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「自分を語る」生育歴に秘められたチカラ。

自分の一番古い記憶って、どんなものか、思い出すことはできますか?
今日テーマとする「生育歴」では、最初にこの質問を投げかけます。そもそも、生育歴ってご存知でしょうか。生育歴とは、「その人が、生まれてから、今日までの歴史。」のことです。つまり、どんな環境で生まれ育ち、どんなエピソードを経て、今に至るのか。ひとりひとりのストーリーです。


精神科や心療内科において、この生育歴を聴取することは、予診の役割とともに、治療的役割もあるものとして捉えられています。
前者としては、病院外来での医師診察の前に、心理師や研修医などが簡単に幼少期の頃の様子をあらかじめ伺うようなイメージです。一方、後者は、何時間もかけて、その方のストーリーを「一番古い記憶」から順繰りに、語ってもらうプロセスになります。
本日の話題の中心は、この後者の方です。なぜ、治療的か?というと「自分語り」だからなのですよね。話しているうちに、自分の人生の旅をもう一度辿ることになるのですから。

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これって怖いですかね?勇気がいりますよね。
とにかく時間もかかるので、話す側も聴く側も、労力がいるのは確かです。20歳の患者さまなら良いですが、80歳の患者さまだとその旅路はとても長いですから、時間もかかります。それでも、心療内科で入院なさる場合は、必ずこの生育歴を聴取していました。
相手の疲れ具合を見ながら、何日かに分けてお話を伺っていきます。また、単に事実を教えてもらうだけではなく、進路・結婚などの節目に関しては、「誰がその決断をしたのか?」(自分?親の勧め?周囲の勧め?)、「どうやって決断したか?」(自分ひとり?誰かに相談?すぐ決めた?あれこれ悩んだ?)といったことも伺っていきます。これらは、医師にとって、患者さまを理解し、適切な診断や治療することに、非常に役立ちます。

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その中で、忘れることのできないエピソードが1つあるんです。その患者さまは、数年来の頭痛に悩まされていて、薬も多くなっていました。そのため、病態評価とお薬調整のための入院となりました。外来では対応が出来兼ねて、入院を必要としたわけですから、治療は難航していたと言えます。
入院主治医となったわたしは、いつものように生育歴を取っていきます。

心療内科では、「心身相関」および「心理社会的背景」の2つを重視しています。

心身相関とは、「こころと体の状態は、関連している」という考え方です。つまり、頭痛という体の反応の背景には、こころの動きも伴っているはずだ、何かトリガーになる心理社会的背景があるはずだ、と考えていくわけです。

仕事や家庭のこと、夫婦間のこと、性格傾向など、こちらとしては色んなことに思慮を巡らせます。しかし、筋の通ったストーリーがなかなか見えてきませんでした。
それが、数回目の生育歴聴取のとき、学生時代の音楽の話題になったのですね、わたしも知る有名なシンガーの大ファンだったそう。年の差のあるわたしも知っていたことに嬉しそうなご様子でした。そこで、「最近聴いていますか?」と問うてみると、「全然、、」とのこと。「聴いてみたらどうですか?」と促すと、「そうですね。」と賛同してくださりました。

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そして、翌日。どうなったと思いますか?
そうです、数年来の頭痛が消えていたのです。毎日何錠も飲んでいた薬が、必要なくなってしまったのですね。これには、わたしも、医局長も教授も、驚きました。結局、この方の心理社会的背景ははっきりしませんでした。しかし、間違いなく、生育歴、そして音楽が、導いてくれた結果でした。

全てがこんな美しいエピソードになるわけではありません。しかし、「自分の人生の旅をもう一度辿ること」の持つチカラを、もっと治療者は信じてもいいのかもしれません。また、通常の外来では、このような生育歴聴取は、時間の関係上できませんが、SAHANAでは十分な時間があるため、実施できることも有難く思います。

これからもお一人お一人のこころに寄り添った、丁寧な診療をしていきたいと思います。最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
今日もあなたに笑顔がありますように。

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