雨宮まみさんの存在があったからなんです。

 雨宮さんは女子プロレス、とりわけ里村明衣子というレスラーに惚れ込んでいました。雨宮さんの書く女子プロレスの文章は本当に美しかった。里村選手の本を書こうとしていて、インタビューも終えていたそうです。そんな矢先に……。同じ女性ライターとしてものすごくショックでしたし、雨宮さんの死をもって、わたしの中で女子プロレスは封印されました。わたしなんかが踏み込んだら、雨宮さんが描こうとしていた美しい世界が汚れてしまう。そう思いました。

 でも先日、映画監督の今田哲史さんとやり取りする中で、「尾崎さんの文章を初めて読んだとき、真っ先に雨宮さんを思い出しました」と言われたんです。今田監督は雨宮さんと親交があったそうで、恐れ多くも「自らの血で綴るように書く姿が似ている」と言ってくださいました。

 わたしは今田監督の『迷子になった拳』に救われた人間です。あの映画のおかげで、この先も文章を書き続ける覚悟ができた。そしてちょうどそのとき、わたしと黒田さんは女子プロレスに夢中になり始めていた。偶然とは思えないんです。雨宮さんが天国から、「あなたも書いていいんだよ」と言ってくれているような気がしてならないんです。

 3.3スターダム日本武道館大会は、お客さんの8割、いや9割が男性でした。帰り道、「もっと女性に女子プロレスを観てもらいたい! 女性ファンを増やすのがわたしたちの使命だ!」という話をしましたね。男性を排除するつもりはまったくないですが、あの素晴らしい闘いを、同性である女性が観ないのはあまりにももったいない。

 伝えていきましょう、女子プロレスの魅力を! 雨宮さんのような美しい文章は書けなくても、不器用でも、愚直でも、わたしは伝えていきたいです。

尾崎ムギ子

ムギ子さんへ

白川選手はすごいもう可愛いカッコいい大好きなので、本当に、挙動不審になってしまいました。
推しがほんの少しでも私なんかのことを認識すると、脳の容量を使わせてしまうので、インタビュー当日は行くのをやめようと思いましたが、行かないと、今度は社会人として屑になってしまうので、本当に困りました。
もう社会人を9年ほどやっていますから、さすがに行きましたが……。

白川選手、私が着ているパーカーを見て「BLACKPINKだ~!」と触れてくださいました。すごくうれしかったのに、次の瞬間、「私などが着ているパーカーに突っ込むことでこのお人の脳の容量を使わせてしまったのか、罪だ」と非常に申しわけなくなってしまい、「キモキモの実」の能力者かな? ってくらい、キモキモな返事をしたような気がします。
一方的に「かわいいかわいいくぁいいいいいすきすきすきすきすききい」という感情を押し付けられるのは嫌だろうし、でもどうしても感情は出ちゃうし……。そんな状況でした、わたくし……。
「推しに会ったら死ぬ」という私の発言。オタクのほほえましいキモ行動だね^^くらいに思われていたかもしれません。しかし、本当にこの人に会ったら、この人から受け取るものが壮大すぎて私には世に還元できない、何も出来なさ過ぎて、絶望して死ぬんじゃないかって思っていたのです。

ところが、私は死にませんでした。ムギ子さんが白川選手にインタビューする席に同席させてもらって思ったのは、「ダメだ、私にはやることができてしまった、死んでる場合ではない!」ということでした。
白川選手は、「女子プロレスがもっと広まってほしい」と言っていました。そのためには、私は死んでいる場合ではないのです。私たちがなぜこんなにも、女子プロレスに魅了されてしまうのか、言葉がすらすら出てきてしまって表現したくなってしまうのか、強く明日も越えられるような気がしてしまうのか……。もっとたくさんの女たちに私は伝えたいと、思いました。

ムギ子さん。雨宮まみさんがのこしていったものは本当に偉大です。
女として生きることから逃げず、真正面から向き合って、「これに対して私がこう思うのはこうだから」と詳細に事実と自身の感情とを余すところなく欺瞞なく言語で表現されています。
その雨宮さんが、女子プロレスについて書くことで、たくさんの救われた人々がいたと思います。女子プロレスのファン層も広がったと思います。
雨宮さんは偉大でした。その雨宮さんは亡くなりました。どう悼めばいいか、若輩者のわたしにはわかりません。

ただ一ついえるのは、雨宮さんが亡くなった今も、雨宮さんが向き合い続けていた苦しみは、この世の中から無くなっていないのです。
これはとっても悲しいことです。女として生きることの困難さ、苦しみ。まったくと言っていいほど、なくなっていません。
雨宮さんが亡くなってしまって数年が経過した今も、女がこの社会で生きることのどうしようもなさとか辛さとかは、解消されていません。私たちは宙ぶらりんなのです。雨宮さんの言葉で救われていた人々は今、どうやって、この世の中をやりすごしているのだろう。

だから、ムギ子さんには書いて欲しいのです。女のために。「最強レスラー数珠つなぎ」を読んで、この人はこんなに苦しそうにしているがプロレスを見てきっと救われるところがあるんだ、私と同じだ、と思いました。そして、その苦しみの要因は、女であることと無縁じゃない。
雨宮さんの書いていたことは、まだ終わっていない。雨宮さんのおかげで、苦しむ女たちの存在が可視化された。だから、今、幸運にも生きている私たちは、ちゃんとそれを引き受けて続けていきたいです。ライター(もしくは編集者)で、プロレスファンで、女子プロレスに心ひかれて、自分自身は女で、女でいることで、楽しかったり辛かったりする。そんな私たちがきっちり引き受けたいです。

