僕の裏詠みonリリック×家族の風景/ハナレグミ

当たり前が広がるってどういうこと?

正解も
間違いもない。

良いも悪いもないよ。

その言葉を聞くと、
それぞれの思考に広がる当たり前っていうやつ。

もちろん、ぽやーんと、浮かぶのは別々のシーン

でもでも
そこに共通点も多いのだ。

だってだって
その空間を構成する人が近いから
その空間での過ごし方が似ているから。
そこに求めるものは往々にして、似通っている。

【そうじゃないといけない】そんな目隠しをつけてるのも、
家族だからかもしれない。

本当は、その形は色々だ。多岐にわたるさ。

色々の中に、似通った動き。似通った香り。似通った音がする。
公倍数をみれば、広がりのある宇宙。
公約数をみれば、落ち着きのある宇宙。
収縮に向かうか、膨張に向かうか。
命が集うユニット。
僕らのコミュニティリーダーは誰だ?
そして今日も朝がはじまり、
きっと夕方がやってきて、
ゴールデンタイムが過ぎれば
暗闇におちていく。あああ。
瞼の裏にうつる白い白い残像。

時に起きる ビッグバン。
大きくても、小さくても。

びっくりするくらい大きな音がする日だってあるし、
かすかな小さな音すら出せない日もある。
そして、足音を出さないように出かけていったあの日。
そして、窓から忍び込むように戻ってもぐりこんだベッドの中で。

キッチンにもクラシのハイライト
それぞれの構成員の日々の動きのトレースは
そこに何千本もの目にはみえない動線として
絡み合っていて、
ん?重なりあっていて。
ん?せめぎあっていて。
ん?まるで重ならないのに、
同じ空間に浮かんでいて。

ねぇねぇ・・・
ココにあった、アレ
どうにかしたの、誰よ?

コレあたしのだし。
えー!なんでぇさ。とか、
だって!とか
こいつ、めっちゃ腹立つ

とかとかとかとかとか
ちょっと!とか、
おい!とか。

なにしてんねん!
とかとかとかとか。

おはようからおやすみまでだか、ライオンだか。

ありがとうだかさよならだか、イヌだかイルカだか。

おーい、誰かいないの?だか。いるか?だか。

ただただ、
寄せては還す、呼吸の繰り返しと、
言い出したい気持ちや
言い出していいのかわからない気持ちの波間。

近づいてくる足音やドアを閉めるパタンという音。
波紋が広がる。

駆け出した後に僕ら、出ていったはずの場所、
時計の秒針もあくびするさ。
冷蔵庫のぶいーんという音の傍ら。
音がしなくなったことで鳴る「本当は鳴っていない音」【しーんっ】

また帰ってくる前に、鼓動は始まるのさ。
ちゃんと帰ってくる前に。
帰ってくる間くらいはね。

確かめるように、ほら。ミシっとラップ音。

窓から差し込む昼の光の終わりの力。
コソアド言葉に溢れた空間

それが家族の風景。もしく家庭の色合い。

あと何年続くか、家族の風景。

果たして、いつから始まっていたか。家族の風景。

今日や明日で終わるか、家族の間合い。

今からはじめる素晴らしいリズム。

峠だって立派な加速装置。

なにはともあれ、
今にも、途絶えるのか、命のビート。

この空間に入る前、
Aの音で泣き始めた、僕や彼や彼女。

さぁ、そっと笑う僕ら。

いつかわかるかな。
いつかわかるかな。
わからないかな。わかるかな。

どこにでもあるような家族の風景。
いつまで続いたとしても、
これからは離れたとしても。
どこにでもあるような家族の風景。

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