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「まぁるい日本 国家安全保障(ビジョン2100)」No13~Ⅱ-1:国家安全保障戦略(その4)

防衛構想の第三は、日米関係の強化である。
日米関係では、最も重要なものが欠けている。
同盟関係の根本になる脅威認識を共有し、両国が本当に必要としている共通の作戦ニーズについて話し合い、部隊運用を具体化することである。
それは、在外邦人の保護であり、弾道ミサイル対処であり、シーレーン防衛である。両国にとって、死活的に重要な国益を共同で守る努力をすることなく金銭的負担だけを増やしても、喜ばれはするが、真の信頼関係強化にはつながらない。
何かをしてあげる、何かをしてもらう関係ではなく、共通の目的を持ち、共通の目標をいかに達成するかという協力関係が必要である。
非戦闘員救出、弾道ミサイル対処、シーレーンの安定的使用など、現実的な共同作戦の準備をすることにより、日米の信頼を強くする。
日米を基軸にした多国間関係を強化する。

日米関係を中国脅威論だけで語るのは適切ではない。
米国は、中国の軍事的影響力が日本に及ぶか否かではなく、米国に及ぼす影響があるか否かで判断する。中国の軍事的影響力が拡大して、日本が親中国の立場に傾くならば、米国の安全保障に重大な影響を及ぼすことになるが、現在は、それはあり得ない。
米国は、中国が米国に対して軍事的影響力を与えることがないように、中国との信頼関係を保ち続ける努力をする。中国の日本や東南アジア諸国に対する軍事的影響力の拡大は、地域内の不安定化や紛争につながらないレベルであれば、米国のアジアにおける存在意義を大きくする方向に力が働く。
日米の脅威認識の違いは、意識しておかなくてはならない。

防衛構想の第四は、朝鮮半島の安定である。
朝鮮半島に確固とした国家が存在し続けることだけが、我が国の安全保障にとっての関心事である。
中国とロシアが対峙する関係にあり、かつ両国が朝鮮半島の国家と一定の距離を置いている限り、朝鮮半島に関与する必要はない。本当の問題は、朝鮮半島にあるのではなく、その背後の大陸に存在する。
大陸からの脅威に対する日米韓の認識が一致する場合にのみ、日米同盟関係を通じて、韓国との協力関係を持つ。万が一、直接的に防衛協力する必要が生じた場合においても、朝鮮戦争時のように、兵站基地としての役割や海軍力での支援等にとどめる。
日本は、韓国が日米との良好な関係を保ちつつ進める朝鮮半島の平和的統一を支持する。
国際社会のルールに則って日米韓の関係を強化することが必要である。

半島統一への動きは、交渉過程が公にされることなどあり得ないのだから、統一するときには、一夜のうちに軍事大国が半島に出現する。中露という大陸国に接する半島国は、統一により相当規模の軍事力を持つことになる。
我が国は、朝鮮半島の軍事的影響力が及ぶことがないよう、半島国全体との軍事バランスを考慮しておかなくてはいけない。ただ先に述べたように、中国の軍事的影響力を排除する事を狙いに防衛力を強化することで、ほとんどの問題は解決する。

中国もロシアも、朝鮮半島に関与することによって、東アジアにおける存在感を誇示することができているのだ、という視点は忘れてはならない。
中国は、北朝鮮との親密な関係を維持し、六者協議において北朝鮮への影響力を誇示することで、東アジアにおける存在感を示している。
ロシアは、北朝鮮との同盟関係を白紙に戻したため、六者協議に加わってはいるが何の影響力も示すことができず、東アジアにおける存在感をほとんど示していない。もし、ロシアが北朝鮮との親密な関係を取り戻すことができたならば、東アジアにおける存在感はより大きくなる。
北朝鮮が対米関係を考えて、ロシアとの関係改善がより望ましい影響を持つと考えてもおかしくない。
朝鮮半島の安全保障に関して重要なことは、日米韓で話し合いを継続し、大陸からの脅威認識を共有しつつ望まれる支援をすることである。
在留邦人救出、保護の基盤確保への協力は強く求めなければならないが、決して積極的に関与することではない。
定期的、継続的に情報交流、防衛交流をするとともに、機会をとらえて、海外活動での現地協力を積極的かつ幅広く実施し、信頼関係を強化する。
北朝鮮から我が国に対する弾道弾の投射などの直接的かつ明確な脅威に対処する必要が生じた場合や、在留邦人救出の必要性が生じた場合、米国及び第三国の国民の救出の必要性が生じた場合には、断固として対処する。

