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「まぁるい日本 国家安全保障(ビジョン2100)」No4~Ⅰ-1:国家目的及び国益~

Ⅰ-1 国家目的及び国益

■全般

国家の領域を保全して、歴史と伝統を守り、国民の主権と自由を確保して平和と独立を維持し、繁栄することを国家目的とし、それを具体化して、国益とした。

大英帝国の黄金時代、二度にわたって首相を務めたパーマストン卿が「国家に永遠の友も永遠の敵もいない。あるのは永遠の国益だけだ」という名言を残している。
永遠と言えるほど普遍的価値のある国益でなければ、国家運営の普遍的な指針や判断基準にはならない、ということだろう。
国益を短期的な目先の利益に基づいて考えると、国の体面や相対的な利害にとらわれてしまう。
国益を国家百年の計とでもいうべき長期的視点で考えて、国家の存続に死活的に重要なものを列挙した。
情勢の変化や世論を受けて追求する短期的な目標は、その時の政権が政策的な判断に基づいて取り上げるもので、“永遠の国益”とは性格が異なる。

具体的な国益を列挙するにあたって、以下のことを考慮した。

第一に、国家を形作る本質的なものとして、領域の保全、国民の保全・保護、象徴天皇を元首とする民主主義的統治システムの確保、政治的意志決定の自由の確保、国内の治安の維持を取り上げた。
改めて説明するまでもなく安全保障上、必ず達成すべき目標である。

第二に、大東亜戦争の教訓を考えた。
まず、戦争の原因の一つとなった資源エネルギーの確保。
安定的供給を確保する基盤は国際情勢の安定である。特にシーレーンは、世界の海上輸送量の約七分の一を占める我が国にとって、文字通りの生命線である。
国際情勢安定の方策としては、地域内の勢力均衡を維持することである。ただし、日本の場合は、軍事力だけではない、多面的な国力の均衡を目指すことになる。
経済活動の基盤として、自由貿易体制の維持及び自由な国際金融システムの維持を挙げた。
次いで、日本が同盟国を失い、国際社会から孤立してしまった反省として、唯一の同盟国である米国との関係を緊密化し、準同盟国とすべき友好国を増やし、自由主義的価値観を同じくする国の安定・発展に貢献することを挙げた。
これは国際情勢の安定化と密接な関係を持つ。
技術的基盤の確保は、技術力で決定的に劣っていたことが作戦・戦闘に敗北した直接的な要因であったことを教訓とした。資源のない日本にとって、繁栄の“糧”となるものである。

第三に、科学技術の進歩が国家の存亡に与える重大な影響を考えて、情報の保全(サイバー空間を含む)、知的財産の保護、自然環境等の保全を挙げた。
特に、情報の保全は、国民の主権と自由を確保するために、領域の保全や国民の保全、保護と同レベルで考える必要がある。
サイバー空間から大量の情報あるいは偽情報が流入したり、我が国の重要な資源であり国民の努力と汗の結晶である“知的財産”が流出したりする危険性、さらには国際化による国家意識・国民意識の希薄化と相俟って、無意識の間に意のままに操られている可能性は大きくなっている。

第四に、領海に関する問題である。
日本の国土面積は世界の第六十一位でしかないが、領海を含む排他的経済水域の面積は世界の第六位を占めている。海洋の資源開発の有望性から海洋を巡る争いは、一層激しくなる。
海洋調査、海洋資源の開発及び利用の推進、海洋の安全確保、海底地形に対する命名などで実績を示し、領域を確保していくことの重要性から、特に領海を意識し、“領域”の保全とした。

加えて、海洋に関する権益を総括して、海洋開発を挙げた。
(H19 防衛省広報資料から)

国家の影響力の及ぶ範囲として、宇宙空間も視野に入れた。
国際法上の枠組みがあり、国家の領域保全の問題ではなく宇宙開発の結果として生じる課題になるので、宇宙空間利用技術という項目にした。
諸外国で宇宙技術は、安全保障上の重要技術として取り扱っている。特に米国では、武器の範疇に置かれている。
宇宙空間利用の可能性は極めて大きい。
GPS、情報、通信などの分野で、宇宙空間利用技術が果たしている役割や影響を考えると、技術的基盤に含ませるには重大過ぎる課題であると考え、項目を独立させた。
宇宙空間利用技術は、社会生活にとって必要不可欠な基盤としてはもちろん、安全保障上の要因として、もっと関心を払わなければならない。

第五に、経済的繁栄は国力の発展であり、経済力の大きさは、国際社会における政治力そのものである。
さらに、経済的な繁栄から生まれる国民生活の豊かさや精神的な余裕は、精神生活、文化的な発展を育む土壌となる。

