【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと  26/30

「この人とあたしはするんやろうなって直感的におもったわ」彼女はそういった。

そのままつづけて、「別に結婚生活に不満はないし、彼のことも好きやし、でもな、それとは別の次元でな、ほかのひとはやりたいとはおもってもたら、あたしはしたいねん」と彼女はいった。

「陽子さんは、直感を大事にされるんですね」

「だいたいそういうのってお互いに感じとるってわかるんよな。まあ、いつもそうなるとは限らへんけどね。お互いに実行にいたるまでの共犯意識とかタイミングとか、そういう条件が重ならんとそうはならへん」

「タイミング、フィーリング、ハプニングってやつですね」これは恋愛にいたるまでの三条件だった気がする。不倫も一種の恋愛か。

「そうそう。奇跡というと仰々しいけど、けっこうな確率の低い出会いやとおもう。じぶんでもあかんなあとはおもうけど、そうおもってしまうもんは、しゃあないやんか」

「心の声にウソをつかれへん人間なんよ。逆にみんなは、世間の目とか社会性とか、結婚制度を守るために、じぶんの心の声にふたをしてはるんよ。ほんまエラいとおもうで」

「陽子さんは、心の声に忠実なんですね」

「まあ、そういうことやな。あたしもそうやけど、それだけ世の中が、個人と個人が関係を結びやすい、自由な時代になったんやろな」

「そもそもラインもフェイスブックもなかったし、電話ですら、ちょっと昔やったら、だれかほかのひとが間に入らんとあかんかったし。やから離れた人とは、連絡をとりつづけるのもむずしかったんやろね」

「ちょっと前までは携帯電話とメールができて便利って言ってたんですけどね」

「そうやね。いずれにしてもな、じぶんの心、魂が共鳴する人と関わりを持てる可能性は、ずっと大きくなったから、しあわせな時代やなってわたしはおもうんよ」

「これがもし、あたしにこどもがおったら、もっと話はまた別なんやけど、わたしらは写真家っていう仕事柄、しばらくこどもは作らんことにしてるんよな。もしかしたらこのまま作らんかもしれへんし」

「そうなんですね」

「それと、あたしにとってのあんたみたいな『友達』は旦那にもおるとおもうんよ。暗黙の了解やとおもう。そこについては、あたしらはお互いに、納得してるんやとおもう」

「お互いにだまっとる。すきにしてええけど、バレへんようにはせえよ、みたいな。不思議やろ?そうやったとしても、旦那と人生をともにしたいっていう気持ちはまったく変わらんなあ」

「まあ、そんなかんじで、あたしは趣味として、ほかの人と寝てしまう人間なんよ。そうせずにはいらんへんねん。頭おかしい人間やっていう自覚はあるで。そうおもって割り切ってるんよ」

「ぼく以外にもそういう『友達』はいてはるんですか?」

「なんでそこだけ関西弁やねん。うん。おるよ。あんたやってそうやろ?」

「ええ、まあ、たしかに」

「あたしらはそういう人種なんよ。わかんねん。社会とか、人の目とか、そういうもんよりも、じぶんの価値尺度の方が、ぜったい大事な人間」

浮気や不倫をしたことがあるという話はきいたことがあるが、実際にばれたという話はあまり聞いたことがない。

陽子さんとの関係はだれにもばれなかった。ぼくのしっている限りでは、ばれて修羅場になったというのは氷山の一角で、ばれないではじまり、ばれないで終わった案件のほうが圧倒的に多いのだろう。

そういうじぶんの欲を軸にして、生きることを選択した人も、人生のどこかのタイミングで、真っ当に生きることを優先する時期がくるのだろう。

ぼくの人生のなかで出会った、そういう同志たちとも、それぞれと、なんらかの理由で会うことがむずかしくなっていった。陽子さんとの場合は、ぼくが東京に引っ越してからすこしずつ疎遠になっていった。


ーーー次のお話ーーー

ーーー1つ前のお話ーーー



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