防衛構想の第五は、ロシアや中国の弾道ミサイルの使用を抑止し、対処するため、ミサイルの発射基地を攻撃できる敵地攻撃能力を保有することである。
北朝鮮の散発的な弾道弾発射に対しては、極めて限定的な対処能力を有するが、ロシアや中国のような大量の弾道ミサイルの脅威に対して対応することは不可能である。
当然のことながら、これには日米関係のより緊密な関係が不可欠であり、具体的な運用を協議することによって、連携の強化が進むことになる。

防衛構想の第六は、在外邦人保護の態勢を整えることである。
外務省で在外邦人保護を担当している領事局海外邦人安全課を格上げして、邦人保護局とする。
在外邦人保護に必要な法制を整備し、外務省は所要の計画を策定し、防衛省は必要な装備を備えて訓練する。
繰り返しになるが、在外邦人保護の責任は外務省にある。救出の実行を担当するのが自衛隊である。
これまで在外邦人の保護に関しては、まったくと言ってよいほど考慮されてこなかった。二〇一〇年六月、やっと「自衛隊法の一部を改正する法律案(在外邦人避難措置)」が通常国会に提出されたが、継続審議扱いになったまま放置されている。

所掌官庁は外務省で、在外邦人救出作戦は、外務大臣の要請を受けて防衛大臣が実行する。しかし、現在の法律での自衛隊の任務は、武器使用に至ることのない輸送業務であって、在外邦人を保護することではない。
輸送以前の問題として、邦人の安全が確保されていない危険地域では、在外邦人を警護して収容することはできない。
在外公館と現地政府との調整、在外公館と政府との調整、警護・輸送任務部隊と在外公館(現地政府)との関係、日本政府の指揮統制などについて外務省が主導的に計画していなければ、自衛隊は動くことはできない。まともな訓練ができない。
米国他の諸外国との連携、調整も必要になるだろう。

外務省は、というより政府であったかもしれないが、これまで非常に消極的な姿勢をとっていて、計画を作ることにも手をつけていないようであり、課題は多い。
政治的な決断なしに、現在の法律を理由にして在外邦人を見殺しにしたならば、どのようなことになるか。あるいは、我が国周辺地域で、他国に邦人保護を依頼したならば、国際社会における日本の尊厳と信頼は、地に墜ちる。

情勢が緊迫し、在外邦人保護、救出の世論が盛り上がったときには、政府は急遽、自衛隊に救出作戦を命じざるを得ないのではないか。
自衛隊は、作戦環境が整っていなくても、命じられれば動かざるを得ない。
法的根拠、具体的な準備、政治的決心なしに、できることには限界がある。

●戦略的重要地域の安定化(シーレーン防衛等)

一九八一年に鈴木善幸首相が訪米した際、「シーレーンについては約一千海里を憲法上の自衛の範囲として守っていく」と述べて以来、「シーレーン一千海里防衛」は、日本国内で、海上自衛隊の任務として認知され、定着した。

もし日本が独力でフィリッピン北のバシー海峡付近からグアム付近までのシーレーン防衛に当たるのであれば、相当大きな海軍力を保持することになる。
日本単独での「一千海里シーレーン防衛」を実現するとき、他国が対抗することのできないほどの圧倒的な海軍力を持つことになる。東南アジア諸国やオーストラリアには、日本単独での「一千海里シーレーン防衛」への抵抗感がある。
オーストラリアは、日本が日露戦争に勝利して以降、それまでの親日的姿勢を転じて、日本の敗戦まで反日的な姿勢をとり続けた。これは、日本が海軍力を伸ばし続けることによってオーストラリアのシーレーンを遮断され、欧米諸国から孤立させられるかも知れないという恐怖から出たものであった。

