【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 11/30
となりの席では、大学の先輩と後輩とおぼしき二人組がいる。先輩が後輩に、生命保険の大切さを説いている。後輩のほうは、なんだかめんどくさそうに聞いている。
「日本人は、上司とか年上とか、立場が上の人って、逆らわれにくいところに甘えてる気がするの。
インターンでいろんな会社をみる中で、わたし、確信したの。いわゆる上の人は、反論されにくいことをいいことに、当たり前とか、常識とかいって、じぶんの尺度を押しつけながら、生きてるんだって。
そんなのくそだとおもったわ。そんなにあの人たちのいっている事って正しいのかしら。そういうのもあって、わたし、日本の外で働けるようにしておきたいの。日本社会にうまく適応できなかったときに備えて」
「そういう考え方もあるんですね」
うん。今度はいい相づちだ。
「だって、じぶんの意見もってる人間なんて、日本だとたいていの場合、めんどくさい奴っておもわれるだけでしょ?
会社っていうせまい世界のなかで、じぶんを押し殺しながら生きていくなんて、わたしは腐ってしまうし、場合によっては社会構造に殺されてしまうとおもったわ」
となりの席では、先ほどめんどくさそうに話を聞いていた後輩が、先輩に、会社の妻子ある上司に口説かれたことについて相談している。先輩はただ、だまってうなづいている。
「日下部くん、きみがこれまでわたしにしてくれたことは感謝しているわ。きのうだって、留学のことをいうべきなのは、さすがのわたしでもわかってたわよ。それくらいの常識はわたしにはあるわよ」
「それはよかったです」
「きのうはね、今までどおりのなんでもない空気感でいっしょにいたかったの。わたしたちに残された未来は、もうないんだっておもったら、かなしくなっちゃったの」
「まるで余命宣告されたがん患者みたいですね」
「そうね。でもある意味、わたしは死んでしまうわよ。っていうのはね、わたしって愛されてる人間だなって、めぐまれた人間なんだなって、わかってるんだけど、このままじゃいけないっておもったの。
このまま、与えられる愛に甘えていきていくと、わたしの大学生活は恋愛に溺れただけで終わってしまうとおもったの。わたしはもっとじぶんにとって、なにが大事かということをはっきりさせたいの。
いろんな物や人から距離をとって、半分死んだようにして、失ってしまったようにして、なにがほんとうに大切なのかを見極めたいの。そういう意味でもわたしは、留学を選んだの」
ずいぶんとじぶん勝手な人だけど、芯のある女性だった。
ーーー次のお話ーーー
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