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聞いてよマスター7

「つまらん!」

不服そうな金髪の少年、いやV市立大将棋部では最年長の青年”一条昇”がカウンター席で叫ぶ。

「もう今日それで3回目ですよ、一条くん…」

一条は部長の榊と私の店を訪れてからというもの、ちょくちょく一人でも夜に顔を出すようになった。お酒が大好きだが、悪い酔い方はしないので楽しいお客さんが一人増えたなと個人的には喜んでいる。

……今日は少し荒れているようだが。

「榊のやつ、俺に部内戦で逆転勝ち決めておいてさっさと帰りやがって。普通そういう時は酒に付き合うところなんじゃないのか~!しかも女だぞ、女との約束を優先して帰ったんだあいつ~、そもそも部内戦の日に何でそんな約束してんだ~ちきしょ~!」

腕をバタバタさせながら文句を言っている、可愛い。

「ははは…まあまあ。部内には他にお酒を飲める方はいらっしゃらないんですか?」

「今は部員も少ないし後のメンツは年齢的に若いからな…飲めるのはその女くらいだよ…」

「ああ…」

つまりそういうことか、部長は同じ部員の女性とそういう関係にあると…。

「今年中にはハルくんも20になるんでしょう?その時は一緒に来てくださいね。」

私がそう切り出すと一条の顔がパッと明るくなる、可愛い。

「おー!そうだなマスター。俺の卒業まで毎日付き合ってもらおう。」

毎日ですか…と思わず苦笑してしまう。本当に感情が豊かで面白い人だ。

「あ!そうだ。榊がさっさと帰っちまったからさ、今日はその後にハルと指したんだけど、やっぱあいつはおもしれーな」

ほう、と、私は相槌を打ちながら棚に重ねてある一寸盤と駒をカウンターに置く。特に合図もなく二人で駒を初形に並べていく。

先手が俺な!と言って一条が真ん中の歩を掴む。私が彼の将棋をちゃんと見るのは初めてだが、中飛車党だったのか。でも確か前にハルと雁木を指したという話があったから、相手の注文に乗って全戦的に戦える懐の深さがあるのかもしれない。

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「これはまた…古めかしいですね」

「あいつ全然最新形とかやらないからな~」

この将棋はどうするんだろう。△75歩か、△86歩を先に突くか…まあ仕掛けていくのが居飛車側(ハル側)からすると自然な気はする。

「マスター聞いてくれよ、ここであいつな。こうやるのよ。」

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「へえ」

思わず声が出る。研究手なのか?34の歩を取らせるという発想はあまりなかった。意味はすぐに分かったが、中々この組み立てを思いつくのは難しい。

「つまり▲34銀なら△86歩▲同歩△54歩ってことですか?」

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「マスター流石だね~、実戦もそうなったんだよ。たぶん難しいとは思うんだけどさ、こういうの思いつくのがあいつの面白いところだよな!ま、最後は俺が勝ったけどな!はっはっはっ」

ハルは良い先輩に囲まれ、愛され、将棋も日々成長しているように思える。

すっかり機嫌を直して閉店までウイスキーをしこたま飲んだ一条を手を振って見送りながら、私もハルという人物に惹かれている自分自身を感じていたのだった。

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