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中戸山 西光院 常敬寺のあゆみ【1】

お寺の寺史について、こちらにまとめていきたいと思います。
(タグ: #常敬寺のあゆみ

現在は新潟県上越市高田寺町に寺基を置く

【はじめに】
 当山の開基は親鸞聖人末娘覚信尼公の子、親鸞聖人の御孫、唯善上人(1253~1317※1)です。
 唯善上人は鎌倉幕府第七代征夷大将軍の惟康親王(1264~1326)の庇護を受け、弘安五年(1282)に相模国の鎌倉常盤(常葉)へ下向し、弥陀本願の正意を弘めんと「弥陀本願寺」と号した草庵※2を結んで門徒教化に尽力しました。

※1…当山寺伝の記述による。【建長五年(1253) 冬の日】。
『恵信尼消息』の記述から読み解いた生まれ年は文永三年(1266)。

※2…宗誓による『親鸞聖人御直弟散在記』(1694)。
また恵空による『叢林集』(1698)。
『親鸞聖人御直弟散在記』には 鎌倉下向以前に
【唯善 鳥部野ヨリ聖人ノ御遺骨ヲ大谷ヘ移シ奉リ、廟堂ヲ造立シ彼地ニ住持シテ大谷弥陀本願寺ト號ス】と、京都東山大谷で「弥陀本願寺」と号した廟堂を唯善上人が造立したと伝える。
そして実悟による『当流諸国坊々事』(詳細な年代不明。天文三年〈1534〉か)は【常敬寺 昔ハ号弥陀本願寺為帰参略之】と、当山の寺号がかつては「弥陀本願寺」だったと記している。

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