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【一日一捨】 シャンパンボトルのタグ

先輩に連れられて行った銀座のクラブで、酔っ払った勢いでシャンパンのボトルを入れたことがある。フリーで隣に座ってくれた那美さんがバースデイに作った名前入りのシャンパンボトルで、僕たちが行ったときはすでにバースデイからはだいぶ経っていたのだけど、まだ数本残っているので、よければ開けてほしいと言われた。作りすぎたのか、お客さんが思ったよりも来なかったのかはわからない。記念にと、ボトルにかけられていた那美さんの名前の入ったタグを貰った。

那美さんとは本の話をした。村上龍や岡崎京子が好きだという。こういう女性に僕は弱い。岡崎京子は僕も大好きだ。それでなんとなく那美さんのことが気になって、自分としては珍しく、それからもひとりで何度かお店に通った。

一度だけ、那美さんとアフターをしたことがある。
お店が閉店した後に別の店に二人で飲みに行く。那美さんはカラオケバーでワインをガブガブ飲みながら酔っ払って楽しそうに笑ってる。僕も笑う。ふと見た那美さんの目からボロボロと大粒の涙がこぼれて落ちている。突然のことだった。別に悲しい話をしていたわけではない。なんの脈略もない。気づけば那美さんは泣いていた。頬を伝うなんてものじゃない。こんなに大きな涙が、こんなにもボロボロと溢れ出る様を僕はそれまで見たことがなかった。たぶん酔っ払っての情動失禁のようなもので、深い意味なんてなかったのだろうけれど、僕は何か見てはいけないものを、迂闊に覗いてはいけない夜の深淵を覗いてしまったような気がして、ちょっとだけ怖くなった思い出。捨てる。

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