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誤読のフランク(改訂版) 第1回 トローリー

突然だけど。ロバートフランクのアメリカンズを1ページずつ読んで行こうという企画をさっき思いついた。うん。そうだな。ここではロバートフランクの研究ではなくて、誤読も含めて写真から何を読めるかということを中心主題として考えてみたいと思う。いわゆる写真論ではなく、写真というものを考える手段、写真をテキスト論的に読んでみたいと思ったりしてる。
どうなるか分からないのですが、とりあえずやってみる。やってみないことには始まらないからだ。

最初は表紙。Trolley New Orleans。

手元の版はスタイデルの普及版かな?2008年出版。
表紙に使われてるのはロバートフランクといえばコレ!みたいに有名なトローリーの写真。ゆっくり見てゆく。
真ん中の子どもの表情が最初に目に止まる。黒人白人が同じバスで同じように窓枠に一人ずつ見える。タイトル通り、トローリーバスの写真。

この本が出版されたのは1958年。ロバートフランクがこの写真集に収められている写真を撮りにアメリカを旅したのは1955年〜56年。
ちょうどこの頃、兆しを見せ始めた公民権運動は1953年頃から徐々に広まって行く、そうした時代だった。
ニューオリンズのあるアメリカ南部ではこの写真が示すように座る位置が決められていた。前の方は白人、後ろの方は黒人という風に決められていた時代だった。
ちょうど1955年。バスに乗った黒人女性が白人の席に座り、動かなかったことから逮捕された事件(ローザパークス事件)が発端となり全国に広まったといわれている。で、いきなりなんでそんな話から始まったかというと、この写真がそんな時代を非常によく表してる写真だからだ。

少し不安そうな真ん中の少年と、その隣で泣いているのか怖がっているのかわからないけど、妹か弟かの幼い子供。
ひとつ前の席には気難しそうな中高年の女性。そして、その前には窓ガラスの反射でよく見えないけれども、真面目そうな男性の姿もある。子供たちの背後は親なのか、他の客か、中腰の人物の姿も見える。

場所はニューオーリンズ。トローリーというキャプションがついていて、日本で言えばちんちん電車みたいなものか。
場所はニューオリンズ市街地で観光地のように見える。よく見ると彼らの上側のガラスの反射があり、様々なものが写っていて、でもはっきりと判別できない。ガラスが反射してる様子から見ると手前側は、つまりロバートフランクの背中側にはパレードか何かが行われてるのではないかと思われるが、子供の表情からすると怖いことが起こっているのかもしれない感じもする。事故とか火事とか。
でも、順当な考えて、お祭りのパレードとでもとりあえず考えて置いた方が良いか。

構図を見ると窓枠のグリッドがよく機能している。フレームインフレームで、そのフレームにポートレートがひとつづつ並んでる。
この窓枠のグリッドの中に人々物事が全て入っている様は、一枚一枚が写真そのものを想像させもするし、多様性のある人物が社会的な存在であることも窺わせる一枚になっていると思う。そして、そのグリッドシステムのポートレートの表情に加えて、抽象化されたグリッドの中の映り込みがあり、全体的に平面が強い写真だけど複雑な構成になっている。

さらによく見ると画面の下1/3。トローリーのボディの暗い部分。
ガラスの映り込みと同じようなひと影がなんとなく見えるような感じがする。もしかすると車の影かも知れない。この写真はトローリーと並走する車から撮ったのかも知れない。
やもすると、つうか、あえて誤読の道を選ぶと、ロバートフランクの後ろにあるのは火事かも知れないとも思う。
乗客の不穏さはただ事ではない上に、写り込みから考えると、カメラの背後には強い光があるようにも見えるからだ。泣きそうな子供の表情。何かを見ている乗客たち。

この不穏さは引き続き次のカットに続いてゆくように思える。この不穏さがアメリカンズを通してロバートフランクの視線、眼差しを象徴しているように思えるのだった。

ニューオリンズのトローリー。検索してみると、今でも同じような電車が走っている。そうか。考えてみたら、当時はエアコンはバスに備え付けられていなかった。だから窓が開け放たれてるのだ。

ああ、こんなバス。いかにも観光地だ、なんて感じてしまう。
NO、行ってみたいなぁ。

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