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短編•第四話


普通免許取得のために自動車学校に通っていた頃の話。当時、実習などで関わる機会が多かった竹内さんという男性の教官から奇妙な話を聞いた。

「俺が教習所へ通ってた時は、教官が鬼みたいに怖くてさ。行く度に毎回泣かされてたよ。」
「時代が時代ですからね。」
「後、一風変わった指導の仕方をしてた教官がいたのをよく覚えているよ。」

その教官、後藤さんは何でもカセットテープを流しながら実習を行うそう。路上教習では類を見ないやり方だが、不思議なもので後藤さん考案のこの特殊な実習方法で安全運転を心がけるようになった生徒が多くいたそうだ。
肝心のカセットテープの内容について聞いてみたところ、竹内さんは「とても不気味だった」「聴かない方がいい」と答えた。しかしテープに呪いやオカルト的な効果はなくて、作った意図を考えてみると不思議と安全な運転をしたくなるようになるのかもしれないと、竹内さんは考察する。曰く付きのテープとかではないみたいだ。
当時はこれ以上、テープについて知ることはできなかった。

※画像はイメージ

2024年現在。私はひょんなことから焼肉屋で竹内さんと再会した。互いに近況報告をして、話題は例のテープの話になった。
好奇心が再び蘇り、竹内さんに「ぜひ聴いてみたい」と熱心に頼み込んだ。するといつまでも秘匿にしておいてもしょうがないと言って、後藤さんに連絡を通して、その音源を貸していただけることとなった。

二週間後、郵送で添え書きと共に一枚のCDが私の元へ送られてきた。白地のCDの上には黒色のマーカーで『実習用テープ(録音)』と書かれている。後藤さんが流していたテープの音源をCDに焼き込んだものだろう。
添え書きにはカセットテープテープの簡単な説明と、「気味が悪いなら捨てても大丈夫」と赤字で加筆もされていた。
ノートパソコンにCD/DVDドライブを接続し、ディスクを挿入して再生してみる。

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⚠️非常に不快でショッキングな内容のため、ここでは文字のみで内容を書き記す。

【 Track.01 】
パーティーでも行っている最中なのだろうか。人々の歓声と乾杯をするグラスの音が聞こえてくる。やがて、軽快なビッグバンドジャズの演奏が始まった。かなり速い痛快なテンポで曲は進み、曲が終わると【 Track.02 】に突入する。

【 Track.02 】
ここで女性の歌い手がジャズバンドに参入する。耳を澄ますと英単語が聞こえることから、英語圏の国で催されたパーティーであることが分かる。女性の登場によりパーティーは一層の盛り上がるを見せる。

【 Track.03 】
三曲目ではジャズからファンク調の曲に変わる。靴音が聞こえ出したことから、パーティーの参加者が席から立ち上がってダンスでも始めたのだろう。しかし、曲が始まって一分程した頃に異変が起き始める。
「アテンションプリーズ」という言葉と共に緊急放送がパーティー会場内に流れる。ジャズバンドは演奏を、女性は歌唱を、参加者一同はダンスをピタリと止めた。英語のアナウンスが終わると、会場の一同はざわめき出した。そのうち、若い女性の甲高い悲鳴が響き渡った。それを機に人々の走る足音が聞こえる。

【 Track.03 】
喧騒の中で今度は子供の泣き声まで聞こえ始める。その刹那、ドガッという大きな衝撃音がして人々の阿鼻叫喚、楽器類が倒れる音、食器やグラスの割れる音が聞こえてくる。音だけではあるものの、パーティー会場が地獄絵図と化していることが窺える。これだけでは終わらない。衝撃音はそれ以降も何度も続き、パニックは終息する気配がない。

【 Track.04 】
衝突音が6回ほどした頃。今度はけたたましい爆発音が聞こえてきた。老若男女の悲鳴や呻き声が響き渡る中、物が燃える音も聞こえ出す。それが3分程続くと次第に人々の声は聞こえなくなっていった。

【 Track.05 】
無音状態がひたすら続く。

【 Track.06 】
無音状態がひたすら続く。

【 Track.07 】
無音状態がひたすら続く。

【 Track.08 】
2分程無音状態が続いた後、小さな男の子の咳き込む音が聞こえる。そして「マム」と叫ぶ。ひとしきり叫ぶと男の子は徐々に泣き崩れていく。

【 Track.09 】
男の子の泣き声は次第に激しいものになって、絶叫に変わった。泣き叫んでいる途中で突然トラックが終わって【 Track.01 】へ戻る。

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幾度もの激しい何かの衝突により、大パニックになるパーティー会場の様子。これを実習走行中に流すことによって、荒っぽい運転を抑制することができるのだろうか。後藤さんはどのような教え方を生徒たちにしていたのか。そもそも、録音されたこの大事故自体本当にあったのだろうか。疑問だけしか残らなかった。
CDを取り出したタイミングでLINEの着信音が鳴った。「これが例のカセットテープだよ」というメッセージと共に、竹内さんから一枚の写真が送られてきた。

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