第六に、文化的な繁栄である。
文化的繁栄を目的にして実現を図るのは難しいが、文化は、安全・安心な社会生活と経済的な繁栄の結果として得られるものである。文化は、日本人が歴史という時間のフィルターを通じて培ってきた価値観や哲学などの精神性、生き方が具象化されたもので、日本人が築いてきた国のかたちを表わしている。
日本人が何を善きものとして受け継いできたのか、どのようなものを美しいと感じて愛でてきたのか、人間と自然との関係をどのようにとらえてきたのか、人間同士の感受性をどのように表現しているのかなど、過去に生きた人々が生き甲斐としてきたものを伝えている。
文化の残らない歴史、歴史を受け継いでいない国など人間にとってどれほどの価値があるものか。
文化は、言葉の論理ではなく感性でもって日本の姿を直接、諸外国の人たちの心に訴えかけることができる。
文化や生活は、日本という国が経済的繁栄によって実現を目指しているものを具体的に表現している、国の顔そのものである。
安全保障上の観点からは味気ない表現になるが、一体、日本の何を守るのか。価値観という形而上最も重要な課題に通じる。

国家を考えることは、特別なことではない。
日本という国は果たして、国際社会において、永遠に生き残れるものなのか。生き残るということはどういうことなのか。多様な価値観を持つ国際社会のなかで生き残る時、どのような生き方をするのか。日本という国がより豊かに生き、繁栄するにはどうすればよいのか。
人は死を意識したときに初めて生を意識し、人生を一層輝かせたいと考える。同様に、国がなくなることを意識するとき、国際社会における自国の存在意義、より積極的な生き方や哲学などについて真剣に考える。
安全保障は、さながら人間の生き方を考える哲学に等しい。

クラウゼヴィッツが言ったように戦争と政治は連続している。
「戦争は単に一つの政治的行動であるのみならず、実にまた一つの政治的手段でもあり、政治的交渉の継続であり、他の手段による政治的交渉の継続にほかならない」

政治はひたすらに国家目的を追求することを本領とする。
時代によって変化する国家目標を実現しようとするのが政治である。それを阻害する要因を事前に抑制し、脅威の出現を抑止するのが外交・安全保障であり、出現した脅威を排除するのが戦争であり、これらは皆、政治の一部である。

余談になるが、戦争が一つの政治的手段であり、他の手段による政治的交渉の継続だとすれば、大東亜戦争の政治目的は、一体何だったのだろうかと考えざるを得ない。
戦争目的がはっきりしていなかったと言われるのは、明確な政治目的がなかったのではないか。明確な政治目的があったのであれば、戦争という暴力的手段以外に、目的達成の複数の選択肢が議論の俎上にあがり、戦争目的も戦争の終末指導も明らかになったと思うのだが、私の知る限り、その形跡はない。
日本には、国家目的や国益に関する定見がなかったのではあるまいか。
大東亜戦争の最大の教訓は、明確な政治目的を掲げ、平和的な手段で政治目的を追求しなくてはならない、と学んだことにあると思う。

第Ⅰ部で、国家目的と国益について述べ、次いで、脅威を分析し、脅威などへの対応手段を考察するという思考過程を進めた。
漠然と脅威を語るのではなく、脅威が現実のものになるシナリオを考えることによって、安全保障上の対応手段が具体的に浮かび上がってくる。
これを第Ⅱ部の国家安全保障戦略を考察する前提とした。

■国家目的

我が国の平和と独立を維持し、歴史と伝統を守り、国民の主権と自由を確保して、繁栄する。

■国益

① 平和と独立の確保

  1. 領域の保全

  2. 国民の保全、保護

② 国民の主権と自由の確保

3. 統治システム(象徴天皇を元首とする民主主義)の確保
4. 政治的意思決定の自由の確保
5. 日本の歴史、伝統と文化の継承
6. 情報の保全、特に知的財産の保全

③ 繁栄の基盤の確保

  1. 国内外の秩序の維持
     国内の治安の維持
     国際情勢の安定
     シーレーンの確保

  2. 経済的基盤の確保
     自由貿易体制の維持
     自由な国際金融システムの維持

  3. 日米同盟の緊密化

  4. 準同盟国(友好国)の増加

  5. 自由主義的価値観を有する国の安定・発展

  6. 技術的基盤の拡大

  7. 海洋の開発

  8. 宇宙空間利用技術の開発

  9. 自然環境等の保全

④ 繁栄

  1. 経済的繁栄

  2. 文化的繁栄


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