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ロス 共犯者たち

「ここはあの人のお気に入りだったの」
 俺とマダム・サンドラはマイアミビーチのカフェテラスで向かい合っていた。ビルの隙間から覗く夕日が海を輝かせている。絶景の場所だ。
「誕生日にはここに来て、私がプレゼントを渡すとあの人、子供のように喜んだわ」
 マダムは黒い礼服に身を包み、優雅な手つきで紅茶を飲む。今日は彼女の夫の命日だ。
「お調子者で自信家でね。でも気が小さいの。隠し事が手に負えなくなって焦ると、家族に当たり散らすこともあった」
 俺たちの他にテラスは無人。辺りを行きかう人もまばらだ。
「けど最後には私を頼った。自分の体裁を精一杯保ちながら……そう思い込みながら。私は彼を何度も救った。その度に会社の金が、信用が踏みにじられたわ」

「だから、殺した?」

 俺は問いかける。マダムは答えず、微笑みながら俺に視線を投げかけた。試すように。俺は彼女のグレーの瞳、その虹彩の奥深くを凝視する。
「殺し屋ギデオンが銃を持ってリビングに入って来た時、あんたは特に驚きもせず夫の方へと向き直る。知っていたからだ」
「その根拠は?」
「本人に聞いたし、この目で見た」
 マダムは苦笑する。ギデオンの口が軽い訳じゃない。奴には大きな貸しがあった。
「あんたは奴の最期の顔が見たかった。裏切り者の末路を。だが奴は表情を隠すように窓の外を向いたままで……そのまま頭を撃たれて死んだ」
 後頭部から血を流し窓の桟に突っ伏す男をマダムは見つめている。憎むべき男。
 彼と再び相対したのは、葬儀の日だった。棺の中、死化粧を済ませたその表情は穏やかで、酷く懐かしい夫の顔だった。
「……綺麗な顔だ」
「ええ、そうね」
 マダムは黄昏の水平線を見つめる。その横顔から目を逸らし、俺はコーヒーを啜った。ほどよい酸味が、口の中に広がった。
「いいでしょう。用件を聞くわ、覗き屋ロス」
 俺は改めて彼女の方を向き、強かに笑った。
「真言ケミカルに訴訟を起こしてくれ」

【続く】

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