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トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【4/8】

トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【3/8】からの続きです。

トータルオフェンスシステムを構築するための視点

3.流動(相対)スロットと固定(絶対)スロットの選択

では、ここで流動スロットシステムと固定スロットシステムのどちらが優れていると言えるか考えてみたい。

もちろん、それはセッターやアタッカーの技術レベルやカテゴリー、チームが採用しているゲームモデルなどのさまざまなものから影響を受けることは間違いないだろう。

しかし、「いろんな答えがあるよね!」「それぞれのメリットとデメリットがあるよね!」

という結論ほど意味がなく、面白くないものはない。本記事では一つの考えとして私の持論をお届けしたいと思っている。今後またこの考えに変化が訪れるかもしれないがそこはご了承いただきたい。私の持論は以下の通りである。

現代バレーボールにおいては『固定スロットシステム』の採用が合理的である。

では、ここからは3つに分けて、固定スロットシステムの合理性について語っていきたい。

①シンプルである

まず、一番最初に言いたいこと。それはシンプルであるということ。

1本目の返球位置がセッターの定位置からズレるなど、理想とは違った状況であったとしても、アタッカーは常にチーム内で決定したスロットに攻撃参加すればよく、セッターも常にそのスロットへボールを供給すればよい。コート内のプレーヤーがチーム内のプレー原則を理解し、それに従ってプレーすればシンプルに機能するシステムとなるだろう。

ただ、これはチーム内でスロットの概念が浸透して、かつ9つのスロット位置感覚をプレーヤー体得しているということが前提となる。

②常にアタッカー間のスロット間隔を維持できる

常にアタッカー間のスロット間隔を維持することができる。

これは先述したシンプルであるがゆえのメリットと言うことができるかもしれない。ボールがセッターの定位置にうまく返球されるケースであれば、流動スロットシステムを採用していたとしても、各アタッカーのスロット間隔を維持することはできる。しかし、流動スロットシステムでは返球位置が定位置からズレてしまうとアタッカーのスロット間隔が一定に保たれなかったり、アタッカー同士のスロット被りが起こってしまったりして、チームとしてのオフェンスシステムが機能不全に陥る可能性が出てくるのである。

しかし、固定スロットシステムであれば返球位置がずれたとしても、アタッカーが攻撃参加するスロット間隔に原則変更は起きないためこのような事態に陥ることはないのである。


さて、ここで次のような疑問が読者の頭の中には浮かんできたかもしれない。


そもそも、常にアタッカー間のスロット間隔を維持すること
は重要なのか?


答えはイエス。重要なのである。


下記に例を挙げて考えてみよう。

まず、隣接するスロットで2名以上のアタッカーが攻撃するケースを考えてみよう。このケースだと、ブロッカーはほとんど同じ位置から跳ぶことによって2名のアタッカーに対応できてしまう可能性が高い。つまり、移動する時間を必要とせずに素早く2名のアタッカーに対応できてしまうのである。ブロッカー心理から言えば、まさに”一石二鳥”である。

次に、アタッカー間でスロット被りが起こったケースを考えてみよう。このケースだと、1名のアタッカーは衝突を恐れて自身の攻撃に全力で集中することができなくなる。場合によっては怪我の恐れて攻撃参加すらできなくなってしまうかもしれない。これが意味するのは攻撃の選択肢が1つ減ったということである。また、もしスロット被りしながらも2名のアタッカーが攻撃参加できたとしても、先述した通りブロッカーは移動する時間を必要とせず2名のアタッカーに対応できてしまう。さらに最悪の場合、アタッカー同士の接触によって重篤な怪我が発生することだってあるだろう。

このように、流動スロットシステムを採用した場合、セッター定位置から返球がズレてしまうことで、これらの状況が往々にして起こってしまうのである。仮にアタッカーが4名攻撃参加していたとしても隣接するスロットから2名が攻撃参加していれば、ブロッカーにとっての選択肢は3名と同じ状況に近づき、スロット被りが起こっていればそれはほぼ3名と同じようなものとなってしまうわけである。

しかし、固定スロットを採用すれば、最初にスロットの間隔が確保されていることが前提ではあるが、返球位置がズレたとしてもブロッカーの選択肢の数を常に最大化させることができるだろう。現代バレーボールにおいて、チームオフェンスを考える際にはいかにして相手ブロッカーの判断、そして初動のタイミングを少しでも遅らせることができるのかという視点が欠かせないのだ。

この点については"ヒックの法則"を理解していることは不可欠である。ヒックの法則とは2つの選択肢を最小として、3つ、4つ、5つ・・・と選択肢が増えれば増えるほど、人の意思決定にかかる時間は長くなっていくという法則である。

③コミュニケーションミスが起こりづらい

固定スロットシステムではチーム間、特にセッターとアタッカーとの間におけるコミュニケーションミスが起こりづらい。

まずは、1つ具体例を見てみよう。

1本目のボールがスロット0に返球され、スロット1からのファーストテンポによる攻撃を行うことになる。一般的にAクイックと呼ばれる。そして、固定スロットシステムでは、1本目のボールがスロット2に返球されても、スロット1からファーストテンポによる攻撃を行うこととなる。一般的にCクイックと呼ばれる。

この具体例から分かるように、固定スロットシシステムにおいて一般的な攻撃の俗称(Aクイック・Bクイック・Cクイックなど)は意味をなさない。重要なのはスロットとテンポによって定義されるオフェンスサインである(テンポについては後ほど触れる)。

しかし、流動スロットシステムを採用し、返球位置に依存し攻撃サイン(Aクイック・Bクイック・Cクイックなど)が変わるとすれば、そこには瞬時のコミュニケーションが求められる。このことはプレーヤー、特にセッターにとっては大きな認知的負荷となり、それらの負荷は積もり積もって終盤の重要な場面でコミュニケーションミスを生むかもしれない。

これに対して固定スロットシステムでは、定位置にボールが返球されない状況であってもチーム内で各アタッカーがそれぞれの攻撃参加スロットを把握さえしていれば、即座的なサイン変更、つまり瞬時のコミュニケーションは必要なくなる。

では、「即座的なサイン変更が必要ない」ということは何を意味するのかさらに深堀りしてみよう。セッターならびにアタッカーがそれぞれが最高のプレーを実現するための必要な情報収集や判断・実行により多くの労力を割くことができるということである。チーム内で、”必要のない”瞬時のコミュニケーション時間を省略できることの便益は大変大きいのである。

例えば、セッターであれば、攻撃参加するアタッカーのアプローチの状況を把握したり、相手ブロッカーの配置や目線を確認する時間を確保することができるかもしれない。アタッカーであれば、十分なアプローチを確保したり、相手ブロッカーの動きや目線を観察した上で、どのアタック・プレーを選択するか考える時間を確保したりすることができるかもしれない。

確かに1秒にも満たない時間かもしれないが、”必要のない” 時間を節約できることの恩恵はバレーボールというスポーツの特性を考えると想像以上に大きいのではないだろうか。


トータルオフェンスを実現するためのオフェンスシステムについて考察する【5/8
に続きます。

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。