中国は、一九九二年、米軍がフィリピンのスービック海軍基地及びクラーク空軍基地から撤退すると、「中華人民共和国領海及び接続水域法」を定めて南シナ海が自国の領海であることを一方的に宣言した。
以後、南シナ海の六カ所の環礁を占拠して建造物を構築し、二〇〇七年には、南沙・西沙・中沙諸島までを行政区「三沙市」に指定し、海南省に編入した。
環礁には、対空砲、対艦砲及びヘリポートとともに二六〇〇メートルの滑走路や衛星通信ステーションを建設して実効支配し、周辺の海空域をコントロールできる能力を持つまでに至った。
中国と東南アジア諸国との間で領土問題がクローズアップし、米国他の関心も高まった。

米国は直接、グアムからマラッカ海峡、インド洋に至るシーレーンの安全を確保したいが、ASEAN諸国には、一国が単独で圧倒的な軍事的プレゼンスを示すことに大きな警戒心がある。
また米国が独力でシーレーンを防衛する負担は極めて大きい。
ASEAN諸国は、米国と日本、それにシーレーン防衛が自国の安全保障そのものであるオーストラリアを軸とした多国間の協調による安定化、南シナ海の紛争抑止を期待している。
地域的つながりの強い、日本、ASEAN、韓国、中国だけで話し合う場合、中国の大陸国的性格と軍事力、経済力、華僑の存在を背景とした影響力が大きすぎて、中国の独壇場となる可能性が高い。
シーレーン利用の利益を共有し、欧米とのつながりが強いオーストラリアやニュージーランド、人口や国土の大きさで中国に対抗するだけの力を持った世界最大の民主主義国インドを巻き込んだ大きな枠組みのなかで、中国とのバランスを保持することが、シーレーン周辺の安定化を図るためには有効である。
米国もまた、日本など限られた国にシーレーン周辺の安定化を委ねて、依存関係を作るよりも、多国間協調によりリスクを分散させるなかでリーダーシップをとることを望んでいる。
インドは、インド洋への中国海軍の進出に神経をとがらせており、中東へのシーレーンの安全確保を望んでいる米国、日本と利害が一致する。
パキスタンは、アフガニスタン及び中央アジア周辺地域安定化のため、米国とイスラム勢力とのバランスを図りながらインド洋での対テロ作戦に参加している。本来、インドと一体的で穏健な国なので、二国間関係がより緊密な関係に変わる可能性はある。インドとの関係に配慮しつつ、連携を強化する。

海上自衛隊は、インド洋での活動実績はあるが、インド洋正面での補給整備支援基盤は弱い。常続的にインド洋以西で活動するためには、補給整備基盤を確保することが必要であり、インドの対日感情は歴史的に良好である。
米国との協調を前提に、日豪、日印などのより緊密な二国間関係を構築しつつASEAN諸国との関係を強化して、関係国の安定的な発展と、大陸国が海洋周辺地域に影響力を拡大することに対応する。

海洋の航行の自由を確保しつつ、海上交通の安全確保が我が国の安全保障にとって、直接的に重要である。
シーレーン周辺国の安定や国際社会からの要請から、海賊対処やテロ対策、海上輸送による大量破壊兵器の拡散防止などを取り締まるための態勢を整備し、積極的に関与する。
この大きな枠組みを、将来のアジア太平洋版の多国間安全保障体制に発展させていく。アジア諸国は、二国間においてさまざまな問題を抱えているが、個別の問題は、アジア太平洋地域全体に広げることなく多国間の協調体制のなかで解決していけばよい。
パキスタン、インドから日本までの地域全体の安定化は、世界経済の発展にとっても、域内国の健全な成長にとっても不可欠の課題である。

地域全体の経済成長と並行して、多国間安全保障体制の枠組みを、政治的、経済的な協調と安定の枠組みに発展させていく。


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