「プロレスが好き」と言ったら「元カレの影響?」と笑われたことのある女のために。(別に元カレの影響でもええやんけ。ボケが)
「プロレスが好き」と言ったら、「ふ~ん、夜のプロレスはどう?」とかなんとか、まったく面白くない下ネタを言われたことのある女のために。(おもんないからマジで)
「プロレスが好き」と言ったら、「プ女子ってやつね」と言われて、別に女子強調しなくてよくない? とモヤったことのある女のために。(えっと、ただのプロレスファンなんですが)
「プロレスが好き」と言ったらなんでそんなの好きなのとドン引きされそうで、誰に打ち明けたらいいかもわからない、ただ粛々と現場に通う孤独なプロレスファンの女のために。(推しぃ!!!勝ってくれぇえええ!!!)

いつも自信がなくて、きょろきょろして、目の前の数字に一喜一憂していました。白川未奈選手に話を聴きました。白川選手にとっての強さ。それは、「自分を信じること」。目の前が一気に開けました。私は確信しました。私は自分の感覚を信じます。

ムギ子さん、書きましょう。

黒田

黒田さんへ

 黒田さんが貸してくださった雨宮まみさん原案の漫画『ずっと独身でいるつもり?』(おかざき真理/祥伝社)を読みました。帯に「全女子共感度100%!!!」と書いてありますが、正直、わたしはあんまり共感しなかったんですよ。ものすごくよい作品だとは思うし、共感する女性が多いのもわかる。黒田さんもきっと共感したのではないかと思います。だからきっと貸してくださったんですよね。

 雨宮さんを含め、この漫画に登場するバリキャリ女性たちとわたしとでは、決定的に違う点があります。それは、「お金を稼げていない」ところです。そして、「大して稼ぎたいとも思っていない」ところです。元々あまりお金に執着がないというのもありますが、ライター1本で食べていくのはとうに諦めているんです。

 かつて師匠に「文章を書くことは魂を削ることだ」と言われましたが、まったくその通りで、書くたびに魂が削られていく。大袈裟ではなく、記事を1本書くとベッドに倒れ込んで、しばらく起き上がれなくなります。それなのに、WEBの記事だと媒体にもよりますが、最低月20本は書かないと生活できない。もちろんそれくらい書いている人もいるので不可能ではないんだと思いますが、わたしには無理なんです。「諦めるなよ!」と言われるかもしれないけれど、これはポジティブな諦めです。わたしはアルバイトで最低限の生活費を稼ぎながら、細々と文章を書いていければそれで幸せです。

 そしてこの往復書簡ではあたかも「めちゃくちゃ結婚したい女」風な感じを出してきましたが、たまたま一時的にそういう心境になっていただけで、これまでの人生を振り返って本当に結婚願望があったのって、たぶんトータル3週間くらいなんです。10代の頃から「見ず知らずの男と一生一緒に暮らすなんてまっぴらごめん」と言い続けていて、いまも根っこにそういう気持ちがある。家事は大嫌いだし、子どもは可愛いと思わないし、たぶん結婚したら最も不幸になるタイプだと思います。世間から見たら「結婚しないし、お金も稼げないし、みじめな女」かもしれませんが、わたしは酒飲んでタバコ吸ってプロレス観てれば幸せです。文章を書くことの喜びも思い出すことができて(黒田さんのおかげです)、いま本当に幸せです。

 これまで記事を書く上で「いかに読者に共感してもらうか」ばかりを考えてきました。不幸なことって共感を得やすいので、これでもかと不幸エピソードやコンプレックスをさらけ出してきました。「わたしは幸せになってはいけない。なぜなら文章がつまらなくなるから」とも思っていました。でも最近、べつに読者に共感してもらわなくてもいいような気がするんです。つまり、わたしは幸せになってもいいような気がするんです。女子レスラーの取材を始めて、そう思うようになりました。彼女たちに共感することも、しないこともあって、でも取材がめちゃくちゃ楽しい。ずっと取材が怖くてたまらなかったので、「取材が楽しい」なんてことは自分でも信じられないのですが、とにかく楽しくてしかたがない。女子プロレスとわたしは合っていたんだなと感じます(なぜ合っていたのかは、これから探っていきたいです)。

 なんだかうまくお返事が書けなくてごめんなさい。5年前に書いた女子プロレスの記事があるので、もしよかったら読んでみてください。長与千種が新団体マーベラスを旗揚げ。愛弟子・彩羽匠に託す思い|格闘技|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (shueisha.co.jp)

 この記事を書いたとき、「これからは女子プロレスの記事を書こう!」と思ったんですよね。でもこのとき既に雨宮さんが女子プロレスの記事を書いていたのかな、ちょっと思い出せないのですが、結局女子の記事はこれで終わってしまいました。

 この5年間、いいことも悪いことも本当にいろいろあって、いまようやく「やっぱり女子の記事が書きたい!」と心から思っています。女子プロレスを広めたいという使命感もあるし、なにより女子の記事を書くのが本当に楽しいから。黒田さんと一緒に作品を作り上げていっているいまが、いままで生きてきた中で一番幸せです。

尾崎ムギ子

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